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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第38回   38
東の空が明るみはじめ美しい夜明けが訪れた。大気も人の気持ちも一新され実に清々しい朝だ。凍てつくような寒さがかえって朝の風景を引き立てる。
薄紫の空に月が一人取り残されていた。月は二度と帰らない昨夜の残り香のように思えて仕方がない。昨日という過去の置き土産だ。だから朝の月は孤独であり切なく感じる。
俺たちは屋敷の中で世間が活動し始める時刻を待った。壁や床は所々壊れているが寒さを凌ぐことは出来る。
月が存在感を薄めるにつれ鶫守の妖気は徐々に戻ってきていた。
そして今、妖気は完全に戻った。
鶫守は安堵し俺たちに握手を求めてきた。
「そなたたちのおかげでわしも夜鶫の鏡も助かった。礼をいうぞ。」
「いいえ、僕たちの方こそあなたに助けられましたよ。」
鶫守とにこやかに握手を交わす。
屋敷はかなり荒らされていたが近所の人が何ごとかと集まってはこなかった。それは決して鶫守に人徳がないわけではなく、隣家との距離が十分に離れていて凄まじい轟音も聞こえなかったからだ。広々とした土地ではよくあること。
「それにしても今回は大変なことになりましたね。一人に秘密を洩らしただけでこうなるとは。」
「そうだな、わしも油断しておった。二度とこんなことにならないように気を付けるとしよう。」
鶫守は頭を掻きながら反省しているようだ。
「そもそもどういういきさつでしずくに弱点を話してしまったんですか?あの妖怪はあなたがしずくに惚れたからと言っていたけど。」
俺の質問に鶫守はばつが悪そうな顔をしている。明らかに戸惑っているみたいだ。
「太郎君、そういうことを聞くのは野暮というものだ。」
淳さんは鶫守を気遣ってたしなめた。俺も聞いたことを後悔した。
「鶫守さんすみません。」
「いいのだ。わしもあの時はどうかしていた。弱点を話せば怖い外見とのギャップでしずくに惚れて貰えるかもと思ったのがまずかった。」
「え?今何て?」
俺は今聞き捨てならないことを聞いたような・・・。淳さんも茜さんも伯父でさえぎょっとしている。
「いやだからおなごは男のギャップに弱いと聞くだろう?それでわしの弱点を話してギャップを演出したのだ。結果的には大失敗だったが。」
鶫守はそう言ってあはははと豪快に笑った。
・・・俺は全身全霊で脱力した。
いや、鶫守、笑いごとじゃないだろう。こんなことがあっていいのか?
ここで言わせてもらいたい。
−今までの俺のシリアス返せーーーーーー!!
茜さんも淳さんも呆気にとられて口をあんぐり開けている。そりゃあそうだろうな、まさかギャップ演出で致命傷となりうる弱点を話したとは思わなかっただろう。下心の塊である伯父でさえ呆れているんだからよっぽどだ。
俺はたまりかねて抗議した。
「そんなしょーもないことで死にそうになったんですか!?」
「そなたはそんなことと言うがな、あの時のしずくは尋常ではないくらい美しかったのだぞ。今でも思い出すなぁー、しずくと初めて会った時のことを。」
鶫守は聞かれてもいないのにしずくとの出会いを話し出した。
「8年前のあの日、わしは居間でテレビを見ていた。」
「え?ちょっと待ってください。その時からテレビ中毒だったんですか?しずくに出会う前から?」
「そうだが?何かおかしいか?」
「いや、てっきりしずくと出会ってからだと思っていたので。」
「田舎の娯楽はテレビだと言ったろ?」
「それはそうですけど。それだとロマンがないような・・・。」
「テレビはロマンだろう。それとも何か?妖怪はテレビを見てはいけないという法律でもあるのか?」
「いいえ、そんなことはまったくありません。どうぞ先を続けて下さい。」
鶫守が迫力ある顔で聞いてきたので俺は焦って先を促した。
「で、どこまで話たっけな。」
「居間でテレビを見ていた、までです。」
「そうか。あれは8年前のことだ。わしは大好きなテレビを見ていて。」
「それはさっき聞きました。」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、話を続けてください。あーとてもたのしみだなぁー。」
俺は棒気味で答えた。茜さんたちは話が長くなりそうだなと呆れている。


―今から8年前の初秋。
鶫守は居間でテレビを見ていた。
「あはははは。やっぱりさんまはおもしろいなぁ。さすがさんまちゃん!」
まったく愉快な気持ちになってちゃぶ台の上の白い茶に手を伸ばした時だ。
ガタッ。
玄関の方から音がした。
「何だ?」
鶫守は神経を研ぎ澄ませた。
「これは人間の気配だな・・・。」


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