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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第35回   35
だが茜の言うとおりだった。歴然たる茜と妖怪の力の差。能力、機敏さ、そのいずれにおいても茜の方が上だ。その茜でさえ勝てないのが鶫守。鶫守にとってこの妖怪は足元以前の問題なのだ。だが妖怪はそのことを認めることが出来ない。怒髪天、髪を逆立てて怒りを露わにしている。
「人間のくせに小癪な!!」
妖怪はやみくもに茜さんに攻撃を仕掛けてくる。
突如妖怪の体から突風が吹いた。尖刃のような鋭い風が辺りのものを切り裂きながら吹き荒れる。淳さんは力を込めとっさに霊気をより強固なものにして俺と伯父を庇護してくれた。
淳さんのおかげで俺と伯父は無事だったけど無事でないものがあった。切り裂かれたのは牢屋の中に置きざりにされていた羽根布団。羽毛が舞い上がり空中を漂う。
茜さんはというともちろん大丈夫。霊気で己の体をガードしている。鶫守はガードする妖気がないので体中傷だらけになってしまったがどれも軽い切り傷のようだ。さすがに鋼のように鍛えあげられた筋肉は伊達ではない。
どんなに攻撃しても茜さんに傷一つつけられないことに苛立った妖怪はやぶれかぶれになって茜さんに猛進するが茜さんはそれらを完全に見切っていて、右へ左へ蝶のように舞い、いとも簡単に妖怪の攻撃をかわしていく。
「糞っ!!」
妖怪は忌々しげに吐き捨てたがこのままでは埒が明かないと思ったのだろう、何かを考え込むそぶりを見せた。頭に奸計が浮かんだようだ。
妖怪はいきなり俺を見つめた。
「!!」
俺はとっさに妖怪から視線を逸らした。こいつが考えていることなんてお見通しだ。どうせまた俺に妖術をかける気なんだろう。だがそうは問屋はおろさない。こいつは妖術をかける時に対象者と視線を合わせないと駄目らしいからすぐに視線を外してやった。
「いいぞ太郎君。」
淳さんがニヤリと笑んだ。
妖怪はチッと舌打ちし、今度は伯父の目を覗こうとするが伯父も馬鹿ではない。一度やられたことを二度繰り返すようなへまはしないのだ。伯父もすぐに視線を逸らした。
「どいつもこいつも!!」
妖怪は何もかも自分の想い通りにならないことにかなり苛立っている。
茜さんは蔑むような目で妖怪を見て、形の整った唇の端を上げた。
「どうやら打つ手なしのようね。どうせ太郎ちゃんと所長を人質にとって私や淳君の動きを封じようと画策したんだろうけどご愁傷様。太郎ちゃんも所長もあんたみたいな間抜けではないの。少しは理解出来た?まぁその鳥頭じゃ無理でしょうけど。」
茜さんが暗黒帝国の覇者のごとき悠然たる佇まいで妖怪を見下した。さすが茜さん、気に食わない相手は身も心も木端微塵にへし折るつもりですね。
人間に侮蔑された妖怪は体を震わせて怒っている。
「そろそろ決着をつけましょう、時間の無駄だから。」
「!!」
茜さんの絶対零度の冷めた声色。妖怪は茜さんの度重なる挑発で完全に切れてしまった。
「貴様などギタギタに切り裂いてくれるわーーー!!!」
目を血走らせ骨をも噛み砕く鋭い牙をむき出しにし咆哮した。そして怒涛の跳躍。一瞬で茜さんと間合いを詰め至近距離で凄まじい妖気を放った。
「茜さん!!」
思わず叫んでしまった。さすがにこの攻撃を間近で見たら声を出さずにはいられない。
砂埃が待った。風圧で周りの物が巻き上がり渦を巻いている。壁という壁は破壊されここはすでに屋敷の中と呼べる代物ではなくなってしまった。今の俺の肌に突き刺さるのは妖気でもなく霊気でもなく外気。凍えるような寒さに身震いした。
そしてもっとも恐ろしいのはこのすさまじい惨状だ。
俺は恐る恐る茜さんを見た。さすがの茜さんもこの攻撃を至近距離で受けたらただでは済まないはず。
しかし茜さんは無事だった。いや無事どころの騒ぎではない。まったくの無傷だった。
「なっ・・・!!」
妖怪は驚愕しよろめいている。無理もない。渾身の一撃を全くの無傷で凌がれてしまったのだ。削がれる自信。妖怪としてのプライドもメタメタに切り裂かれたであろう。
「こんな人間の小娘一人にやられるなんて・・・。」
茫然と妖怪は呟いた。
茜さんはその強靭な霊気で妖怪の必死な攻撃を赤子の手を捻るように跳ね除けたのだ。
ふらふらと後ずさりをする妖怪。その表情からはすでに戦意は失われ、完全に白旗を上げていた。
茜さんは恐怖の大魔王のごとく容赦のない威圧感を漂わせ妖怪ににじりよる。次の瞬間。
「あ!!」
俺は思わず声を洩らした。茜さんの地獄の大女帝ぶりに恐怖したのではない、そんなのはもう見慣れている。俺が驚いたのは妖怪が逃げようとしているのを見たからだ。
妖怪は素早かった。茜さんに恐れおののき踵を返してその場から逃げようとした。しかしそう上手くことが運ぶはずもない。
淳さんは妖怪の素早さを上回る俊足で妖怪の前に立ちはだかり逃亡を防いだ。
「往生際が悪いな。」
淳さんが辛辣に一言。とたんに妖怪の口があわわと震えだした。
この小物っぷりはなんだろう。これが人間の体の一部を欲しがりコレクションしていた妖怪の末路か。憐れにさえ思えてくる。


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