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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第34回   34
「もういいわ。聞きたくない。」
茜さんが吐き捨てるように言った。妖怪がぎらついた目で茜さんを見る。
「もっと言わせろよ。それとも愚かな人間の欲望にまみれた本性を知って耳が痛いか?」
「欲望も人間を形成する要素の一つよ。そればかりでも困るけどそれがなくても困るのよ。」
言い切った茜さんの強気が癇に障ったのか、妖怪はギリリと歯ぎしりをした。
「その程度の霊力で俺様に意見するとはいい度胸だ。どれ、お前の腕を一本貰ってやるとするか。」
すると淳さんがすっと茜さんの前に出た。淳さんの全身に怒りがたぎっている。
「淳君・・・。」
庇われた茜さんが戸惑っている。妖怪は気にくわなさそうに淳さんを睨む。
「ナイト気取りか。いいだろう、一番初めに貴様を殺し、足を奪ってやる。俺は女にいい格好する野郎が大嫌いでな。」
妖怪は不遜な態度で淳さんににじり寄った。淳さんは一歩も引かずに対峙する。
一触即発の緊迫感が漂う中、鶫守がいきなり妖怪の腕を掴んだ。妖怪は驚いてその手をすぐに振り払おうとするが、鶫守の腕力はそれを凌駕していた。
「鶫守なんの真似だ!?」
「貴様の思い通りにはさせん!!」
鶫守は雷雲の中の雷のごとく威圧感を漂わせ妖怪を睨んだ。妖怪はその視線の鋭さにたじろぐ。今の鶫守に妖気はないとはいえ滲み出る強者の風格はなんら変わることはないのだ。
妖怪は内心焦り始めていていた。早く決着をつけないと鶫守の体に妖気が戻ってきてしまう。
だがいや待てよ、ただ殺すのでは面白くない。叩きのめす前にもう少しこいつの心を痛めつけておくか。そう思った妖怪は鶫守の心にとどめを刺そうと歪みきった口を開いた。
「貴様も馬鹿な男だ。なぜしずくに自分の弱点を話した。貴様はしずくを信じて弱点を話したつもりだろうがしずくはそんなこと少しも気にしてはいなかった。それどころか馬鹿な男だと大笑いしていたさ。」
「・・・・!」
俺はもう耳を塞ぎたかった。こんな理不尽なこともう聞きたくない!!
ふと隣にいる伯父を見ると伯父は放心状態だった。そうなるのも仕方がなかった。伯父はファンクラブにまで入ろうとしていたぐらいしずくが好きなのだ。秋川しずくに会うためにセスナ機でここまでやってきたのだ。ケチで守銭奴の伯父が高額料金を払ってまでも会いたかった人は自分の欲望の為に平気で他人を犠牲にするような人。しずくの本当の姿を知って伯父も傷ついたのだろう。
「しずくに薬を渡してやったら欲望丸出しでその場で一気に薬を飲みほしてたぞ。まったく罪悪感などない様子でさすがの俺も少し呆れたさ。鶫守、貴様が惚れた女はそういう女だ。」
残酷で容赦ない言葉が胸を突き刺す。これが現実というものなのか。俺は何も信じられない気持ちになった。
鶫守の手が妖怪の腕から力なく離れた。それを見て妖怪は勝った気になったのだろう、ニヤリと唇の端を持ち上げた。
「貴様の弱点を知ってから俺は来る日も来る日もこの日を待ったぜ。8年は長かった。毎年12月の満月の日に貴様の妖気が無くなっているかを確かめに来ていたんだぜ。だがその度に貴様の妖気が無くなっていないことが分かって、はらわたが煮えくり返るようだった。あの女が嘘ついたのではないかと思った時もある。そうなったらあの女を殺してやろうと思っていたがあの女は嘘をついていなかったな。今宵が待ちに待った8年目だ!!」
妖怪は陶酔しているかのように叫んだ。
「いつまでだらだらとくだらない話をしているつもり?」
茜さんが軽蔑したように言い放った。とたんにそれまで恍惚の表情をしていた妖怪の顔が険しくなる。
「貴様、今何て言った。」
「いつまでくだらない話をしているつもりかと言ったのよ。」
妖怪の憤怒がどんどん膨れ上がっていくのが容易に見て取れた。それでなくても歪んだ顔がどんどん醜く歪んでいく。これは爆発寸前だ。
「茜ちゃん、僕が行くよ。こいつを叩きのめさないと気が済まない。」
淳さんが茜さんに寄り添って呟いた。淳さんは妖怪に睨みを利かしている。こんなに怒りを露わにする淳さんは滅多に見ないだけに味方ながら正直言って怖い。思わず鳥肌が立ってしまった。
しかし茜さんは首を横に振った。
「淳君。ここは私にまかせて。女一人で片を付けてこいつの自尊心を再起不能なまでメタメタに切り裂いてやりたいの。だからお願い。」
お願いと言いながらその目はお願いではなく決定事項だった。こうなった茜さんを誰も止められない。淳さんは困ったようにため息をついたが茜さんの気持ちを尊重したのだろう、仕方なさそうに頷いた。
「でも茜ちゃんがピンチになったら茜ちゃんが止めようと助っ人に入るからな。」
淳さんも一歩も引かない決意溢れる目で茜さんを見つめた。
「その時は頼んだわ。」
「O・Kまかせてくれ。」
これが朝舞探偵事務所のゴールデンコンビだ。まったくもって頼もしい。
「貴様ら、俺に勝つつもりでいるようだがそんなのは幻想だ。あの世に行って後悔しろ。」
妖怪が妖気をたぎらせ首をポキポキと鳴らした。茜さんを鋭く睨みながら舌なめずりをする。そして急に真顔になり
「まずは貴様だ!!」
突然だった。妖怪は茜さんに向かって風を切るかのような速さで上げた手を振り下ろした。
「!!」
茜さんが身構えた。暴発しそうなほど膨らんでいく茜さんの霊気。その瞬間、味方のはずの俺の肌がナイフで切り刻まれるかのような痛みを感じた。
「太郎君、所長後ろに下がって!」
淳さんが俺と伯父を庇いながら後ろに下がった。茜さんの暴走した霊気で俺たちまで傷つかないようにと淳さんは自分の霊気で俺たちを覆ってくれているようだ。俺は霊気が見えるわけではないけど感じることは出来る。茜さんの霊気を漠然と感じる時もあってそれは鋭く重みがあるような気がする。それに対し淳さんの霊気はどちらかというと防御性に優れているような気がするんだ。断定は出来ないけど弾力があるような感じ。見えないけど霊気の存在を感じることはある。これって俺の霊感が上がってきているということなのかな?
なんだか嬉しくなってガッツポーズをしかけた瞬間、突然辺りがぱあっと明るくなった。
妖気と霊気がぶつかって火花が散ったのだ。そして次に来たのが衝撃波。衝突した点から衝撃が津波のように伝わってきた。俺と伯父は思わず身を伏せた。淳さんの霊気で守られているから俺たちには傷一つつかなかったがこれがむき出しの体に当たったらただじゃ済まなかっただろう。普通の人間ではひとたまりもない。
茜さんと妖怪はお互い後方に飛びのいて間合いをとっている。
「貴様・・・それほどまでの霊気を隠していたのか。」
妖怪は茜さんを見くびっていたらしく、真実を知って驚いたような顔をしている。
「まだまだこんなものではないわよ。」
茜さんが挑発的な笑みを浮かべた。それが妖怪の怒りに益々油を注いだ。
「ほざけ!!」
妖怪が地面を蹴って突進してくる。
獰猛な獣のような牙をむき出しにして茜さんの首に食らいつこうとした。茜さんは鋭く真横に飛び跳ね妖怪の攻撃から逃れた。茜さんの首を捕らえることが出来なかった牙が血に飢え唸っている様は世にもおぞましく俺は総毛立った。
今度は茜さんのターンだ。茜さんは己の内に蓄えられている霊気を弾丸のように形作りそれを次々と妖怪に向かって乱射していく。霊弾はもの凄いスピードだ。俺には霊気は見えないけれど妖怪が5秒と置かずに激しい衝撃を受け、その度によろめいているので何が起こっているかは容易に想像出来る。妖怪は茜さんの怒涛の攻撃を避けきることが出来ずどんどん後ろに飛ばされていった。
やがて妖怪の体は壁に叩きつけられた。
「ぐっ!!」
妖怪が苦痛に顔を歪める。そして忌々しげに茜さんを睨みつけた。
「貴様!!」
歯ぎしりをしながら悪辣な目で茜さんを見据える妖怪。しかし茜さんは一向に意に介さない。それどころか
「あらあんたの妖気ってそんな程度なの。そんなんだから鶫守の足元にも及ばないのよ。」
茜さんが吐き捨てるように言った。そのとたん妖怪の表情が一変する。激しい憤怒で見る間に顔が赤くなっていった。


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