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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第32回   32
あくどい顔している妖怪が鶫守に歩み寄り、いきなりその喉に獣のような鋭い爪を立てた。喉に食い込むか食い込まないかの瀬戸際のところでわざと止めている。
「何をするつもりだ!?」
淳さんが責めたてた。鶫守の喉から血がわずかにしたたり落ちる。
しかし鶫守は自分の命の心配よりもっと違うことに心を囚われているようだった。
「今からこいつの恥を晒してやろう。冥途の土産だ、よく聞いておけ。」
鶫守の喉元に鋭い爪を立てられて俺たちは動くに動けない。
「聞きたくないわ!」
「そうだ!誰も聞きたくないぞ!この変態下種野郎!!」
俺は吠えた。今の茜さんと淳さんは霊能力が使えるから俺は安心して強気に出られる。
「言わせろよ。俺の快楽は誰にも止められないぜ?それに鶫守も知りたいだろう?秋川しずくの本当の姿を。」
この妖怪のニヤツキは人をたまらなく不愉快にさせる。
だが鶫守は意外なことを言った。
「わしはしずくのどんな姿も受け止める覚悟は出来ている。」
それを聞いて妖怪は思わずたじろいだ。相手が嫌がることをすることに快感を覚えるタイプなんだろう、だから相手に受け止めると平然と言われて快感が削がれると思ってたじろいだんだ。やっぱり最低な変態糞野郎だ。
「こ・・・こいつもそう言っていることだし聞かせてやるか。こいつの愚かな話をな。」
妖怪は気を取り直したようだ。快楽をまだ続けるらしい。それに付き合わせられるのはまっぴらごめんだが鶫守は覚悟を決めた様子で佇んでいる。
「今から8年前のことだ。秋川しずくはこいつの元を訪れたのさ、夜鶫の鏡を見せて欲しいってな。」
やっぱり・・・。
「普通なら絶対に見せないがこいつはこともあろうにしずくにひと目ぼれをしてしまい鏡を見せちまった。そしてしずくは自分の未来を知ったのさ。5年後に自分は癌になり死ぬということを。」
「!!」
俺はショックで何も言えなくなってしまった。あの秋川しずくが癌だなんて・・・!
しかしここである疑問が湧き出てきた。なんで5年後なんだ?鏡を見てから一年後に死んでしまうのではなかったっけ?
しかし俺の疑問に答えてくれそうな雰囲気がここにはなかった。妖怪は尚も続ける。
「近々受けるオーディションに合格する未来を見たと言っていたな。それがきっかけで女優として成功するとも。しかしわずか5年後にあっけなく死んでしまう。やっと有名になれたと思ったら死ぬなんて冗談じゃないとあの女は発狂していたぞ。だが夜鶫の鏡を見たら一年後には死ぬのだから五年後なんてとっくにあの世に行っているはずだ。言っていることが矛盾しているだろう?だから俺は貴様は頭がいかれているのかと言ってやった。しずくは『たった一度だけでも有名になれればそれでいいと思っていたけど女優として成功している自分を見たら欲が出てきた』と言っていたぞ。俺にはしずくが何を言っているのかさっぱり分からなかったが。まぁいずれにせよ自分が死ぬと分かったんだろう。そして俺のことをどこからか耳にしたしずくは俺の元へやってきた。」
「不老不死・・・。」
「そうだ。俺は不老不死の薬が作れる。あの女はこうも言った。『どうしてもその薬が必要なんだ、私に分けて頂戴』と。あの時の必死な顔は今でも忘れられないぜ。」
それまで黙って聞いていた鶫守が苦渋の表情を浮かべた。
「だが俺は慈善事業で不老不死の薬を作っているわけではない。どうしても分けて欲しければお前の体の一部を俺にくれと言ってやった。」
「体の一部!?」
鶫守と妖怪以外のその場にいる全員が驚愕し、目を見開いた。
「そうだ、腕の一本、足の一本、どこでもいいから人間の体の一部を集めるのが俺の趣味だ。貴様らのも当然いただく。」
「反吐が出そうな悪趣味だな。」
淳さんが軽蔑しながら言い放った。
「当然の権利だ。俺は不老不死を与えてやることが出来るんだぞ。その対価として体の一部を貰うことの何が悪い。永遠に死なないで済むんだ、それぐらい安いものだろう。それとも何か?俺が善意で不老不死の薬を与えるとでも思ったか。」
その場にいる全員が全力で首を横に振った。
「不老不死を与える代わりに体の一部を貰う。別に手足でなくてもいい。目玉二個でも構わないさ。ただし耳の場合は二個+目玉一個を貰い受ける。」
「その基準はなんなんだよ!第一そこまでして不老不死になりたがる人間なんているのかよ!」
俺は怒りのまま聞いてみた。だってにわかに信じられない。不老不死の薬ということさえ疑わしいのにその疑わしいものに自分の体の一部分を差し出すなんて。
「もちろんいるさ。地位や名誉のあるものほどそれに縋る。富がある人間にとってはこの豊かな暮らしが永遠に続けばいいと思うだろう。手足の一本、目玉の二個を失ってでもな。現に貴様らも知っているだろう会咲グループの会長、会咲権蔵、やつは隻腕だ。」
「まさか会咲権蔵が!?」
淳さんが驚きの声を上げた。俺も会咲権蔵のことは知っている。日本有数の大企業の会長で超有名人だ。大富豪にインタビューという趣旨のテレビ番組で見たことがある。確か彼は隻腕だった。けれどインタビューでは昔外国で船の事故にあって片腕をなくしたと答えていたぞ。
「そうだ。貴様らが本当のことを知らないだけだ。」
俺は血の気が引くような思いがした。だって知り合いでこそないけれど顔を見知っている人間がこれから先、永遠に年を取らなければ死にもしないなんてこんな不気味なことがあるか。知ってはいけない正体を知ってしまったようで身の毛がよだつ。
「じゃあしずくも?でもしずくはどこも・・・。」
茜さんがしずくの姿を思い浮かべて首をかしげた。確かにしずくは見た所無事なようだ。
「しずくは俺に頼み込んだのさ。『女優が体の一部を失ったらとてもじゃないけどやっていけない。それは死ねといっているのも同じ。体の一部はあげられないけどどうにか薬は貰えないか』と。もちろんそれならば薬は渡せないと断ったけどな。」
「じゃあ薬は渡していないのね。」
「いや渡したさ。しずくが取引を持ちかけてきたからな。」
「取引?」
「あぁ、夜鶫の鏡を持っている妖怪の弱点を教えるから薬をよこせと言ってきたのさ。」
「!!」
妖怪は俺たちの狼狽に満足したのかニヤッと陰険に笑った。そして鶫守を見下ろし
「鶫守、不思議に思わないか。なぜしずくが貴様の弱点を知っているのか。」
と、言い放なつともっと陰険な表情で鶫守の心をえぐった。
「あぁそういえば貴様自身がしずくに己の弱点を洩らしたんだったな。」
まったく嫌味以外のなにものでもなかった。なにもかも知っているくせにこうやって真綿で首を絞めるようにいたぶっているのだ。
「なぜ人間のしかも非力な女が俺たち妖怪の中でもトップクラスで強い鶫守の弱点を知っているのかと不思議に思ったし疑ったさ。なんせ鶫守は強いというもっぱらの噂だったしな、弱点を知っているものが今まで誰一人としていなかった。なのになぜこの女がそんなことを知りえたんだと始めは半信半疑だったさ。」
鶫守の表情がどんどん沈んでいく。心が痛いのだろう、苦しそうに眉を顰めている。
「しずくは言った。『鶫守は私に惚れている。だから私にだけ弱点を話した。鶫守は他の誰にも言わないで欲しいと言っていたからこの情報は本物よ。だから取引しましょう』とな。」
妖怪の冷たい声がその場にいる全員の体を容赦なく冷やしていく。それとは裏腹に心は怒りでどんどん沸騰していく。
「俺はこれは愉快だと思ったさ。鶫守の弱点を知ったら俺は鶫守を殺しにいくけどそれでも俺にあいつの弱点を話すのかと聞いたらしずくは何の迷いもなく言ったぜ。『それでも構わない、秘密を教える』とな。惚れた女に己の秘密を洩らし、その女はそれが致命的な秘密と知りつつも敵に教える。そいつが殺されると分かっていてもな。こんな愉快な話があるか?」
妖怪はそう言って厭らしく高らかに笑った。それは残忍で非情で堕落な快楽に溺れた笑い。
こんなことってあっていいのか!秋川しずく!!
俺は心の中で叫んだ。


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