しかし妖怪は同じ過ちは繰り返さんと言わんばかりに警戒し、禍々しい視線を淳さんに向けてきた。 「それ以上何もするな!おかしな真似をしたら今すぐその男の首をへし折るぞ!!」 「!!」 容赦ない妖怪の脅迫に淳さんはなす術をなくし、くそっ!!と舌打ちしながら体の力を抜いた。 それを見た妖怪はニヤリと陰険に笑む。 ・・・!!俺ちには何も出来ないのか!!こんなことしている間にも伯父が・・・!!あまりにも自分の無力さに涙が出てくる。 一体どうしたらいいんだ!?誰か伯父を助けて! すると突如妖怪が叫んだ。屋敷中に響くような大声だ。 「鶫守いるんだろう!!鏡をここに持って来い!!さもなくばこの人間どもを皆殺しにしてやるぞ!!」 人の命を命とも思わず非力な者の生死の境目をもて遊ぶ血生臭い非情な妖怪。俺たちはそれを目の前にしても何も出来ず、ただ伯父の首にかかっている手を必死で引きはがそうとするばかりだ。 その時だ。 「やめろ!!」 強く責めたてるような声が辺りに響いた。 俺たちは驚いて声のする方を見た。鶫守だ。正直言って出てくるのが遅いよと文句を言ってやりたい。だが茜さんは辛そうにため息をついた。そして一言呟く。 「やっぱり妖気がないわ。」 「え・・・。」 俺は狼狽した。やっぱり妖気がない?どういうことなんだ!? 妖怪も今の鶫守に妖気がないことは当初から分かっていたようだ。剣呑な表情で眉を上げた。だがすぐに鶫守が鏡を持っていないことに気づく。 「見たところ鏡は持ってきていないようだが。」 「鏡は隠してある。貴様が絶対に分からない場所にだ。鏡を持ってきたら貴様はわしを殺し、人間たちも殺し鏡を奪っていくだろう。わしがそんなことおめおめとさせると思うか。」 「・・・!!」 「だが今すぐ人間を解放しここから逃がしたなら鏡のあるところは教えてやる!だがこの者たちにこれ以上手出しするつもりなら鏡がある場所はわしは死んでも教えないぞ!!」 「・・・糞っ!」 妖怪は鶫守の要求に従うしかなかった。 忌々しげに鶫守を睨みながら妖術を解いた。そのとたんに伯父の手が首から離れた。伯父は倒れこむ。 「伯父さん!」 「所長!!」 慌てて体を支える。伯父は失われた酸素をいっぺんに取りこもうと思いっきり息を吸っている。呼吸を荒くしてゼイゼイ言っている。よっぽど苦しかったのだろう、目尻から涙が零れた。その気持ちは痛い程分かる。伯父の痛々しい姿を見て再び怒りがこみあがってきた。 「許さない!!!」 俺は妖怪に向かって怒りをぶつけた。茜さんと淳さんは爆発しそうな怒りを必死で抑え反撃の機を狙っている。 「人間どもは解放したぞ。鏡のありかを言え。」 「まだだ。」 「なに!?」 「貴様のことだ。鏡を手に入れた途端、人間たちに危害を加えるだろう。だからこの者たちが安全な場所まで逃げおおせるまで鏡がどこにあるかは言わん。無事逃げ切ったと分かったら教えてやる。」 「・・・!!」 鶫守は妖怪と堂々を渡り合っている。妖気はなくてもその威厳は健在だった。まったくもって頼もしい。鶫守は懐から牢屋の鍵を取り出し俺たちを出そうと近寄ってきた。 「鶫守・・・。」 俺は感動して泣きそうになった。茜さんたちも同じ気持ちのようだ。 しかし次の瞬間。 鶫守の体はすっ飛んだ。 「!?」 なにが起こったのか一瞬分からなかった。鶫守が飛ばされた方向を凝視する。 鶫守は壁に叩きつけられていた。だが鶫守は激しく体をぶつけながらも敵を鋭く見据えている。 「貴様・・・。」 「調子に乗り過ぎだぞ、鶫守。今の貴様には妖気がない。貴様を殺す事なんてたやすいわ。その後で人間どもを殺し、その後ゆっくりと鏡を探すことにした。こいつらが逃げているうちに貴様に妖気が戻ってしまったら元もこうもないからな。」 妖気が戻る?そうか鶫守の妖気は戻るのか。良かった・・・。俺はひとまず安堵のため息をついた。 妖怪はおもむろに鶫守の元へ歩みより、恐ろしく陰惨な目で見下ろしている。 「さて。どう料理してやろう。」 厭らしく舌なめずりをした。そして鶫守に向かって手をかざした。 「鶫守逃げて!!」 俺は叫んでいた。 しかし俺の叫び虚しく、妖怪の妖気が放たれた。辺りにかまいたちのような鋭い風が吹いたと思ったら次の瞬間、鶫守の服や肌が切り裂かれていた。血が飛び散る。 「ぐっ・・・!」 鶫守が痛みでうずくまる。 「「鶫守!!」」 俺たちは驚いて声をかけると鶫守は心配するなという表情でこっちを見た。 妖怪はまるで容赦がなかった。妖気がなくて抵抗もままならない鶫守相手に殴る蹴るだ。その度に血が飛び散る。あまりに一方的で痛ましい光景。 「やめて!!」 茜さんの悲鳴が上がった。 「やめろ!!俺と闘え!!」 淳さんが怒鳴った。しかし妖怪は一向に聞く耳を持たない。辺りに耳を塞ぎたくなるような鈍い音が鳴り響く。 ドガッ!ゲシッ!一方的な壮絶なリンチだ。鶫守の顔は見る間に腫れ上がってきた。俺は怒りで体中が震えている。 「これでとどめだ。」 妖怪が一層低い声で呟いた。その顔は凄まじいほどの冷酷さに満ちている。 「鶫守逃げて!!」 茜さんが叫んだ瞬間、妖怪の体から膨大な妖気が立ち上りそれが塊となって鶫守に襲い掛かった。 しかし鶫守はとっさにそれを避け、壁を蹴って牢屋の方にひとっ跳びした。そして空を掴んだかと思うと思いっきり何かをひきちぎるような動作をした。 「結界が解けたわ!!」 茜さんが叫んだ。鶫守は妖怪の隙を狙って牢屋に張り巡らしていた結界を解いたのだ。そして次に鶫守は握りしめていた牢屋の鍵を淳さんに投げた。 「早くここから逃げろ!!わしがあいつを引き留めておく!!」 「!!」 淳さんは鋭い反射神経で受け取った鍵を急いで錠に入れ鍵を開けた。 「やった!!」 俺たちは急いで牢屋から出た。妖怪は一瞬しまったと顔を崩したがすぐに表情を引き締めた。 「弱い人間どもなど何人集まっても同じこと。鶫守が妖気を使えない限りはな。妖気が戻る前にとっとと片を付けるとするか。」 妖怪は不気味に不敵に笑んだ。
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