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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第29回   29
太郎が激しく動揺した。なぜだか分からないけど太郎の手が勝手に動いて自分の首に手をかけた。そしていきなり首を絞め始めたのだ。
「太郎ちゃん!?」
「太郎君!?」
「何やってんだ!!太郎!!」
茜たちは慌てて太郎の手を解こうする。しかしどんなに強く引っ張っても太郎の手はびくともしない。
「ぐうっ・・・。」
太郎は苦しげな声を洩らした。見る間に太郎の顔が真っ赤になっていく。息が出来なくてもがいている。
「しっかりしろ!!」
所長は必死な形相で太郎の手を首から剥がそうと引っ張る。しかしやはりびくともしなかった。茜も泣きそうな顔で必死で太郎の手を引っ張っている。
「貴様っ!!」
淳は振り返り妖怪に食って掛かった。しかし妖怪は牢屋の外にいる為、淳の手は届かない。これは妖怪の仕業だ。妖怪は太郎に妖術をかけ自分で自分の首を絞めさせている。妖怪は陰惨な顔でニヤついている。
すると淳は足元に置かれた食器を見つめ集中し始めた。念力を込めている。この檻の中では霊力・超能力は使えないが檻の外にある物に対してなら超能力が使える。
「淳君!!」
茜と所長は淳に掛けるしかなかった。
侮蔑してくる妖怪の目の前でいきなり淳は箸を手に取った。それは傍からみれば冗談にも見えない、とても信じられない光景。妖怪が目を見張った。
「貴様、そんな箸で一体どうするつもりだ。まさかそれで俺を攻撃するつもりじゃないだろうな。気が動転して頭が狂ったか、カスめが。」
妖怪は厭らしく挑発する。だが淳は構わずにその箸を妖怪に向かって投げつけた。
「フン。」
妖怪は鼻で笑った。しかしその笑いは次の瞬間消え失せる。
箸は檻の外に放り投げられた後、湾曲を描いて力なく床に落ちそうになったが突如方向を転換し、もの凄いスピードで妖怪に向かって飛んで行く。とてもじゃないがどんな剛腕な投手でも軽い箸をあんなスピードで投げることは出来ない。箸には明らかになんらかの力が加わっていた。
「何!?」
妖怪は驚いて慌てて箸の軌道から避けた。だが箸は意志を持って妖怪に襲い掛かる。
グサッ!!
凶器となった箸が妖怪の肩に突き刺さる。それはもはや箸などではなくナイフのような鋭さと凶暴さを持ち合わせていた。
「糞っ!!」
妖怪が忌々しげに肩に刺さった箸を引き抜いた。それと同時に血が噴き出す。どれほどの力と勢いを持って刺さったかが容易に見て取れる。
それで妖怪の集中力が削がれたのであろう、突然太郎にかけた妖術が解けた。
太郎の手が首から離れた。太郎はその場に倒れこみ、慌てて所長が体を支える。
「大丈夫か!?」
苦痛から逃れてもすぐには元に戻れなくてゴホッゴホッと何度もむせた。
「なんとか。・・・。」
俺は気丈にも答えたが本当はちっとも大丈夫ではない。危うく死にはぐった。涙で歪む視界の中に茜さんの心配そうな顔が入った。
「僕は大丈夫です。」
空元気でVサインをしてみせる。茜さんはほっとしたような笑顔を見せる。
「淳さんありがとう。」
生還できたのは淳さんのおかげだ。俺は心から感謝した。
「気にするな。」
淳さんも心からほっとしたような笑顔で答えてくれた。それを見てまた泣きそうになる俺。
妖怪はかなり頭に血が昇っているのだろう、今まで以上に厭らしく歪んだ表情をしている。
「貴様、一体なんの小細工をした!!」
妖怪は箸を投げ捨て淳さんに向かって凄んでくる。淳さんは挑発的な視線で妖怪を睨み
「そんなことも分からないから鶫守以下なんだよ。」
「なにぃ!!?」
この言葉が火に油を注いだようだった。凄まじく鬼畜の形相をしている。どうやらこの妖怪は人間の霊能力は見えてもそれ以外の能力は見抜けないようだった。鶫守は淳に霊能力以外のものがあることを瞬時に見抜けたというのに。
妖怪は怒髪天そのままに手を振り上げ薙ぎ払った。
その瞬間淳さんの体が後方に飛ばされ壁に叩きつけられた。
「!!」
「淳さん!!」
俺の体は驚きのあまり固まってしまった。淳さんは壁に叩きつけられた衝撃でうずくまってしまった。
「淳君!!」
茜さんが慌てて淳さんの元へ駆け寄ろうとするが淳さんはそれを手で制止した。
「大丈夫だ。それより茜ちゃんは太郎君たちのそばにいてくれ。」
息も切れ切れに淳さんが言った。こんな時でも俺たちを庇おうとしてくれている。
俺は自分の非力さに無性に腹が立った。こんな非常事態でも淳さんや茜さんの力になれないなんて俺はなんて無力なんだ!!悔しくて悔しくて仕方がない。
歯を食いしばっている俺を見て伯父がぽんと肩を叩いた。伯父の目が「その気持ち分かるぞ。」と言っている。
しかし妖怪にとってそれは余程気に入らない光景だったのだろう。
「くだらない。そんな仲間ごっこ反吐が出るわ!」
妖怪は吐き捨てるように言った。そして何か思いついたように冷酷な目で俺たちを見下ろし。
「貴様ら全員殺すことは赤子の手を捻るより簡単だ。ひとりひとりいたぶりながら殺すことにしよう。だがその前に俺の為に役立ってもらうぞ。」
「!?」
警戒する俺たちの前に妖怪は立ちはだかった。茜さんが俺と所長の前に立ちふさがり、淳さんも傷ついた体を引きずりながら俺たちの元へ駆けつけてくれた。
妖怪の目は恐ろしく残忍でその目をひと目みただけで背筋が凍った。怯えきっている俺と所長を妖怪は獰猛な目で見つめてくる。俺の背中に戦慄が走った。
「!!・・・太郎君!所長!奴の目を見ては駄目だ!!」
淳さんが突然叫んだ。どうやら淳さんは何かに気づいたようだ。俺は慌てて妖怪から視線を逸らした。しかし伯父は間に合わなかった。
突然伯父の手が動き己の首を絞め始めた。
「伯父さん!!?」
「所長!!」
今度は伯父の番だった。妖怪は俺にしたように伯父にも妖術をかけたのだ。
「貴様!!」
淳さんは怒り、足元の箸に凄まじい集中力で念を入れはじめた。


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