俺は茜さんから話を聞いて呆れた。 「そんなことがあったんですか・・・。伯父さんは秋川しずくの名前にほだされてここまでのこのこやって来たんですね。」 「そういうこと。」 鼻の下をだらしなく伸ばしながらセスナ機をチャーターしてやって来たんだと思うとげんなりするけれども、同時に伯父のバイタリティーに感心する。真似したくはないが。でも伯父のおかげでこうして茜さんと淳さんと再会できたのだから感謝しないとな。 「それにしてもやたら秋川しずくに縁があるなぁ。」 俺はぼそっと呟いた。茜さんたちはそれを聞き逃さなかった。 「どういうこと?」 「いや、あのー。僕が無理矢理この屋敷に連れてこられた時なんですけど、鶫守は僕を放っておいていきなりテレビを見始めたんですよ。」 「テレビ!?」 淳さんは素っ頓狂な声をあげた。 「まぁ、妖怪だってテレビを見ることぐらいあるだろうけど随分人間界の暮らしに馴染んでいるようだね。まぁいずれにしろ人間界でエンジョイしているようで良かったよ。」 「そうですね。で、その時ドラマやっていて秋川しずくが出ていたんです。」 「秋川しずくが・・・。」 「はい。それで鶫守はしずくだけを見ているようでした。その時の鶫守の目がなんとも印象的でした。」 「というと?」 茜さんと淳さんは前のめりになって聞き返してきた。 「なんというか・・・。とても親しみを込めた目をしていたというか。あれは好きな人を見る時の目でした。芸能人と単なる一ファンというよりはもっと近しい感じで。」 「そう・・・。」 茜さんは淳さんを見た。 「これで決定だな。」 淳さんが確信めいたように言うと茜さんも強く頷いた。俺は一人取り残された気分になって焦る。 「決定って何が決定したんですか?」 「鶫守と秋川しずくはなんらかの接点があるということよ。実はさっきも所長がしずくの名前を出した時、鶫守は明らかに気にしていたもの。」 「そうなんですか?でも妖怪がどうやって大女優と知り合いになれるんでしょうか。普通の人間でもなかなかそれは叶いませんよ。」 「分からないわ。でもあるとしたら・・・。」 茜さんは言いかけてやめた。俺は何を言いかけたのか気になったのだが急に割り込んできた声がそれを邪魔した。おかげでかすかな疑問も吹っ飛んだ。 「もしかして秋川しずくは人間ではないのかもしれんぞ。」 伯父だった。 「伯父さん!目が覚めたんですか?」 「所長と呼べ。目はとっくに覚めていたぞ。」 茜さんと淳さんも伯父を見てほっと胸をなでおろしたようだ。 「いつから覚めていたんですか。伯父さんのことだからこのまま事務所に帰るまで白目をむいているだろうと思っていましたよ。」 「馬鹿にするな。この屋敷に連れてこられた時から目は覚めていたぞ。」 「それって今まで気絶しているふりをしていたということですよね。さすが筋金入りのヘタレっぷりですね。」 「結界も解けなかった太郎には言われたくないわい。」 キーーーィ!!悔しい!! 敗北感で地団駄を踏む俺の目の前で伯父は誇らしげに胸を張っている。確かに俺は結界を解く前に鶫守に捕まってしまった。一方伯父は気絶したとはいえ結界を解いた。一歩先に行かれたようで悔しい!今まで無能同士だったのに! 「あれほど一緒にゴールテープを切ろうと約束していたじゃないですか!」 「ゴールテープ?一緒に?なんのことだ?」 伯父はきょとんとしている。 「今後のことは所長と太郎ちゃん二人で話し合ってよ。とりあえずその話は今は横に置いておいて。」 と、茜さんが突如切り出した。 「これからどうする?」 「どうするって?」 淳さんが聞き返した。 「夜鶫の鏡のことよ。このままでは手に入れることは不可能よ。鶫守が強すぎるわ。」 それを聞いて淳さんは意外なことを言う。 「今回は諦めないか?」 「「え!?」」 所長と俺の疑問符が重なった。だが茜さんはその答えを覚悟していたらしく静かに受け止めている。 「ここに来る前からずっと迷っていたんだ。果たして未来を知ることはいいことなんだろうかと。占いとかで未来を知るのはいいさ、当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。でも夜鶫の鏡で知った未来は絶対だ。しかもその未来を知る為に自分の命を差し出さなければならないんて本末転倒だよ。」 確かに俺も夜鶫の鏡に関しては複雑な思いを抱いている。多分淳さんよりも未来を見ることに関しては反対していると思う。だってやっぱり自分の未来を知ってから一年しか生きられないのにそれでも未来を知りたがるなんておかしい。それよりもどんな未来があるのか分からなくても精いっぱい生きた方がいいような気がする。 淳さんは言葉を続けた。 「人間はどんな未来が来るのか予想もつかないから頑張れると思うんだ。分からないからこそ必死で頑張れる。もし夜鶫の鏡で未来を知って、それが絶望しかなかったらそこで立ち止まってしまって前へ進めなくなるんじゃないかな。」 俺たちの間に沈黙が流れた。その沈黙を破るように伯父は冷静に言葉を繋いだ。 「しかし松川さんのことを思うとな。元々松川さんは余命一年だ。鏡を見ても見なくてもどのみち一年後には・・・。だったら自分の命を命よりも大切な会社の為に使いたいという気持ちも分からんではないぞ。経営者にとって自分の会社というのは命だ。私が朝舞探偵事務所をなんとしても守り抜きたいと思うようにな。この思いはそう簡単に他人が否定出来るものでもないと思うのだが。」 伯父の言葉もまた理解出来る。淳さんもそこをつかれて戸惑っているようだ。 すると茜さんが口を開いた。 「淳君が言っていることも所長が言っていることも分かるわ。でも私はやっぱり目に見えない不確かなものに人間は夢中になれると思うのよ。未来って危なっかしくてあやふやなものだからこそ、それを知ろうとみんな前に進んでいけるのよ。だってどんな未来が待ってようとつき進むしかないんだもの。最後まで諦めない、進むしかないと覚悟した時の人間って強いと思うわ。」 「茜ちゃん・・・。」 淳さんが尊敬のまなざしで見ている。もちろん俺も茜さんと淳さんをとても尊敬している。伯父も説得されたのか諦めたようだ。 「仕方ないな。膨大な報酬を貰うあてが外れたがこればっかりはな。限られた時間を精いっぱい手探りで生きるのもありだ。」 伯父が言った。偉いぞ伯父。少し見直した。 「あてが外れた分は太郎の給料から引いてやろう。」 「はぁ!?」 なに言ってんだ、このおっさん!!断然猛抗議だ!! 「なんで僕の給料から引くんですか!それでなくてもすずめの涙ぐらいしか貰っていないのに!」 「すずめの涙なのは歩合性だ。給料を上げて欲しかったらさっさと霊感上げろ。」 「ぐっ。」 ぐうの音も出ない。敗北感が天井からたらいのごとく降ってきた。 「まぁまぁ二人とも。賃下げ交渉はそれぐらいにして。今はそれどころじゃないわよ。」 「茜さん、賃下げ交渉ってなんですかね。普通賃上げ交渉じゃないですかね。」 俺が恨みがましい目で見ると茜さんはどこ吹く風で視線を逸らした。 すると伯父が俺がくるまっている布団をちらっと見た。 「それにしても随分暖かそうな布団にくるまっているな。それをこっちによこせ。」 いきなりだった。伯父は俺の布団を引っ張って剥がそうとする。俺は剥がされまいと必死で抵抗した。 「いやです!」 「よこせ!」 「いやです!」 またもや親戚同士の喧嘩が始まった。そんな二人を茜と淳はやれやれという表情で見守っている。
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