屋敷の一番奥の部屋の空気は底が知れないほど冷たい。明かりが所々についているから真っ暗闇ではないがやはり薄暗かった。壁は頑丈な石で出来ていてびくともしない。夜風が高い場所にある小窓から侵入してくる。小窓にはガラスなど上等なものはなく4本の太い鉄の棒だけが外とこの部屋を区別している。 俺は今、座敷牢に閉じ込められている。鶫守に無理矢理ここに連れてこられたのだ。牢屋の外から鶫守が俺を見下ろしている。 「あのー、いきなり牢屋ですか。」 俺は恐る恐る尋ねた。 「そなたにはそこがふさわしいだろう。盗人には牢屋がお似合いだ。」 「盗人って・・・。なんとか話し合いに応じてくれませんかね。鏡をちょっとだけ貸してもらえないでしょうか。ほんの少しの間でいいんです。いや、見せてくれるだけでもいいです。10分、いや5分でも。すぐにお返ししますから。」 「駄目だ!」 「ほんのちょっとでも。」 「くどい!!駄目なものは駄目だ!」 鶫守はぴしゃりと言い切った。俺はがっくりと肩を落とす。 「やっぱり駄目か・・・。」 鶫守は、落胆する俺を見て少し同情したのか厳しい表情を緩め、静かな口調で語りだした。 「第一、未来など知ってどうするのだ。未来というものはどうなるか分からないから今を頑張れるのではないか。」 「僕もそう思いますよ。でも依頼人が・・・。」 「依頼人?あ、そうか、そなたは探偵事務所の探偵だったな。全然そんな風に見えないからついつい忘れてしまうぞ。その依頼人に言っておけ、未来は見えないからいいんだと。」 「そうですね。そう伝えるのでここから出してください。」 「駄目だ。」 俺は渡りに船とばかりに懇願するがそんなのは即却下されてしまった。しかし俺は尚も食い下がる。 「どうして?ここにいたら依頼人に伝えることは出来ません。」 「携帯電話を使えばいいだろう。どうせ持っているんだろう?電波状況はバリ3だ。昨今の携帯電話の会社の縄張り争いは熾烈だからな。田舎でもバリ3凄いだろう?だから繋がるから安心しろ。」 ちぇっ。心の中で舌打ちする。変に知恵をつけた妖魔だ。やりづらくて仕方がない。 「いっそその携帯を使って仲間に電話してみたらどうだ。そなた一人でここに乗り込んできたとは考えづらい。なんせそなたは非力過ぎる。仲間に助けに来てもらえばいいだろう。」 「・・・・。」 正直俺は戸惑った。それが出来るくらいなら始めからこんな苦労はしない。いつものように茜さんと淳さんにまかせて俺は助手に徹していただろう。 もじもじと困惑する俺を見て鶫守はニヤリと笑った。 「大方そなたの仲間は結界が張ってあるから中へ入ってこれないんだろう。それでそなたが結界を破りにきた。しかしわしに見つかってあえなく失敗。今に至ると。」 「経緯説明ありがとうございます。まったくもってその通りです。さすが聡明でいらっしゃる。」 今さら隠したって仕方がない、ここは素直になって少しでも鶫守に気に入られる作戦に出よう。あわよくばここから出してくれるかもしれない。 「まぁ今夜はもう遅い。帰ることは出来ないだろう。ここに泊まっていきなさい。」 出してくれないようだ。 「お気持ちはありがたいんですけど、どうせ泊まるなら牢屋でない方がいいんですけど。」 俺は怯むことなく返してみた。この妖魔ならなんとかなりそうな気がしているからだ。今まで会ってきた怖い系の妖魔とは一線を画している。顔は怖いけど、ものすごく怖いけど。でも強面の良い人というパターンも大いにありうる。 「贅沢いうな。」 一喝された。それでも食い下がる。 「でもここは寒くて凍え死にそうです。」 大げさに腕をさすって歯をガタガタ鳴らしてみせる。そんなことしなくても十分に寒いんだけどさ、一応小芝居をしてみた。 すると鶫守はなにか考え込み、やがてどこかへ消えて行った。 「見捨てられた!?」 俺に人を見る目はなかった。情けないことこの上ない。身も心も冷えきってしまった。今度は本気で腕をさすった。なんとかして温まらなければ死活問題だ! そこへ鶫守が舞い戻ってきた。手には布団、それも見るからに高級羽根布団だ。 「これなら寒くなかろう。」 鶫守はそう言って俺にふわふわの羽根布団を差し入れしてくれた。 ええー!?こんな展開ってあり?牢屋に羽根布団とかミスマッチすぎて奇妙な気持ちになる。一体この妖魔はなんなんだ、心底お人よしなのか?それなのに牢屋にぶち込むのか?試しにもっとわがままを言ってみることにした。どういう反応をしめすのか知りたかったのだ。 「あのぉ、お腹が空いてしまってさっきから腹の虫が鳴きっぱなしなんです。」 「後から後から注文の多い奴だ。しょうがないなぁ、少しそこで待っておれ。」 いや、そこで待っておれと言われましてもここ以外にどこへも行けないんですが(泣) 鶫守はまた立ち去った。そして30分後、戻ってきた。そして俺に差し出された食事。これがなかなか充実の夕食で。おにぎり2個、豚肉の生姜焼き、豆腐のお味噌汁におしんこ。キャベツの千切りまで添えてあって栄養バランスも抜群だ。おまけに食後のデザートとして林檎が二切れサービスでついてくるとなればそりゃああんた、旅館の女将もびっくりですよ。 「こんなに豪華でいいんですか?」 感謝感激雨あられだ。しかし同時に違和感を覚えた。ここまで手厚いおもてなしと牢屋のコントラストがシュールでミスマッチ過ぎる。しかし鶫守はいかにも満足そうだ。 「遠慮なく食え。」 「あのー。ここまで手厚くしてくださるならなにも牢屋でなくてもよくないですか?」 「それとこれとは別な話だ。お前が妙な気を起こさんとも限らんからな。」 「この僕のひ弱な力では何一つことは起こせません。震えながら眠るだけです。だからどうかご慈悲を。とりあえずここから出してみませんか?」 「ならぬ。」 鶫守が一喝。やっぱりそこは変えられないか。 「確かにそなたの非力さは目に余るものがある。みじんこのため息ほどの力もない。」 そこまで非力ですか。というかみじんこのため息って言うけど、みじんこってため息つくのか?みじんこにどんな憂いがあるんだよ。昨今世界をとりまく状況を憂いているのか?地球温暖化を嘆いているのか?まぁそれはあるかもしれないけど。 言われっぱなしの俺はすっかり自信をなくしてしまった。 「だが得てして事を成し遂げる者はひ弱な人間だ。人間は切羽詰まったらなにをしでかすか分からないからな。」 そう言って鶫守は遠い目をした。なにかに想いを馳せているようだ。その優しいまなざしはちょっと前に見たような気がする。 あ、そうだ。さっきテレビで秋川しずくを見ていた時と同じ眼差しだ。俺は何とも言えない気持ちになった。 「とにかくここで一晩明かせ。夜が明けたら解放してやる。そしてゆっくり観光してこの村のゆるキャラと記念撮影して帰るがいい。」 「この村にゆるキャラがいるんですか!?」 「いるぞ?馬鹿にするな、今やゆるキャラは大事な村おこし。そなたの町にもいるだろう?」 「いますけど。いや、そういうことじゃなくて。」 「ならどういうことだ?」 「妖怪がゆるキャラという言葉を口にするのが不思議で仕方がないというかなんというか・・・。」 「妖怪も人間と同じように暮らしているぞ。好きなテレビも好きな芸能人もいる。まぁ、ごくまれにどこかの山奥に棲んでいてたまに人里に下りてきては人間を食らう妖怪もいることはいるがそんなのはごくわずかだ。人間の殺人犯よりずっと少ない。」 今、何気なく凄く怖いことを聞いたような・・・。人里に下りて人間を食らう妖怪もいる?マジで!?ごくたまにはいるがとか簡単に流すな!たまにいても困るんだ!! 「その人間を食らう妖怪ってどこに・・・。」 「まぁゆっくり休め。それともなにか?枕が変わったら寝れないタイプか?」 「枕が変わったどころの騒ぎではないんですけど。それより人間を食らうって・・・。」 「なんだ?そんなに気になるのか?」 「気になりますよ!!人間を食らうってただことじゃないです!」 考えただけでぎょっとする。恐ろしくて身震いがしてきた。そりゃあ茜さんたちと一緒に行動していれば一度や二度、三度や四度、妖怪に殺されそうになったことはあるけどそれはあくまで向こうからしてみれば攻撃の一環で。確かに俺に牙を剥いてきたけど、エサとして喰ってやるというよりは人間のくせに邪魔をするな!!って感じだった。 「食らうと言ってもなにも頭から丸のみというわけではないぞ。人間の体の一部を欲しがるという奇特な奴がいるというだけだ。わしには到底理解出来んがな。どうせ集めるなら芸能人の激レアグッズがいいぞ。DVDセットとかな。特典映像がつくからお得だ。」 「えぇ、あなたはそうでしょうね。」 鶫守みたいなミーハーで気のいい妖怪だらけなら良かったのに。それにしても人間の体の一部を欲しがるとか尋常ではない。そんな獰猛な妖怪には一生会いたくないがこのことは茜さんや淳さんにも伝えておいた方がいいよなぁ。 「ちなみにその恐ろしい妖怪はここらへんうろついていたりしませんよね?」 どうも心配になってきて一応聞いてみた。だが鶫守は取るに足りんという表情で 「ここらへんにはいないから案ずるではない。仮にここに来たらわしが追い払ってやるから安心しろ。だがもし今夜だったらま・・・。」 鶫守はなにか言いかけてハッとしたように口を噤んだ。俺はそれを見逃さなかった。 「もし今夜だったらなんですか?」 「いやなんでもない。いいからそなたはそれ食って早く寝ろ。」 そうしてやけに不安になった俺をおいて鶫守は行ってしまった。 牢屋に一人取り残されてしまう。いくら豪華な食事と羽根布団があるからといっても心細いことには変わりがない。だが今夜一晩ここで過ごせば解放してくれると言っていた。鶫守は嘘をつくような妖怪ではない、それは断言出来る。だから一晩の辛抱だ。それに牢屋で寝るなんてこの先一生ない経験だからな、多分。 俺はさっそく目の前の食事にありついた。
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