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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第16回   16
「やっぱりなにかあったんだわ。」
茜は心配でいても立ってもいられない様子だ。
「所長遅すぎる!一体何やっているんだ!」
淳も太郎のことが心配でたまらない。所長に電話したのが二時間前、いくらなんでもそんな短時間でここに来られるはずがない、それは分かっているけどどうしようもなく苛立ってくる。
「糞っ!こんな結界!!」
淳は怒りのまま結界に触れようとした。
「駄目よ!!」
茜が慌てて止めた。
「でもこのままでは太郎君が・・・。」
「私たちが近くにいることを鶫守に知られたら太郎ちゃんの身が危ないわ。」
茜は努めて冷静に言うが内心迷いまくっていた。
その時だ。遠くからセスナ機の音が聞こえてきた。セスナ機の音はどんどん大きくなっていく。
「近いわね。」
「あぁ。」
やがてセスナ機はどこかに降りたのか飛行音は聞こえなくなった。
「農薬まくセスナかしら。」
「なにを呑気なことを。それにこんな遅くに農薬なんてまかないよ。」
「それもそうね。」
呑気なことを言ったのは少しでも焦る心を落ち着かせようとしただけだが。
それから暫くして一台の車が走ってくるのが見えた。街燈なんかないから辺りは暗いが車はヘッドライトを光らせ狭い道の上を器用に渡りながらこっちに向かってやってくる。
「何かしら。」
車はタクシーだった。タクシーは茜たちのすぐ近くで止まった。中から降りてきたのは驚くべき人物。
「所長!?」
所長だった。茜と淳は感激して所長に駆け寄る。所長は誇らしげに胸を張っている。
「お客さん、お釣りありますよ。」
タクシー運転手が中から声を掛けた。
「お釣りは取っておいてくれ。」
茜と淳は所長の意外すぎる言葉に驚いた。あのケチケチ所長がお釣りを受け取らないなんて信じられない。タクシー運転手は嬉しそうに「ありがとうございます。」と言って去って行った。
「私は今最高に気分がいいんだ。」
所長はそう言って目尻を垂らした。鼻の下も伸びている。
「早かったですね。まさか二時間でここに来るとは。」
淳が感心しつつ聞いた。
「セスナで来たのだ。」
「セスナ!?さっきのセスナに所長が乗っていたんですか。」
「電車乗り継いでとかやっていたら時間がかかりすぎるだろう。だから金にものを言わせてセスナチャーターしてここまでひとっ跳びだ。すべてはしずくに会うためだ!!」
もちろん所長はセスナ機の免許は持っていないのでパイロットに無理を言ってここまで飛ばせたのだろう。金の力は恐ろしい。
「セスナ機ってどこまで必死なんですか。まぁおかげで私たちは助かったけど。」
「助かる?」
「な、なんでもないですっ。」
茜はあやうく口を滑らしそうになって慌てた。
「それでしずくはどこにいるのだ。」
所長は辺りを見回しながら尋ねてきた。茜と淳は打ち合わせ通りに口裏を合わせる。
「この先に屋敷があるんですけどそこにしずくはいるわ。今晩はそこに泊まるんですって。」
「会えるのを楽しみにしていますと伝えてくれと言われました。まったく、所長も罪な男ですね。羨ましいなぁ。」
二人は口からでまかせを言う言う。
「そうかぁ?まぁな。私ほどの男になると芸能人も有名人も我さきにと私に会いたがるもんだ。」
所長は鼻高々、完全に浮かれてしまっている。いや調子に乗っている。
「さぁ、行こうか。」
所長は意気揚々と歩き出した。しかし茜たちはついてこない、その場に立ち止まったままだ。所長は不思議そうに振り返った。
「二人ともどうした?」
「所長だけで行ってきてください。私たちはもうしずくと会ってたくさん話しましたし。ね、淳君。」
「そうだね。しずくさんも所長と二人きりで会いたいそうですよ。」
「そっ、そうか?」
所長は照れまくっている。鼻の下を限界まで伸ばしてデレデレだ。茜たちは内心呆れていたが所長が色ボケしてくれているおかげで上手く行きそうだ。
「あ、でも所長にお願いがあるんです。」
「お願い?」
「はい、所長にしか出来ないことです。」
淳が肝心な事を伝えなければと真摯な顔で頼み込む。
「実はしずくさんに頼まれまして。この先に貼ってある御札を取ってきて欲しいと言われました。」
「御札〜!?」
あまりに突拍子のないことを言われ所長は面食らっている。
「なぜ御札なんか・・・。」
「私たちも初めて知ったんですけど秋川しずくは実は御札マニアなんだそうです。」
「御札マニア?」
「珍しい御札を集めるのが趣味だそうでこの先に貼ってある御札が欲しいんですって。その御札で朝まで所長と語り合いと言っていました。」
「朝まで!?」
所長は歓喜の声を上げた。これはもうひと押しだ。茜と淳は顔を見合わせニンマリと笑んだ。
「はい、所長、朝までです。」
「しかし勝手に御札は剥がしてはだめだろ?御札というものはおいそれと触れていいものではないぞ。罰が当たるし、第一、仮に何かよからぬものを封印している御札だったらどうするんだ。取り返しのつかないことになるぞ。」
チッ。茜と淳は心の中で舌打ちをした。中途半端に知識があるから始末が悪い。茜は心の中で面倒くさいなぁと呟きながらていのいい言い訳を探す。
「それなら大丈夫ですよ。何も封印されていませんし誰かの願が掛かっているわけでもありません。ほら、お店で売っている千社札みたいなものですよ。私が保証します、安心してください。」
茜は大嘘ついた。
「そうか。茜ちゃんがそういうなら大丈夫だろう。」
所長も腑に落ちなさを感じながらもなんとか納得したようだ。これもしずくに会うための試練だと自分に言い聞かせた模様。
「しかししずくが御札マニアというのは初耳だったぞ。しずくのことについてはなんでも知っているつもりだったが。」
首を傾げる所長。ギクっとする茜と淳。
「いいから早くしずくに会いに行ってください!あ、絶対に絶対に御札を剥がすのは忘れずに。御札をお土産に持っていかなかったらしずくさん怒って帰ってしまうかもしれませんよ。」
「何!?そこまでのマニアなのか!」
「相当なものです。」
「そうか。ところで太郎はどこにいるのだ。」
「!!」
ホッとしたのもつかの間。次から次へと難関はやってくる。
「太郎ちゃんはここに到着したとたんお腹を壊してしまって駅のトイレに釘付けだったんです。だからお医者さんに診てもらうように言いました。今頃診察室でうーんうーん唸っているころでしょう。」
「太郎のやつ、本当に使えない奴だ。帰ったら三時間のお説教だな。」
所長があきれ顔で言った。茜と淳の胸が罪悪感でズキズキと痛む。しかし心を痛めている場合ではない。淳が御札がある場所を書き記した地図と懐中電灯を所長に渡した。
「ここに御札が貼ってあるのか。この懐中電灯はなんだ?」
「夜道なので気を付けて下さい。」
「おぉそうか。随分用意がいいな。ちなみに変態は出没しないだろうな。」
変態は所長の方だと言いたい気持ちを抑え茜がにこやかにほほ笑んだ。
「ご心配なく。なにかありましたら私たちがすぐに駆けつけますから。」
「そうか、それなら安心だな。では行ってくる!!待っていろしずく!!」
所長は懐中電灯を照らしながら小躍りしつつテンション高く歩き出した。どこからどうみても変態だ。その後姿を心配な顔で見送る茜。
「所長で大丈夫かしら。御札を剥がす前にお巡りさんに通報されて捕まりそうだわ。」
「今は所長を信じるしかないよ。」
淳は自分に言い聞かせるように呟いた。
「そうね。でも太郎ちゃんに悪いことしたわ。それにしずくにも名誉棄損で訴えられそう。」
「あとで太郎君に謝ろう。しずくさんには絶賛ファンレターでも送っておこう。」
「それしかないわね。」
二人は申し訳なさでいっぱいになった。
しかし今は太郎を救い出すことがなによりも先決。所長の健闘を必死で祈った。


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