「太郎ちゃんが結界を解く方法ならあるわ。御札を剥がしてくれるだけでいいの。」 「御札?」 「そう。」 茜さんはさっそく鞄から地図を取り出した。その地図はおそらくここら一体を表している。地図にはペンで何やら書き込まれていた。よく見るとある一点を中心にして五角形が描かれている。 「この五角形はなんですか?」 「これは結界が張ってあるところ。そしてこの五角形の中心が妖魔がいる屋敷よ。つまりここに夜鶫の鏡があるの。」 「僕らは今どこにいるんですか?」 すると茜さんはある一か所を指さした。 「ここが今私たちがいるところ。結界は五角形の形をしていてその角々に御札が貼ってあるの。そのうちの一角の御札を剥がすだけで結界は崩れるわ。」 「やけに詳しいですね。いっそ茜さんたちが剥がした方が早くないですか?」 「まぁ下調べしたからね。御札は結界の中にあるから私や淳君では手が出せないのよ。」 「そうなんですか・・・。でも僕に出来ますかね。おろしたてのスニーカーで犬のフンを踏んでしまうような僕に。」 「あら太郎ちゃんはまだそのこと気にしているの?」 茜さんが驚いた顔をしている。すると淳さんが 「よっぽど犬のフンを踏んだのがショックだったんだな。いいかい太郎君。犬のフンだって鳥のフンだって洗えば落ちる、落ちるんだよ?どうしても気になるなら僕が特注した強力洗剤を貸してあげるよ。」 「いやそういうことじゃなくて。」 淳さん特注の強力洗剤って得体がしれなくてなんか怖い。酵素パワーじゃなくて超能力パワーで汚れを落とすというやつじゃないのか? 「太郎ちゃんつべこべ言ってないでいってらっしゃい!」 茜さんが容赦なくせかしてきた。焦る俺。 「行きますよぉ、行きますけど途中で妖魔に見つかったらどうするんですか。僕八つ裂きにされませんか?」 「妖魔は雑魚は相手にしないから太郎ちゃんなんて相手にしないわよ、アウトオブ眼中。さぁ、いってらっしゃい。」 「淳さん。」 「なんだい?」 「茜さんは僕のこと嫌いなんですかね?」 「そんなことないさ。茜ちゃんは太郎君がかわいくて仕方ないんだよ。丁度チワワを見ている気分なんじゃないかな、ね、茜ちゃん?」 涙目で尋ねた俺に向ける淳さんの笑顔は慈愛に満ちていた。 「なに淳君は馬鹿なこと言っているのよ。チワワじゃなくてミニチュアダックスフンドよ。」 「茜さん、茜さんにとってチワワとミニチャダックスフンドの違いってなんですか。」 「うるさいわね、細かいこと気にしてないで早く結界解いてらっしゃい!」 「解いてきますよ。解いてくればくればいいんでしょ!」 俺がやけになって答えれば 「お?太郎君、その調子!」 淳さんは励ましてくれたけど。 「ちなみにその妖魔は何と言う名前なんですか?」 「?名前なんて聞いてどうするの?」 「いや、名前を呼び合えば親近感が湧いて妖魔とお近づきになれるかもしれないと思いまして。ほら、いずれ食肉になる家畜には名前をつけてはいけない。名前をつけると情が移るからといいますよね。だから僕が妖魔を名前で呼べばお互い情が移って僕に優しくしてくれるのではいかと。」 すると茜さんは淳さんを見て首を傾げた。淳さんも肩をすぼめた。 「太郎ちゃん、何を言っているか分からないわ。家畜がどうとか情がどうとか。それにこの場合、家畜は太郎ちゃんの方よね?妖魔が養豚場の主で。だから太郎ちゃんに情を持つかどうかは向こう次第よ。」 はい、そうですね。俺は家畜ですね。俺をどうするかも向こう次第ですね。涙目な俺。 「まぁでも確かに名前を知ることで安心することもあるわね。妖魔の名前は夜鶫の鏡を守る者だから鶫守(つぐみもり)というらしいわ。」 「鶫守ですか。」 単純すぎて偽名ではないかとさえ思えてくる。 「太郎君、くれぐれも気を付けてな。なにかあったらすぐに携帯に電話してくれ。」 「連絡しても結界を解かなければ助けに来てくれませんよね。」 恨みがましい目で見れば淳さんはごまかすように視線を逸らした。 「そんなに心配しなくても大丈夫よ。鶫守は強い相手しか眼中にないから。現に鶫守にやられたという人間の噂はまったく聞こえてこないわ。」 「そうなんですか?」 「そうよ。だから太郎ちゃんは御札を剥がしてきてちょうだい。ここからならこの一角が一番近いわ。」 そう言って茜さんは五角形の一角を指差した。もう覚悟を決めるしかないようだ。 「では行ってきます。」 「うん、頑張ってな。」 淳さんが力強く送り出してくれた。 「太郎ちゃん頼んだわよ〜。」 茜さんは呑気に送り出してくれた。 俺は一人であぜ道を歩き出した。目指すは五角形の一角。ここをまっすぐ行って小さな林があるところだ。 さっそく心細くなって後ろを振り返った。淳さんが不安そうな顔をしているのが見えた。そんな不安そうな顔されるとこっちはもっと不安になる。 でもここまで来たら引き返せない。引き返したら男じゃない!朝舞探偵事務所の一員として恥ずかしくない仕事をしなければ!!俺は不安を振り払って再び歩き出した。
地図の通りにひたすら歩き続けた。周りが田んぼだらけなのでこれといった目印はないが遠くの前方に大きな屋敷が見えてきたのでこの道で間違いはないだろう。 あれが鶫守がいる屋敷・・・。そう思うと怖くなって膝が震えだした。いくら俺みたいな雑魚は眼中にないといったって相手にとって俺が雑魚じゃなかったらどうするんだ? ・・・いやどうみても俺は雑魚だな、雑魚な俺ならまぁ問題ないだろう。 情けない納得の仕方だがこうでもしないと恐怖で足が止まってしまう。 前方にこじんまりとした林が見えてきた。 「あれだな。」 俺は急いだ。とにかく御札を剥がして結界を解きさえすれば茜さんたちが来てくれる。それで俺の任務は完了。 すっかり葉が落ちた木々のふもとに午後の陽射しが舞い下りてくる。陽射しがたっぷりありしかも小さな林なので見通しもよい。すぐに何やら貼ってある木を見つけることが出来た。俺は喜び勇んでその木に近寄った。 「あった!!」 御札が貼ってあった。難しい象形文字が書いてあって何を意味しているかはさっぱり分からないけどとにかくこれを剥がせばいいだけだ。ドキドキしてきて手が震えてくる。でもあと少し。俺は手を伸ばしその御札を剥がそうとした。その時だ。 いきなり生暖かい風が吹いてきた。 次の瞬間、背中に悪寒が走った。誰かが後ろにいる気配がする。でも怖くてとてもじゃないけど振り返ることが出来ない。心臓がバクバク鳴り出してまもなく限界突破しそうだ。冷や汗がだらだらと落ちてくる。でもこのままではいけない。 俺は意を決して恐る恐る振り返った。 出たーーーーーーー!!!!!! そこには男が立っていた。随分背が高く2m以上はある。褐色の肌に鋼のような筋肉質な体格。何より目つきが超鋭い。獲物を狙う鷹のような鋭い目。 鶫守だ!! 俺には妖気は見えないけど今まで茜さんや淳さんと一緒に仕事してきたから分かる。持っている雰囲気が人間のそれではない。男から漂うものがおどろおどろしい、とにかく普通ではない。すると突然、男が口を開いた。 「ここで何をしている。」 地を這うような低い声。まさしく恫喝。俺は震えあがった。恐怖で心臓が止まりそうだ。体中の震えが止まらない。しかし俺はなんとかごまかすしかなかった。 「み・・・道に迷ってしまいまして。」 自分でも声が震えているのが分かる。 「道に迷っただと?道に迷って御札に手を伸ばすのか?」 鶫守は訝しげに聞き返してきた。俺は必死で言い訳を探す。 「か・・・帰り道が見つかるようにと神頼みしていました。」 「神頼みして御札を剥がすのか?」 「うっ。」 俺は返答に詰まった。鶫守は依然として疑い深い鋭い目で見てくる。ここはなんとか乗り切らなければ帰り道は地獄行きとなってしまう。激しく動揺しながらも必死で言い訳を考え、思いついた答えは。 「ぼ・・僕は御札マニアなんです!」 我ながら情けない答えだ。でもこれしか思いつかなかった。どうせ信じて貰えないだろうと覚悟を決めた次の瞬間。 「そうか、御札マニアか。」 鶫守は言った。え?信じたの?別の意味で焦る俺。
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