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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第1回   1
 12月の寒い朝。窓の外、土の上や枯れた葉の上にうっすら白く霜が降りている。雪が降るほどではないが、それでも寒々とした大気から聞えてくるのは冬将軍の独り言だ。明日は雪にしてやろうか、そんな言葉が聞こえてくる。

 今日は目覚まし時計のベルが鳴るより一時間早く目が覚めた。
自己紹介をしよう。俺は朝舞太郎。今年で26歳。はたから見ればまだまだ若造だがこう見えても他の人には到底体験出来ないであろうことを体験してきた。
そして今日からの俺は今までとは一味もふた味も違う。ニューモデル・アサシン・太郎の誕生だ。
実に清々しい目覚めだ。ベッドから颯爽と飛び起き、ニヒルな面構えでお湯を沸かす。暫くしてこぽこぽとお湯が沸騰した。それをインスタントコーヒーの粉が入っているカップに注ぐ。ドリップしてゆっくりと朝のコーヒーを堪能してもいいのだが出来る男はインスタントでさえ本格派にしてしまう。俺はコーヒーを一口飲んでニヤッとほほ笑む。
そして部屋の上座に置いてある箱を見つめた。怪しく光る箱。だが箱には用はない、あるのはその中身だ。俺はゆっくりと近づき箱の蓋を開けた。
そのとたんに目に入ってくる眩しい光。思わず目を細める。
「あぁ・・・。」
感動のあまり自然と声が漏れた。
「俺のバディよ。」
俺の新しき仲間であり相棒であり、これから生涯を共にする親友だ。俺はバディを箱から取り出した。そう、俺の新しい相棒はスニーカー・ニイキの限定モデル、アエショーだ。
アエショー、語感がアメショーに似ているが決して猫ではない。今を時めくスニーカーだ。
俺は感動のあまりアエショーに頬ずりをする。ザラザラした感触が実に心地よい。
この日をどれだけ待ったことか。この限定モデルが発売されてから手に入れるまで一年待った。それでなくても人気メーカーのスニーカーなのになおかつ限定モデルときた。あまりの入手のしにくさでプレミアがつきネットオークションではどんどん値がつりあがった。それでも俺は少しでも安い値で競り落とそうと仕事から帰ってくるとネットの中を彷徨った。そうしてようやく一週間前に競り落とし、昨日俺の元にアエショーがやってきたのだ。
この感動は到底言葉では言い尽くせない。といいつつ昨日は感動を体で表現しまくったが。
相棒を届けに来てくれた宅配便のにーちゃんの手を取り、思いっきり握手をした。ぶんぶんと振り回した。俺は手を離さない。離したくなかったのだ。もちろんその時の俺は満面の笑みだ。一方、宅配便のにーちゃんは「なに、この人、怖すぎるんだけど!」という目で俺を見ていたがそんなの気にしない。俺はすこぶる機嫌が良かった。
このアエショーを手に入れるのに5万円も使ってしまったがそれでもいいのだ。お金には代えられない俺の大切なバディーだ。
そして今日、バディーはいよいよアスファルトデビューをする。俺にとっても記念すべきアエショーデビューだ。これを職場まで履いていって伯父や茜さんや淳さんに自慢してやろうと目論んでいる。まぁ茜さんは女だから男のロマンは分からないかもしれないが淳さんならきっと分かってくれる。そしてこの感動を分かち合ってくれるだろう。問題は伯父だ。伯父はきっと嫉妬するな、うん。
一刻も早く自慢したくて朝食もそこそこに着替えをし玄関に向かった。もちろんバディーも一緒。靴おろしは昨日すでに済ませた。靴底が減るのがもったいなくて部屋の中を歩き回っただけだったが。
再びアエショーに足を入れる。
「はぁう〜〜〜。」
怪しい声が漏れた。あまりのフィット感に背中がぞくぞくする。武者震いだ。
「いざ!出発!!」
新しい相棒と共に新しい一歩を踏み出す。俺は今までの間抜けな俺ではない、なぜなら今の俺には相棒がいるからだ。
玄関を出て履き心地を確かめる。やっぱり最高の気分だ。朝日が目に入ってくる。眩しい。まるで太陽が俺たちのデビューを祝福してくれているようだ。
「サンキュー太陽!サンキュー世界!」
ニヒルな俺はナイスな感じで世界に挨拶をした。
一歩一歩確かめるように歩く。オッケー最高!!こんな俺を見たら茜さんはなんというかな。
「きゃあー素敵!!太郎ちゃん見直したわ!!」
多分こうだな。それで淳さんは
「太郎君、凄いじゃないか!!どうやって手に入れたんだい!?あぁ太郎君が僕の知らない太郎君になっていくようで寂しいよ。」
うん、これに違いない。で、伯父がすかさずそこで
「でかしたぞ、太郎!!私にもないようなコネクションを使うなんてやるじゃないか。よし!給料50%アップしよう!」
あぁ、三人の驚きと感動の顔が目に浮かぶようだ。俺はほくそ笑んでいつものように通勤の道のりを急ぐ。
本屋の曲がり角を曲がった時だ。突然、足の底に奇妙な感覚を覚えた。
ぐにゅ〜〜うというような、適度に弾力があって適度に柔らかな感触。いわゆる何かを踏んづけた。
「なんだ?」
踏んづけた右足をどける。そこに現れたのは
「!“#$%&‘()!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
途端に驚愕。悲鳴にもならない悲鳴を上げた。
目に飛び込んできたのは犬のフンだった。俺は犬のフンを踏んづけたのだ。
「いやああぁあぁ嘘だろう!?」
俺の悲痛な叫びが辺りに響き渡り通勤通学途中の老若男女が一斉に俺を見た。何が起こったのか!?という視線が集中するなか俺はムンクの叫びポーズをしたまま固まってしまった。俺はこともあろうか相棒とデビューしたその日の朝一番に、犬のフンを真上から華麗にキャッチし、全体重を乗せ犬のフンをプレスしたのだ。
頭がパニックになっていたが鼻は正常に機能している。臭ってくる犬のフンの匂い。この新事実が俺のプレミアムな一日に衝撃を与えた。
「いやぁああぁ。」
俺は失恋をした乙女のような悲鳴を上げ、近くの公園に駆け込んだ。水があるところを探す。砂場のすぐ近くにちょっとした足洗い場があった。俺はそこへ向かって全速力。相棒との初全速力が犬のフン落としという屈辱感が頭をもたげてくるが今はとにかく臭いだけでも消さなくては!!焦りと使命感が入り混じった手で蛇口を捻り、水を出した。
ジャージャージャー。
水の音が虚しく耳に入ってくるがそれを振り払うように必死で靴底を洗った。
必死さが実ってフンの臭いは取れた。ここで俺は現実に戻る。
「こんなのってありかよ・・・。神様はどこへ行った?」
神は我を見捨てたのか?いや、所詮俺にニヒルさは似合わないのだ。調子に乗り過ぎていたんだ、ごめんな相棒、俺を許してくれ・・・etc…。いろいろ反省する俺。肩を落としてトボトボを歩き出す。とにかく会社には行かないと・・・。
しかし神は我を見捨ててはいなかった!!



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