ハラレニ国の右隣にあるサンライズ国、その一番東の国境沿いに月族が住む村がある。 月族は世界でも有名な民族だ。200人あまりで成り立っている少数民族であるが世界にその名を知られている。 月族は祈りの民族だ。神と通じ神に祈りを捧げる。月族として生まれたからには死ぬまで毎日欠かさず祈り続けるのが決まりだ。そして祈る内容はひたすら世界の平和と人々の幸せである。 大きな自然災害が起こらぬように、疫病が流行らぬように、人々が安心して平和に暮らせるように神に祈ることに一生を捧げる。 だから月族は世界の人々から無償の愛の民族と称えられ尊敬されている。だが不幸にも自然災害は世界中のどこかで起こっている。干ばつや洪水など毎年のように起こっているがその度に月族が被害に合っている国へ赴き、雨乞いの儀式や暴れる河が鎮まるようにと神事を捧げる。 その効果があってか、はたまた偶然かは分からぬが、月族が儀式を行うと雨が降ったり、洪水が収まったりする。成果が目に見えて現れるから人々は月族を心から敬っているのだ。 何よりここ数十年、小規模の干ばつで済んだり、何万人もの死者を出すような大洪水や大地震が起こらないのも月族が神に祈りを捧げてくれているからだと人々は信じている。 そして月族に生まれた者には共通した特徴がある。それは体のどこかしらに三日月の形をしたあざがあるのだ。あざは生まれつきのもので人によって場所が違う。腕だったり脚だったり背中だったりお腹だったり首の後ろだったりする。 しかし月族であることを証明する最大の要項はそのあざではない。月族であることを何よりも証明するもの、それは『月鏡』だ。 月鏡とは月族に代々受け継がれる鏡だ。それはそれはとても美しい鏡。鏡面が虹色に輝きそれがさざ波のように穏やかに揺らめいている。到底人間が作り出せるものではない。月鏡は神に祈りを届ける役割を担っているとされており、月族たちは祭壇に掲げられた月鏡に向かって祈りを捧げるのだ。 ちなみに月鏡は昔は完璧な一枚の丸い鏡であったが事情があって今はいくつかの破片に分かれてしまっている。しかし破片になってもこの世のものとは思えないほどの美しい輝きは損なわれることはない。月鏡は銀箱の中に大切に納められ祭壇に置かれている。 そしてなぜこの月鏡が月族であることを証明するのか、それは月鏡の恐ろしい伝説が関係している。 この月鏡は月族の血を引く者しか触れることが出来ないのだ。 もし、月族でない者が触れたらその者は神の怒りをかい呪われると言われている。その者に凄惨な死が訪れる。それだけではなくその者に関係する者たちにも不幸が訪れると恐れられているのだ。 だから月鏡がどれほど奇跡的な美しさを誇ろうと誰一人月鏡を盗み出したり触れようとする者がいない。 こうして月鏡は長年月族の村で守られてきた。
だが恐ろしいことに、今、二人の男が月鏡を盗みだそうとしている。リコアとリコアの悪党仲間スルだ。これまで二人は様々な国で詐欺や盗みを働き、時にはそれ以上に罪深い殺人をやってきた。 リコアとスルは月族の村の前に立ち、これから行う窃盗について確認している。 「なぁリコア。本当に月鏡なんて盗んで大丈夫なのか?俺呪われたくないぞ。」 強面ではあるけれど小柄な体格のスルはさすがに気おくれしているようだ。 「大丈夫だ、心配するな。その為に必死な思いをしてこれを手に入れたんだ。」 リコアはそう言うと懐から2枚の紙を出した。得体の知れない幾何学模様の文字が書かれていて見るからに異様な雰囲気を醸し出している。 「その不気味なものはなんだ?」 「これはどんな呪いでも跳ね返す護符だ。」 「どんな呪いも跳ね返す?」 「そうだ。世界最強の密教から手に入れた。かなり痛い出費だったが月鏡を手に入れる為だ仕方ない。」 「本当にそんなものが効き目あるのか?」 スルは疑心暗鬼になり目を細めて札を見つめた。 「あるさ。この護符のことを知る者は世界でもごく限られている。もし知ったら抹殺されるというくらいの極秘情報だ。死にたくなかったら絶対他の誰にも言うなよ。お前にもこれを渡しておく。肌身離さず持っていろ。」 「・・・分かった。」 スルは恐る恐る護符を受け取り慎重に懐にしまった。リコアはそれを見届けると 「それでいい。さぁ行くぞ。俺たちは今からソラピラダ村から来た農民だ。偽名は俺がペラダでお前はトラン。そのことを忘れるなよ。奴らと話すのは俺がやる。お前は余計なことを言わずに農民らしく振る舞えばいい。」 「・・・あぁ、分かった。」 スルは素直に頷いた。詐欺の組み立てはいつもリコアが考え主導権も握っている。いつもリコアが作戦を練りスルがそれについていくという感じだ。スルはリコアの相棒というより子分といっても差し付かえない。スルはいつだってリコアの言いなりだ。 スルはそれほど物事を知っているわけではなく何事にも不器用な為リコアの詐欺や盗みを手伝っては大金を山分けしてもらっているのでリコアには逆らえない。 「でも本当に月鏡を盗めるのか?祭壇には見張りがついているんだろう?いつものように見張りをぶっ殺して手に入れるのか?」 スルは物騒なことを言いだしたがリコアは苦笑いしながら鞄から小さな巾着袋を取り出した。その中には紙に包まれている粉薬が入っている。 「今回使うのはこの眠り薬だ。さすがに月族を殺すと何が起こるか分からないからな。俺が見張りの飲み物にこれを仕込む。お前はなんとかして見張りの目を引き付けてくれ。その間に薬を盛る。そして奴らが眠っている隙に月鏡をいただくという寸法だ。」 「分かった。それで奪った月鏡を使って儲ける気だな。」 「あぁそうだ。月族になりすまして300万シド奪う。月鏡を見せれば俺たちが月族であることを信じるだろうからな。」 「でもそう上手いこといくか?お宝を奪ったらハラレニ国へ行くんだろう?その前にハラレニ国に雨が降ったら元もこうもない。」 「だからその時は計画を中止だ。どこぞの大富豪にこの月鏡を売ればいい。何億という金を出しても欲しがるだろうさ。」 「何億!?だったらラパヌとかいう農民を騙すなんて面倒くさいことをせずにさっさと売り飛ばしてしまおうぜ!」 「そう焦るな。月鏡を売るにしてもそれが偽物だと疑われたら売れるものも売れない。要は俺たちが月族だと思われることが肝心だ。俺が作ったシナリオが通用するかどうかをラパヌで試してみたい。まぁラパヌのことは小遣い稼ぎだと思えばいい。いずれは月鏡を大富豪に売り飛ばすつもりだ。」 「だが月鏡にまつわる噂を知っていたら大富豪も迂闊に手を出すとは思えないが・・・。」 いつもはなんの疑いもなくリコアの言いなりで動くスルも今回ばかりは慎重だ。 「そんなのは織り込み済だ。だからこの呪詛返しの護符も一緒に売りつけるんだよ。月鏡は世界に二つとない逸品だ。どんな高価な宝石よりも金充石よりも希少価値がある。それを我が物にしたいとい物好きは必ずいる。人間の欲望は果てしないからな。」 「なるほど、確かに護符がついてくるなら安心して欲しがる奴は出てくるかもしれんな。」 スルは納得したようにほくそ笑んだ。それを見たリコアも嫌らしく口元を歪める。 「じゃあ行くぞ。」 「あぁ。」 二人は月族の村へ向かって歩き始めた。
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