真夏の太陽が地上のあらゆるものを熱し、道の両脇に並ぶ店の軒先の気温はぐんぐん上昇していく。通りを行く人たちはうだるような暑さから避難しようと店の中に吸い寄せられていった。この時代はまだクーラという便利な機械はないが、金充石や石油がもたらす動力によって大きな扇風機が回り、店の中はそれなりに涼しいのだ。
そんな中、ナーシャとカリンとルシアは日差しが乱反射する石畳の道を歩いていた。 カリンとナーシャがハラレニで暮らすようになってもう9年になる。ルシアは7年。この9年間は空族にとって幸せな日々の連続だ。だが今が幸せであればあるほどかつての空族の人生がとてつもなく過酷で悲惨なものだったということが浮き彫りになる。
9年前までの空族はひたすら人間に見つかることを恐れ、獣しかいないような深い森の奥や鳥しか来ないような山の上で息を潜めて暮らしていた。というのも人間に見つかったら殺されるからだ。 長い間、人間は空族を襲っていた。それには理由があった、実に馬鹿馬鹿しい理由だが。一部の人間たちが空族の血を欲しがったのである。 当時は空族の血肉を食すれば自分の背中にも翼が生えて飛べるようになるという愚かな迷信が信じられていた。それによって空族は狩られ続けてしまうのである。特に現ハラレニ国王の父であった前国王の空族の血への執念は常軌を逸していた。 こうして空族はどんどんその数を減らし200人いた者が残るは55人までになってしまった。まさに絶滅寸前であった。 そんなある日のこと、空族は一人の人間と運命的な出会いを果たす。その人間は発明家で名前はジャノと言う。ジャノはとても心優しき青年でナーシャと出会いすぐに恋に落ちた。ジャノは空族と共にひっそりと山奥で暮らすようになる。始めこそ人間であるジャノに反発していた空族もジャノの人柄に触れるにつれ厚い友情を交わすようになった。そしてジャノは自分の発明品で空族と人間たちを共存させてみせると誓った。 やがてそれは現実のものとなる。 ハラレニ現国王やハラレニ国民の目の前で自分が作った翼で飛んで見せたのである。この機械の翼があれば誰でも飛べるようになるからもう空族の血など必要ないと証明したのだ。 だが現国王はもちろんのこと、この頃の多くの人間たちは空族の血など飲んでも翼を得ることなど出来ないということにとっくに気づいていた。なぜなら空族の血を飲み続けた前国王や人間たちにとうとう翼が生えなかったのだから。 それでも変わらずに空族を追い、排除してきたのは空族への恐れからだった。いつか空族は人間への憎しみを募らせ復讐するだろうと危惧していたのである。 だがジャノは皆の前で叫んだ。 「空族は人間に追われ迫害されてもこんなにも人間が作るものを欲しがっている!人間に裏切られ命を狙われても人間との繋がりを断とうとはしなかった!いつもいつも人間との共存を夢見てどれほど人間と一緒に生きることを願い続けてきたか分かりますか!なぜ分かろうとしないのですか!!」 ジャノの血を吐くような魂の叫びは国王や国民たちの心を揺るがした。人間はこの時、本当の空族の姿を知ったのである。 もう空族を恐れることはない、空族と共に生きよう、ハラレニ国の人々の思いは世界中に波及していった。こうして空族たちは自由になった。それが今から9年前のこと。
空族を取り巻く環境は劇的な変化を遂げた。ナーシャやカリンやルシアだけでなく空族の半数は空族の村から旅立ち、人間と暮らすようになった。 ノックのように美味しいもの食べ歩きの旅をしたりする者もいればトーマスのように仲良くなった人間の所へ月2で通い他愛もない話でお茶したり。 またはナーシャとジャノのように人間と結婚した者もいる。 空族の頭領であるシュンケは今も空族の村で暮らしているが、時折ハラレニ国王やその部下レンドや兵士たちの元へ遊びに出かけては親交を深めている。様々な国の人々もそんな空族たちを温かく迎え入れた。空族は願い続けた幸せな日々を手に入れ、過去の悲しみを忘れたいかのように人生を謳歌している。
「それにしてもこのハラレニの暑さはなんとかならないの?空族の村はあんなに涼しかったのに。」 ルシアがだるそうにぼやいた。実はルシアたちは5日ばかり空族の村に里帰りしていたのだ。そして今日、ハラレニに帰国した。するとカリンが 「仕方ないよ。空族の村はここより標高が高い所にあるし、すぐ近くに大きな河が流れているから涼しいんだ。」 「それはそうだけどさ。一雨くれば少しは涼しくもなるだろうにそれもないからいつもの年より暑いじゃん。」 するとそれまでルシアのぼやきを横で聞いていたナーシャは 「そんなに暑いならルシアは夏が終わるまで空族の村で過ごせばいいじゃないの。私は家族がここにいるしカリンもアトリエがあるから戻ってきたけどルシアは別にハラレニにいなければならない理由なんてないでしょう?」 「あぁ?ナーシャは失礼だな。僕にだってここにいる理由があるんだ!」 ルシアはナーシャの提案にむきになって反論した。 「へぇ〜どんな?」 「ハラレニは美人でスタイルのいい子がたくさんいるからね。それに僕のファンたちが僕がいなくなったら寂しがるだろう?」 「あら、ルシアにファンなんていたの?カリン、知っている?」 「ううん、見たことない。ルシアが女の人に声をかけているのは飽きるほど見たことあるけど。どうやらルシアの連敗みたいだね。」 ナーシャのからかいにこれは面白いとカリンも乗った。するとルシアは何やら企んでいるかのような笑みを浮かべながら 「いやいやそれにしてもさ、カリンが女になってしまったなんて驚きだよ。世の中何が起きるか分からない。カリンが両性体だったなんて世も末だ。」 「もう、またその話?行きも帰りもルシアはそればっかり言っているじゃん。」 カリンは耳にたこが出来るほどその言葉を聞かされてうんざりしている。それを見てルシアは満足そうにほくそ笑んだ。
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