シュンケたちは城に戻った。ルナは今日月族の村に帰らなければならない。それまでに自分の気持ちを伝えたい。伝えたら最後、玉砕してしまうかもしれないと思うと逃げ出したくもなったがいつまでも怯えていては何も始まらない。勇気を振り絞って告白しよう、ルナはいよいよ決意した。 「シュンケ・・・あの・・・私・・・あなたのこ・・・。」 「ところで一つ聞きたいことがあるのだが聞いていいか?」 「・・・はい、どうぞ。」 ルナは出鼻をくじかれて狼狽したがとにかく質問に答えようと気持ちを奮い立たせた。 「なぜ月族は月族という名なのだ?」 「あぁ・・・そのことでしたか。私たち月族は夜に祈りを捧げるのです。夜は月が綺麗で印象的でしょう?だからです。」 「それだけか。」 シュンケはもっと深い意味を期待していたようで少し拍子抜けしたようだ。 「私たちの中では神は太陽であり月なのです。昼間は神は太陽となって世界を見守り、夜は月となって世界を見守ってくださっている。一日中世界を見守って下さる神に感謝を述べる為に一日の終わりである夜に祈りを捧げるのです。月鏡を月光の元に掲げ、神に感謝し世界の平和を祈る、だから月族と名乗っています。」 「そうであったか。」 シュンケの優しい眼差しに包まれている内にルナは自分の思いを吐露したくなった。 今までのこと、これからのこと。ノンカカ国のピアに許され、この胸に立てた月族としての誇りをシュンケに知ってもらいたくなった。 ルナはためらいながらも静かに語り出した。 「・・・私は月族に生まれて良かったとようやく思うことが出来ました。というのも昨日ノンカカ国王に仕えていた側近の方とお会いすることが出来て。その方はノンカカ国がなくなっても幸せな人生を送っていると言っていました。だから月族のことを恨んでいないし神にも感謝していると言ってくれました。その言葉に私はどれほど救われたか。ずっとノンカカ国の滅亡に関して私たち月族は悔やみ続けてきましたから。長年の心の棘が取れ私は今日まで祈り続けて本当に良かったと思いました。」 「それは良かったな。だからあの者に会った後のルナとライトルは晴れ晴れとした表情をしていたのか。」 「はい。それにピアさんはノンカカ国の滅亡は月鏡は関係ないと言ってくれました。月鏡があんなことにならなくてもノンカカ国は滅びる運命だったと。その言葉通りなら月族にはなんの力もない。私も以前から月族の祈りに意味はないと思っていました。今もなんの力もないとも思っています。月族が祈ろうが祈るまいが戦争は起き、自然災害は起こる。私たちが祈っても干ばつは起こり、洪水は起こる。地震も大規模な山火事も起こる。世界中の人々はこの程度の被害で済んでいるのは月族たちの祈りのおかげだと言います。月族たちがいなかったらもっと大きな被害になったであろうと言います。でもそれは誤解です。そう思い込んでいるだけです。月族にはそこまでの力はない。」 「・・・・。」 「でもそれでも私たちは祈り続けます。決してやめたりしません。それが月族だから。」 「・・・ルナは月族にそこまでの力はないというが、ではあの鳥たちのことはどう思うのか。」 「あの鳥?」 「月鏡を持ったあの男たちの元に私たちを導いてくれたあのカモの群れのことだ。あれもただの偶然だというのか。あんな偶然がそうそうあるはずがないと思うぞ。」 「それは・・・。」 ルナは戸惑った。確かにあの時、鳥たちが導いてくれたおかげで月鏡を取り戻すことが出来た。あの奇跡はただの偶然ではないことはルナにも分かっている。でも、それでもだ。 「でもあれは月鏡の力と神の力のおかげであって私たちの力ではないのです。」 責任感が強すぎる故に月族という重圧から逃れようとして私にはなんの力もないと言い張るルナ。ピアと出会って無力感と罪悪感は消えたはずなのにいまだ月族の重圧と闘っている。 シュンケは頑固なまでのルナの心をどうにか解きほぐしてやりたい気持ちでいっぱいになった。 「ルナは自分の祈りに意味はないと言うがそんなことはない。祈り続けることに意味があるのではないだろうか。」 「シュンケ?」 ルナはシュンケが何を言おうとしているのか見えなくて不安になった。 「人間とは弱い生き物だ。大金が欲しくて月鏡を盗んだり、翼が欲しくて空族を狩ったり。自分の欲望を叶えようとして他人を犠牲にすることも厭わない、それは欲望に弱いからだ。」 「人間は弱い・・・。それは私にも分かります。私を含め皆弱い。」 「そして自分が理解出来ないもの、自分たちと異なる姿をしているものに恐れを抱く。その恐れはいつしか猜疑心を生む、異形のものが自分たちを飲み込んでしまうのではないかという猜疑心だ。」 「・・・。」 「猜疑心が続けばやがて理解出来ないものを排除しようとするだろう。恐れがそうさせたのだ。今は空族の良き理解者である国王でさえもかつては空族を恐れていた。空族がいつか恨みを果たすために人間に復讐するとな。」 「あの国王が!?信じられません。空族がそんなことするわけないのに!」 「いやそれは違う。あの頃の私たちは人間を恨んでいたのは事実だ。復讐しようと思わなかったのは数と力で人間に敵うわけがないと分かっていたからだ。」 「シュンケ・・・。」 こんなに強くて優しいシュンケがかつてそこまで人間を恨んでいたなんて到底信じられないが、裏を返せばそれだけ人間から酷い仕打ちを受けていたという証なのだろう。 ルナは空族の悲しく辛い過去を思いやって胸を痛めた。 「闘いの力を持たない庶民たちは空族を恐れていた。だがジャノのおかげで人間たちは空族への恐怖を捨ててくれた。ジャノには本当に感謝している。我々がこうして人間と共存出来るのはジャノのおかげだ。空族にとってジャノは心の支えだ。」 「そうですね。・・・。」 「空族はジャノという心の支えを得た。そして人間は月族という心の支えを得ている。」 「私たちが人間の支え?」 「そうだ。月族が自分の幸せを祈ってくれていると思えるだけで心強くなる。月族が世界の平和を願ってくれていると思うとそれだけで支えられている気持ちになれる。月族の存在は人間に勇気を与えている。月族がこの世界にいてくれるだけで自分たちは味方を得ているのだと思える。月族とはそういう存在なのではないか。だから月族の祈りに意味はある。」 「シュンケ・・・。」 ルナの表情から最後の迷いが消えた。その瞳には涙が滲んでいる。自分の祈りが人々の心の支えになっているのならその支えであり続けようと決心した。 自分たちの祈りに力があるかどうかは肝心なことではない、人々の心を支えることこそ月族にとってもっとも大切な仕事なのだ。 「それともルナは明日から祈りをやめろと言われたらやめるか?」 「いいえやめません!例えやめなければ命を奪うと脅かされてもやめません!」 「命を奪われてもか・・・。全くルナは芯が強いな。気が強いとも言えるか。」 シュンケは愉快そうに笑いながら言うのでルナは恥ずかしくなった。気が強いというのは聞き捨てならないが。 「それは褒めてくれているのでしょうか。」 「もちろんだ。」 二人は顔を見合わせて笑いあった。溢れんばかりに輝く笑顔。ルナがこれまでの人生で自問自答して来た答えは今やっと出た。 意味などあってもなくても人々の為に幸せを祈り続ける。それが月族というもの。
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