ところでトラレとエコークのことだが、ジャノとスラヌが行方知れずになっていた二人をようやく崖の下で発見した。トラレたちは衰弱していたが十分な水を持参していたことと夏で夜も気温が高かったことが幸いし命に別状はない。 ジャノたちはすぐに二人の手当てをし、スラヌがすぐさま国王に知らせに戻った。国王はただちに数人の兵士と馬車を現地に向かわせた。トラレとエコークはハラレニに無事に戻ることが出来るであろう。
ルナとライトルは城で大切な客人として扱われた。慣れない二人は背中がむず痒い。しかしルナの胸の内はいつもときめいている。シュンケと共にいられるからだ。ちなみにライトルはルナをシュンケと二人きりにしてあげたくて別行動を取っている。 ルナとシュンケは食事の後、月明かりの下で美しい中庭を散歩しながら他愛もない会話をした。二人は月族のこと、空族のことをお互いに教え合う。そして笑い合う。 ルナはシュンケと時を過ごすうちに容赦なく心を持っていかれた。これで一生会えなくなると思ったら苦しくて悲しくて息が上手く出来なくなるほどに。 シュンケに子供がいることはさっき聞いた。その時はとても驚いたし妻がいるのかと心底落胆したが妻とは死別したと知り、シュンケが味わったであろう愛する者との別れ、その苦しみや悲しみに思いを馳せた。 だがそれと同時に妻はいないということに安堵したのも事実で。 こうしてルナは告白が出来ないまま就寝の時間を迎えてしまった。二人はもちろん別々の部屋で寝る。
夜が明けてもルナは一睡も出来なかった。シュンケとの別れの時が刻一刻と近づいている。その前に告白しなければと気ばかり焦る。豪華な朝食も喉が通らなかった。そんなルナを見た国王は食事が口に合わなかったのかと心配してくれた。ルナは国王に余計な心配をかけたことを申し訳なく思った。 昨日と同じように美しい中庭を散歩する。 昨夜の中庭は月明かりに照らされる花々の妖艶さがそこはかとなく匂い立っていたが、今日は朝の日差しが眩しい午前。昨夜とはがらりと色を変えた陽気な明るさと包み隠さない華やかさに溢れている庭園だ。 散歩している時に突然「カリンの絵が見ていたい。」と切り出したのはルナだ。舞い上がり気ばかり焦る自分自身を落ち着かせたい一心でシュンケに頼み込んだ。シュンケはカリンの画廊に連れて行くことにした。
画廊の中はたくさんの人がいた。平日の午前にも関わらずこうして人がいるのだからカリンの絵はとても人気があるということだ。 シュンケは当たり前のように中へ入った。ここに来ることもよくあることなのだろう。 周りの人々は一瞬驚いた顔でシュンケを見るが大体は一通りその背中の翼の美しさとたくましさに見とれてからカリンの絵に視線を戻す。ここの人たちも空族の存在には慣れているようだ。 ルナは壁に飾られているカリンの絵に釘付けになった。 「素晴らしいわ・・・。」 感嘆のため息をつく。西の空に帳が下りる田園風景、そこでまだ働く人々が描かれた絵。空を染める黄昏色と桃色が憂愁を誘い、降りてくる紫色の夜の色がどこか神秘的で淫靡な香りを漂わせている。ルナは一目見てこの絵が気に入った。 「特にこの空の色が素晴らしいわ・・・。」 「そうだろう。カリンが描く空はカリンにしか生み出せない色だ。」 シュンケが自慢げに答えた。そこへ画廊の責任者でもありカリンを世話しているフランキーがやってきた。 「やぁ、シュンケ、また来てくれたね。」 「あぁ、カリンの絵が見たくなってな。ルナも見たいと言っているし。」 フランキーはシュンケの隣にいるルナを見た。 「この方が月族の方かい?」 「はい、ルナと申します。」 ルナは丁寧にお辞儀をした。 「つい先日月鏡がこの国に持ち込まれたかで大騒ぎになったな。国境は閉鎖されて人が溢れかえって大混乱していたがすぐに見つかって良かったよ。」 フランキーは人のよさそうな笑顔を浮かべながら言ったがルナは焦った。 「多大なご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません。」 「いいや、いいんですよ。それぐらいの騒ぎがあったほうが刺激があっていい。なんせこの国は平和過ぎるからね。」 フランキーは茶目っ気あふれる笑顔で物騒なことを言った。もちろん冗談だがその冗談がルナを安堵させた。 「昨日カリンとルシアに会ったのだ。これから貴重な絵の具を手に入れる旅に出るとか言っていたが。」 「あぁ、カリンたちならライア村へ出かけた。」 「ライア村?」 「ジサ国のライア村だよ。そこでしか獲れない赤土があってそれとブルーインブルーを調合するとなんとも言えない美しい紫色が出来る。カリンにしか生み出せない色だ。おーっと、これは企業秘密だ。他も誰にも言うなよ。」 フランキーは企業秘密だというのに愉快そうに教えてくれた。カリンの絵に絶対の自信を持っている証だ。 ルナは改めてカリンの絵を見た。この空の哀愁と優美さはそうやって出来るのかと感心する。 「そうだったのか。それでカリンはいつ戻るのだ?そこは本当に安全な場所なのか?」 「やっぱりシュンケは心配性だな。帰って来るのは明後日だ。僕の逞しい妻がカリンたちと同行しているから大丈夫だ。妻は何かとカリンと気が合うらしく旅行がてら一緒に行っているんだ。僕と一緒に旅行するより楽しいらしい。長年夫婦やっていると新鮮味が薄れるとかなんとか言われてしまったよ。いわゆるマンネリという奴だな。」 フランキーは何気に愚痴ってきた。シュンケは苦笑いをする。 それからシュンケたちは、フランキーから絵の説明を受けながら画廊を見て回った。 どれくらいの時間をここで過ごしただろう。十分に絵を堪能したシュンケたちはフランキーに見送られながら画廊を後にした。
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