リコアたちは猛烈なスピードで逃げるがそれ以上にレンドの方が速い。あっという間に追いついた。するとリコアは懐から拳銃を取り出し振り向きざまにレンドに向かって発砲した。 「!!」 レンドは銃弾を避けた。リコアは続けさまに発砲するがレンドは華麗な手綱さばきで銃弾を避けていく。 「くそ!!」 一方、スルは何者かが上から近づいてくる気配を感じ仰ぎ見た。 「なんで空族が!?」 しかも明らかに自分たちを追っているのが分かった。スルも拳銃を取り出しシュンケに向けて発砲する。 だがシュンケも俊敏な動きで銃弾を避けた。スルはそれでも諦めずに発砲するがシュンケは見事に弾を避けていく。殺到する銃弾とそれを鮮やかにかわすシュンケとレンド。 やがて二人とも弾が切れてしまった。 「構うな!逃げ切るぞ!!」 リコアたちは銃撃を諦め馬を加速させた。それでもレンドたちの方が速い。レンドはリコアの隣に並んだ。シュンケもスルの隣を飛翔する。 「諦めろ!国境は閉じた!お前たちはここから出られない!」 レンドが説得にかかった。 しかし諦めの悪いリコアは今度は懐から短剣を出し無謀にもレンドに斬りかかった。しかしレンドはとっさに体をひねり剣をかわした。 スルはそんな余裕はなくひたすら逃げることに専念するがシュンケは余裕でスルの背後に回った。そしていきなりスルの脇の下に手を入れ翼に思いきり力を込めた。 「なっ!?」 これに驚いたのはスルだ。あっという間に自分の体が空中へと持っていかれる。シュンケは構わずにどんどん急上昇していく。スルは予想外のことに驚愕しながら手足をじたばたさせもがいた。 「はっ・・・離せ!!!」 「離してもいいが下を見ろ。死にたいか。」 「え・・・。」 スルは下を見た。地面が遠くに見える。スルは高所恐怖症だ。背中に悪寒が走り体中の筋肉が縮み上がった。額に冷や汗が浮かぶ。それっきり大人しくなった。これ以上なす術がなく諦めたようだ。 往生際が悪いのはリコアだ。なにがなんでも逃げ切ろうと短剣を振り回し走る。 そこでレンドは前方を注意深く観察し小さく頷くと急加速をした。そしてリコアの馬と並走したと思うといきなり自分の馬からリコアの馬へと飛び乗った。 「!?」 リコアは驚く暇なくレンドに体を掴まれて振り落とされた。 「うわぁあああ!」 リコアはレンドと共に地面に叩きつけられた。しかしそこは道脇の分厚い草むらの上だった。 レンドは落下させる場所を計算していたのだ。ごろごろと転がる二人の体だがレンドはすばやく体制を立て直し立ち上がった。リコアは呻き声を上げながら体を伏せた。 リコアはしばらくは気が動転していたがようやく落ち着きを取り戻し顔を上げた。レンドに自分の腕を後ろに取られていることに今更ながら気づいた。 「糞っ!!!」 リコアは悔しくてたまらない。忌々し気に唾を吐き捨てた。だが圧倒的な力の差を見せつけられたリコアはとうとうかんねんしてうなだれた。 その時だ。リコアの懐からひらりと一枚の紙が落ちた。レンドはそれに気づいて拾い上げる。 「これは・・・。」 得体の知れない不思議な幾何学模様が描かれた御札。レンドはこの札の正体が護符だと気づいた。 「それでか・・・。」 レンドはなぜこの者たちが恐れを知らずに月鏡を盗んだのか分かった。 そこへスルを捕まえたシュンケがやって来た。 「レンド怪我はないか?」 「あぁこれくらいはなんともない。それよりシュンケ、そっちを捕まえてくれてありがとう。」 「どうってことはない。」 シュンケは当然だと言わんばかりの涼しい顔で言った。レンドはさすがはシュンケだとばかりに微笑むと颯爽とスルの目の前に立った。おもむろに手にしていた護符をスルに見せる。 「お前もこれを持っているのか。」 レンドは言い訳を許さない鋭い眼差しでスルを見据えた。スルは観念したのか小さく頷き自分の懐に視線を落とした。 レンドはその視線に導かれるようにしてスルの懐から護符を抜き取った。一連の動作を見ていたシュンケはレンドの言動を不思議に思う。 「それはなんだ?」 「いや、なんでもない。」 レンドはスルに見せた鋭い脅迫の表情から一転して笑顔を見せる。シュンケはなにか訳ありなのかと一瞬疑ったがそれ以上を詮索するのはやめた。 とにかく今は犯人を確保出来たことに安堵した。レンドは二人から拳銃と短剣を取り上げ、鞍に掛けていた縄ひもを取り出すとリコアたちを縛り上げ城まで運んだ。
リコアとスルは屈強な兵士たちの手に渡った。その奥には鋭い眼光で容赦なくリコアたちを断罪する国王が待ち構えている。 圧倒的な威圧感を漂わせながら立ちはだかる国王と百戦錬磨の兵士たちに囲まれたリコアたちは身も心もはすっかり縮み上がり抵抗する気力を失っていた。 そこへ城で保護されていたルナとライトルが兵士に案内されてやってきた。当然の権利のようにリコアたちの目の前に立つ。 「私たちの顔を忘れていないですよね。」 ルナが非難を込めた声で問う。 しかしリコアたちは固く口を結んだまま答えない。ルナが持っている月鏡は今までにないほどの強い輝きを放ち、ブルブルと大きく震えている。そこでリデがルナたちに説明をする。 「この者たちが本当の名前を白状しました。こちらがリコア。こちらがスル。共にハラレニ国の出身者ではありません。そしてこの鞄はスルが持っていたものです。」 ルナはリデから差し出された鞄を受け取り蓋を開けた。 中には毎日見ている銀箱があった。ライトルはほっと溜息をついた。ルナが蓋を開ける。ブルブルと大きく震えながら溢れさせんばかりの虹色の輝きを放つ月鏡がそこにあった。 「おぉ・・・。」 国王も兵士たちも月鏡のあまりの美しさに感動している。ルナは自分が持っている月鏡を銀箱に収めた。すると一瞬眩しいくらいに白く輝いたかと思うと少しづつ光は収まり震えも治まりいつもと同じような虹色に戻って行った。まるで帰るべきところに戻って安らかな眠りについたかのようだ。 国王は振り返りレンドとシュンケの顔を見た。そして心から安堵の笑顔を浮かべた。 「シュンケ、レンド、ご苦労であった。」 国王は二人を心から労わった。 「いいえ、月鏡が無事月族の元へ戻ることが出来て良かったです。」 シュンケは国王に握手を求められそれに力強く応えた。ライトルも礼を言う。 「シュンケ、レンド殿、本当にありがとうございました。月鏡は無事取り戻せました。」 「これで安心して月族の村へ帰れますね。」 レンドが何気なく言った。それと同時にルナの表情が曇る。瞳にはうっすら涙が滲んできた。 月鏡は戻って来た。もうシュンケと一緒にいられる理由はない。ルナはそう思うと胸が張り裂けそうになった。切なくて悲しくて苦しくてどうすることも出来ない。 ライトルにはルナの胸の内が手に取るように分かった。心が辛くなった。出来ることならずっとシュンケとルナを共にいさせてあげたい。 次の瞬間、ルナの瞳から一筋の涙がこぼれた。 「ルナどうした?」 シュンケが戸惑っている。 「やだ、私ったらなんで泣いているんだろう・・・。目にゴミが入ったみたい・・・。」 シュンケに涙を見られないように後ろを振り向いた。シュンケの心が複雑に揺れる。 ルナの涙を見た国王はルナがシュンケに恋しているのだと分かった。国王とレンドは優しく微笑む。そこで国王はルナに助け舟を出すことにした。 「ルナ、ライトル、二、三日我が国でゆっくりしていったらどうだ。せっかく来たのにもう村へ帰るのでは大変だろう。歓迎致すぞ。」 ライトルとルナは国王の心遣いを心からありがたく思ったが自分たちが月鏡を持ち帰るのを今か今かと待っている者がいる以上、ここに長居をするわけにはいかない。ルナが口を開き 「ハラレニ国王お心遣いありがとうござ・・・。」 「お申し出はありがたいのですが一刻も早くこの月鏡を皆の元に返したいのです。しかしそれは僕の役目。ルナは長旅で疲れていることと思います。少しこの国で休ませていただけますか。」 「お兄様・・・。」 「もちろんだ。シュンケ、お前も二、三日ここでゆっくりしていきなさい。まさかこのまま空族の村へとんぼ返りはないよな?」 国王がにっこりと、しかし有無を言わせない迫力のある笑顔で促した。これはシュンケも断るわけにもいかないだろうとレンドは愉快な気持ちになった。 「ではお言葉に甘えて。しかし明日の午後には村へ帰ります。ラトをジム夫妻に預けていますので。それに帰りに寄らなければならないところがあるのです。」 シュンケは少しの間しか滞在できないことを残念そうに答えた。でも一番残念なのはもっと長いことシュンケに城にいて欲しい国王だ。しかし用事があるなら引き留めることは出来ない。 「そうか・・・。明日の午後には帰るか。残念だが仕方あるまい。次にここに来る時はもっとゆっくりしていってくれ。」 「はい。ぜひ。」 シュンケはにこやかに答えた。そして思い出したように腰に掲げているポーチから小さな小箱を取り出した。 「これは長老から国王への贈り物です。国王から101歳の誕生日祝いをいただいたのでそのお礼にと預かってきました。」 小箱の中には空族がポクールの木の破片を掘って丹精込めて作ったブローチがある。強さの象徴である鷹が格調高く刻まれている。 「おぁこれはありがたい、一生の宝にしよう。おばば様にありがとうと伝えてくれ。」 「はい。」 一方、ルナはもう少しだけシュンケと一緒にいられることになってその胸は明るく弾んでいる。こんなに嬉しいことはない。輝くような笑顔が戻ってきた。ライトルはそれを見て心から嬉しくなった。
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