リコアとスルは一刻も早く出国しようと先を急いでいた。ようやく遠くに橋が見えてきた。あの橋を渡り町を抜ければ国境までそう遠くない。リコアはここまでくれば一安心と思ったのかずっと気になっていたことを聞いてみる。 「ところでスル、月鏡を持っていてどこか体調が悪いとかはないのか?」 「いや全然そんなことはないぞ、絶好調だ。護符が効いているらしい。これさえあれば安全だ。」 「そうか。」 リコアは心の中でもしかして月族でない者が月鏡に触れたら呪われるというのは月族の作り話かもしれない、月鏡を守るための嘘かもしれないと思った。 その時、すれ違う人の会話が偶然耳に入って来た。 「おい、聞いたか?国王から御触れが出たぞ。なんでも月鏡を盗んだ者がこの国に入国したらしい。月鏡を見かけた者はすぐに城に知らせるか兵士か警官に知らせるようにだとさ。手に触れることは絶対に禁止だそうだ。」 「あぁ聞いた。兵士がそこらじゅうを回って皆に言って聞かせているからな。」 「月鏡を見るだけならまだしも触れるなんて怖くてありえないよなぁ。」 「まったくだ。怖くないのかね。」 リコアたちの全神経がその会話に持っていかれてしまう。背中に嫌な汗が流れていく。スルは忌々し気に舌打ちをし 「糞!ラパヌが国王に報告したか!」 「それはないだろう。ラパヌに月鏡を見せたのはたった一時間前だぞ。国王が御触れを出して兵士がそれを言って回るなどこんな短時間で出来やしない。おそらくもっと早くに御触れが出ていたのだろう。」 「となると月族が知らせたのか。」 「お前が口を滑らせてあの女に俺たちがハラレニに行くことが知られてしまったからな。十分にありえる。」 「すまねぇ、あれは失敗だった。とにかく一刻も早くここを出ないと。」 スルは焦りを隠せない。だがリコアには違う考えがあるようだ。 「いや、待て。今は焦りは禁物だ。大きく動くのはまずい。そんなことしたら俺たちが指名手配犯だと言いふらしているのと同じだ。」 「じゃあどうするんだよ。」 「ここでしばらく身を隠そう。」 「ここで身を隠す!?」 スルは仰天しつつ、どんな時でも冷静沈着なリコアの真意を探ろうと凝視した。 「しばらくっていつまで身を隠すつもりだ?」 「今が一番警戒されている時だ。国境も厳重な検問をやっているだろう。しかし一か月もすれば警戒心は薄れ検問も緩くなるはず。」 「一か月もこの国にいるのか!?だいたいどこに身を隠すつもりなんだよ!?森で野宿でもするつもりか!?」 スルは面食らって怒涛の質問攻撃だ。しかしリコアは当たり前のように話を続ける。 「野宿など必要ない。金さえ払えばなんでもやる闇家業の者などどこの国にでもいるものさ。そいつに大金を握らせてかくまってもらえばいい。」 「・・・あてはあるのか?」 「ある。俺たちが持っている護符の存在を教えてくれた情報屋がこの国にいる。そいつは情報提供だけでなく裏でもっとあくどいことをやっているからかくまってくれるはずだ。」 「・・・・。」 一見妙案に思える。しかしスルはいまいち納得がいかないようだ。 「でもよぉ・・・。」 「なんだ?何か文句でもあるのか。」 リコアは鋭い視線をスルに投げかけてくる。スルはその鋭い視線に一瞬怖気づいたが自分の考えを話さないわけにはいかなかった。 「そいつは俺たちが月鏡を持っていることを知っているのか?」 スルの問いかけにリコアの表情が曇る。 「いや、護符の存在を教えてくれた時は知らないはずだ。俺は目的は話さずに情報料を払っただけだからな。でも今は知っているだろう、これだけ騒ぎになればな。」 「だったら俺たちをかくまうはずがないと思うんだよな。月鏡を盗んだ者をかくまったらどんな呪いを受けるか分からないのにそんな危険な橋を渡るか?そいつも護符を持っているならともかくさ。どんな大金を貰ったところで命あってのものだねだろう?」 「・・・・。」 リコアはなるほどなと思った。スルの言うことにも一理ある。というかスルがそこまで考えたことに驚きだ。生まれて初めてスルに感心した。 ではどうすればいいかとリコアは再び逡巡する。御触れが出回っている以上、宿を取るのは不可能。それどころか迂闊に道も歩けない。ひたすら人の目から逃れ一か月やり過ごすにはどうしたらいいか。やはり野宿しかないか、それともどこかの空き家に忍び込むか。 一か月もの間、家人が帰宅することなく来訪者もいない、そんな都合がいい空き家がどこにある。 ・・・・・一つだけ心当たりがあった。リコアは良い案だとばかりにしたり顔をした。 「ミンピの家に行こう。」 「!!」 スルはリコアの提案に目をぎらりと光らせた。 「ミンピの家はものけの殻だ。なんせミンピは死んだからな。しかも家族もいない。借金取りは来るだろうが来た時にミンピの借金を返してやればいい。それでもう来ないだろう。」 「借金を返す!?」 スルは借金を返してやればいいという発言を聞いた途端、怒りの導火線に火が付いた。またもや憤慨し始める。 「あいつの借金を肩代わりしてやるのか!?」 スルはどうにも納得がいかない。自分の取り分が減ってしまうからだ。 「そう怒るな。150万シド渡すだけだ。月鏡を売り飛ばせば一億シドは手に入る。だがここで捕まってしまえば一億シドどころか俺たちは死刑だ。なんせ発覚したものから発覚していないものまで犯した罪があり過ぎる。そう思えば150万シド払うのは安いものだろう?」 「それはそうだが・・・。」 「それに借金取りが俺たちが月鏡を持っているかどうかに興味を持つと思うか?奴らはハラレニ国の人間ではない。だから仮に月鏡があると知ったところでハラレニがどうなろうがどうでもいいはずだ。しかも奴らもすねに傷を持つ身、後ろめたいことも山ほどしている。そんな連中が国王や警官に通報出来るはずがない。警官など連中がもっとも嫌う人種だからな。」 「そういうことか・・・。」 スルはリコアの奸計にしっかりと説得されてしまった。口八丁手八丁のリコアに敵うわけがないのだ。 「それでミンピの家はどこにあるんだ?」 「こっちだ、ついて来い。」 リコアは口元を歪めながら馬の腹を蹴り上げた。馬はゆっくりと歩き出す。スルはそれに大人しくついていった。二人は国境の門扉とは真逆の方向に進みだした。
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