月鏡を見ることをためらっているラパヌにリコアは優男のふりをして語り掛ける。 「もしかして月鏡を見るのが怖いですか?それならご心配なく。月族でない者が月鏡に触れると呪われますが見るだけならなんともありません。」 「そ・・・そうなんですか。」 「ラパヌ、見ても大丈夫だって。俺なんて何回も見ているぞ。」 「ではせっかくだからぜひ・・・。」 ラパヌはミンピに背中を押されてようやく決心がついたようだ。 リコアは頷くと隣にいるスルに目配せをした。スルは持っていた鞄から慌てて銀箱を取り出す。そしてそれをテーブルの上に置いた。 「この中にあるのですか。」 「はい。開けますね。」 リコアはまたしても目配せしてスルに蓋を開けるように促した。あくまで自分は触れないつもりだ。スルは素直に蓋を開ける。中にあるのは虹色に輝く美しい鏡。 「おぉ・・・!!」 ラパヌはその美しさに感嘆し言葉を失っている。この世のものとは思えない美しさ。割れていてもその輝きは少しも損なわれていない。 ミンピも間近で見た月鏡のあまりの神々しさに目が釘付けになっている。雨乞いの儀式は見かけたことはあっても月鏡を見るのは初めてだ。ラパヌは月鏡に心を奪われながらリコアに尋ねた。 「月族の方はいつもこれを持ち歩いているのですか。」 「いいえ、いつもは村の祭壇に飾られていますが今回だけは特別に持参してまいりました。これぐらいでよろしいですか。」 「はい。」 ラパヌはこれ以上見ていたら魂まで持っていかれるような恐怖を感じた。一方ミンピは名残おしそうだ。スルが蓋を閉めきるまで月鏡を見つめていた。 ラパヌが深淵のため息をついた。その姿を見たリコアはラパヌが自分たちのことを月族だと信じ切っていることを確信した。そこでミンピにまたもや目配せをし 「ではこれで私どもは失礼します。」と立ち上がろうとする。これに慌てたのはラパヌだ。 「待ってください。ぜひお礼をさせてください。」 「お礼なんてそんなものは・・・。」 「いいえ受け取ってください。感謝の気持ちです。少々お待ちください。」 ラパヌはにこやかにそう言い残すと部屋を出た。ミンピはリコアを見た。リコアが頷く。ミンピは弾かれるように席を立ちラパヌの後を追う。そして廊下で呼び止めた。 「ラパヌ、待ってくれ。」 「どうした?」 「月族にはどれくらいの謝礼をするつもりだ?」 「どれくらいって・・・。ここまで来てもらった路賃とお礼の気持ちを込めて50シドくらいを払おうと思っているが。」 「そうか・・・。」 ミンピはそう答えたきり考えこんでしまった。どうやら思案に暮れているようだ。ラパヌは思わず不安になる。 「どうした?なにかまずいことでもあるのか。」 ミンピは言い出しににくそうにしている。もちろん芝居だ。だがラパヌは益々不安になった。 「なんだよ遠慮なく言ってくれよ。気になるじゃないか。」 「それじゃあ言うが、月族には300万シド払って欲しい。」 「300万シド!?」 ラパヌは思ってもみなかった結構な額を切り出されて面食らっている。 「で・・・でも月族はわずかな謝礼しか受け取らないと聞いたことがあるんだが。」 「それは表向きの話だ。裏では皆、これくらいの金は払っている。だって月族の村だって維持するのは大変だろう?依頼されれば世界のどこへでも行かなければならないし。月族からはあえて要求しないけど皆裏で300万シドくらいは払っている。これでも少ないくらいだ。謝礼の値段は払う方も貰う方も口外はしない。いくら払った貰ったなんて金の話は嫌らしいからな。」 「そ・・・そういうものなのか?」 「感謝の気持ちを金額で表す、世間とはそういうものだ。お前が世間知らずなだけだ。」 「まぁ・・・世界中の表も裏も見てきたお前なら知っているんだろうな・・・。」 「そういうことだ。このまま雨が降らず畑が全滅しちまったら被害額は300万シドどころでは済まなかったぞ。そう思えば安いだろ?」 「・・・分かった。」 ラパヌは腑に落ちないもののミンピがそう言うならそうなのだろうと無理やり自分を納得させた。まさか自分のことを騙そうとしてるなんて思いもしないで。 ラパヌはミンピを廊下に待たせて地下室に向かった。そこに金庫がある。金庫から300万シドを取り出して鞄に詰めた。このような大金を現金で置いていくラパヌはやはり金持ちだ。 ミンピは、鞄を持って戻って来たラパヌを見て心の中でほくそ笑む。 二人はリコアたちがいる部屋に戻った。ラパヌの後ろにいるミンピが二人に向かってウインクをした。成功の合図だ。リコアたちは内心でかした!!と歓喜したがあくまでも表面上は冷静さを装う。 「お待たせいたしました。どうぞお受け取りください。」 ラパヌはテーブルの上に鞄を置き、蓋を開けようとした。するとミンピが慌ててそれを止めた。 「ここで中身を見せるなんて野暮なことするなよ。月族の方々に失礼だろ。」 「これは失礼しました。」 ラパヌは慌てて鞄から手を放し申し訳なさそうに謝った。 「いいえ、お気持ちありがとうございます。心から感謝いたします。」 リコアとスルは深々とお辞儀をして感謝の気持ちを示す。ここで鞄の蓋を開けさせないことも計画どおりだ。 リコアは月族ならどう立ち振る舞うかを常に想像し、カバンの蓋を開けさせないこともミンピに指示していた。最後の最後まで月族に見えるかどうかを気を配っている。 「月族様に謝礼を持たせるわけにはいかねぇ、俺があなたたちの馬まで運ぶよ。それでいいか?」 「お言葉に甘えて、お願いします。ではこれで失礼します。」 そう言うとリコアたちは立ち上がった。つられてラパヌも立ち上がる。 「玄関までお送りします。」 「ありがとうございます。」 「俺も帰るよ。そろそろスワロック国に行くとする。」 「そうか。気を付けて旅してくれよ。帰ってきたらまたいつものように土産話を聞かせてくれ。」 「もちろんだ。」 ラパヌは玄関まで見送りに出てミンピと軽くハグを交わし、別れの挨拶をした。そしてリコアたちに深くお辞儀をする。リコアも深くお辞儀をして別れの挨拶をした。ラパヌは立ち去る三人の後姿を見送った。 ふと辺りを見渡すと雨は今も尚、降り続いている。庭の枯れかけていた薔薇が息を吹き返し、雨に濡れた花びらが色濃く映えている。周りの畑に目をやれば歓喜の讃美歌が聞こえてくるような気がする。 ラパヌは想像していた思慮深い月族の姿とは違い、月族に対しての見方が変わるところだったがこの満たされた風景を見てこれでいいのだとようやく納得した。
こうしてリコアたちはまんまと300万シドを騙し取った。
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