「いいか、よく聞け。まずミンピは俺たちをラパヌの元へ連れて行き、月族だと紹介する。」 「それで?」 「ミンピがラパヌに言うんだ。『ラパヌが雨が降らなくて困っていたようだから俺が勝手に月族に雨乞いの儀式を依頼し行ってもらった。ラパヌに内緒で勝手なことをやってすまない』と。」 「それで?」 「『でもそのおかげでこうして雨が降った。月族に謝礼をあげて欲しい。』と言えばいい。まぁラパヌから謝礼を払うと言いだすかもしれないが。」 「なるほど!!実際に雨は降っているしそこに俺が月族を連れていけば信じるかもしれねぇ!」 「それに俺らは本物の月鏡を持っている。それを見せれば俺たちのことを月族だと信じるだろう。」 「そうだな!」 ミンピは良いアイディアだとばかりに手放しで喜んだ。だがスルはそうはいかない。 「待ってくれよ、リコア。そう上手いこといくか?雨が降っちまったらこっちのものとばかりに300万シドという大金は払わないかもしれないじゃないか。ましてや月族はわずかな謝礼しか受け取らないと知っていたらさ。」 「そこでミンピがもう一押しすればいい。ラパヌと二人きりになる機会をなんとか作りだしこう耳打ちしてくれ。『月族はわずかな謝礼しか受け取らないと言われているがそれは表向きのことで実は裏では多額の謝礼を受け取っている。儀式を頼んだ者は裏で大金を渡している』と吹き込むのさ。」 「おぉ!!そういうことか」 スルもようやく計画の段取りを把握した。ミンピはすでにやる気満々だ。 「他の者がそんなことを言っても信じてもらえないだろうがラパヌから信頼されているミンピの言葉なら信じるだろう。向こうはミンピは世界中を旅していて世界の事情を知っていると思っているしな。ただし長居は無用だ、金を受け取ったらすぐに立ち去る。」 リコアはまるで詐欺の遂行前に雨が降ることも計算の内だったかのように滑らかに計画の流れを説明した。 実際その時のことも考えていたのだ。どのみち月鏡を売り飛ばす際に自分たちが月族だと信じてもらえるかどうか誰かで試してみるつもりだった。 三人は顔を見合わせて嫌らしく口元を歪めた。その目は獲物を狙う獰猛な顔つき。そして改めてラパヌの屋敷に向かって出発した。道の途中で店に寄り合羽を買いそれを被った。 それからまもなくしてラパヌの屋敷の前に辿りついた。 なるほど大きな屋敷だ、これなら300万シドは払えそうだ。大きな門をくぐり石畳の玄関に立った。ミンピに緊張が走る。唾をごくっと飲み込んだ。 「上手くやれよ。」 リコアはミンピの背中をポンと軽く叩いた。 「分かっている。」 ミンピは大きく深呼吸をすると覚悟を決めてチャイムを鳴らした。 ラパヌの使用人が呼び鈴に気づき玄関に向かおうとしたがラパヌが呼び止める。 「私が出るよ。お前は農具の手入れをしておいてくれ。」 「かしこまりました。」 ほどなくして扉が開き中からラパヌが出てきた。ラパヌはミンピの顔を見るなり満面の笑顔を浮かべる。 「ミンピではないか。もうスワロック国に旅立ったと思っていたよ。それよりも外を見てくれ。雨が降っている!待ちに待った雨だ!」 農家にとって雨が降るか降らないかは死活問題だ。ようやく雨が降ってラパヌは喜色満面。その時ふとミンピの後ろの人影に気づいた。 「そちらの方はどなたかな?」 「紹介するよ、こちらの方々は月族の方だ。俺が連れてきた。」 「月族!!?」 ラパヌは生まれて初めて見る月族に目を丸くして驚いている。ミンピは一つ咳払いをしてからここぞとばかりに演じ始めた。 「お前雨が降らないと困り果てていただろう。それでなんとかお前の力になってやりたくてあの後急いで月族の村に行ったんだ。そしてハラレニで雨乞いの儀式をしてくれるように頼んだ。」 「そうだったのか。」 ラパヌはミンピの大嘘をすっかり信じてしまっていて、ミンピの言葉にいたく感動している。 「ここに到着したのは昨日だ。それですぐに雨乞いの儀式を行ってもらったんだ。儀式には俺が立ち会ったよ。お前のことを呼ばなかったのは悪いと思っているが俺は何度か儀式を見たことがあったから勝手が分かっているしなるべく早い方がいいと思ってさ。」 ミンピの口は立て板に水のように嘘を吐き出す。ラパヌはすっかり騙されて感動で胸がいっぱいのようだ。リコアとスルのことを交互に眺めながら 「あなた方がかの有名な月族なのですね。」 「はい。」 リコアたちは静かに頷いた。ラパヌは心の底から感謝し深くお辞儀をした。 「あなた方のおかげで雨は降りました。これで私たち農家は一安心です。本当にありがとうございました。」 「いいえ、私どものおかげではなく神のおかげです。」 リコアはあらかじめ頭の中で用意していた台詞を言った。ラパヌはさらに感激しながらミンピに向き直り 「月族の方々を連れてきてくれてありがとう!」 万感の思いを込めてミンピの手を取った。 「気にするな。俺とお前の仲だ。」 ミンピの言葉にラパヌは顔をほころばせた。そしてリコアたちを家の中へ招き入れようと 「さぁどうぞ中へ入ってください。お茶をお出しします。」 「いいえ、お気持ちはありがたいのですが、すぐに次の国に向かわないとならないのです。儀式を頼まれていまして一刻も早くそちらへ向かわねば。」 「それならすぐにお茶をお出しします。来たばかりですぐにお返しするのは申し訳ないです。」 「・・・それではお言葉に甘えて。」 リコアはいかにもな紳士を演じながら中へ入る。スルも会釈しながら静かについていく。全て計画通りだ。ミンピはごくりと唾を飲み込んだ。ここからが正念場だ。 ラパヌは応接間に三人を案内する途中で使用人に声を掛ける。 「すまないワット。お客様だ。急ぎの用があるようだからすぐにお茶を用意してくれ。」 「はい、かしこまりました。」 ワットはすぐさまキッチンに向かった。ラパヌは応接間の前に立ち止まると扉を開けた。 「こちらにどうぞ。」 「失礼します。」 質の良い木製の家具と絹のカーテンが印象的な部屋だ。派手さはないが漂う木の香りがどこか来訪者の郷愁を誘う。高級ソファーはフワフワで座り心地よさげだ。 「お座りください。」 「ありがとうございます。」 そこへタイミング良く紅茶が運ばれてきた。芳醇な薫りの紅茶にサクサクのクッキーが添えられている。 「どうぞお召し上がりください。」 「ありがとうございます。」 「ありがとうな。」 三人は紅茶を頂く。その時にリコアが何気なくミンピに目配せをした。ミンピは頷いた。そしてラパヌに切り出す。 「なぁ、月鏡を見たくないか?」 「ぶっ・・・!」 唐突な提案を聞いたラパヌは飲んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになった。 「これは失礼。」 ハンカチで口元を拭きながらリコアたちを見た。 「月鏡とはあの月鏡ですか?噂では聞いたことがあります。」 「はい。その月鏡だと思います。」 リコアの返事にラパヌは戸惑った。見てみたい気持ちは山々だが怖い気持ちもある。見ただけで祟られると思っているようだ。
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