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作品名:ノンカカ国を滅ぼした月鏡の正体 作者:空と青とリボン

第36回   36
場所は変わってここはハラレニ国。
昨日までは雲一つない快晴が続いていたが今日は久しぶりに雲が多めだ。太陽は雲を掠めながらゆっくり南の空へと昇っていく。それにつられて気温も上昇していく。しかし雲が多い分、昨日より幾分涼しい気がする。

町の一角にあるパン屋。焼きたてのパンの芳醇な香りが店中に漂っている。パン屋の主人は『OPEN』の札をドアに掛ける為に外に出た。日差しが目に入る。
「今日も晴れか。でも今日は久しぶりに雲が多いな。これは雨が降るかもしれん。」
主人は空を見上げ嬉しそうに呟いた。待ちに待った雨が降るなら大歓迎だ。
するとそこへルシアがやってきた。主人はルシアの顔を見るなり満面の笑みで挨拶をする。
「おはようルシア。」
「おはようタコンダ。配達のパンは出来上がった?」
「もちろんだ。今日も頼むな。」
「了解。」
ルシアはこの店でバイトをしている。出来立ての食パンをお得意先の工場に届ける仕事、つまりパンの配達をやっているのだ。パンの配達は週3回。
もちろんそれだけの収入では生計が成り立たないので一年の内の2か月は空族の村に戻ってポクールの実の収穫を手伝っている。その手間賃の方がパン屋でバイトするよりずっと高い。それだけポクールの実からとれる絹は上等で金になるということでもある。
ルシアはいつものように店の中に入り、台の上に用意されている蓋つきのケースを手に取った。その中にパンが納まっている。美味しそうな香りを身に纏うパンは今日もずっしりと重い。
主人は店の中を覗いて声を掛ける。
「今日は久々に雨が降るかもしれない。くれぐれもパンが濡れないように気を付けておくれ。」
「分かっているって。ちゃんと蓋が被っているから大丈夫だよ。というかどうせ雨が降る前に配達は終わるって。」
「それもそうだな。気をつけて行ってきてくれ。あっ、好みの女を見かけたからってくれぐれも女についていかないでくれよ。配達優先だ。」
主人はからかうように言った。しかしルシアは真面目な顔で
「そんなことするわけないじゃん。じゃあ行ってくる!」
ルシアは元気に答えるとケースを抱えて外に出てきた。主人は当然のように一、二歩下がった。ルシアが翼を広げ羽ばたき始めた。周りに旋風が巻き起こりあっという間にルシアの体は上空へと舞い上がる。
「飛べるっていいなぁ・・・。」
主人は心底羨まし気に呟いた。見慣れている光景でも空族が飛行する姿は毎回新鮮だ。
眩しそうに目を細め小さくなっていくルシアの姿を見送っていると店の奥から女房がやってきた。
「おや?もうルシアは配達に出かけたのかい?」
「あぁ、来てすぐに出かけちまった。ルシアのおかげでだいぶ助かっているよ。出来立てのパンをすぐに届けられるからな。」
「そうね、飛んで行ったほうが速いものね。それにルシアは口は悪いけど根は真面目だから仕事も責任を持ってやってくれるしね。それに・・・。」
「それになんだ?」
「最近ルシアが変わってきたと思わない?」
「変わってきた?」
主人は女房の言葉に首を傾げる。女房は旦那の鈍感さにいささかイラついたような表情を浮かべつつ
「これだからあんたは。以前のルシアなら綺麗な女を見かけるとすぐに声を掛けたのに最近声をかけなくなったのよ。それどころか見向きもしない感じ。」
「言われてみればそうかもな。さっきも好みの女を見かけてもついていくなよと言ったらそんなことしないと答えていたな。」
主人も思い当たったようだ。
「ルシアが変わったのってここ一か月くらい前からよ。思うに本命が出来たんだと思うわ。」
「なるほど本命か・・・。」
「間違いないわ。あういう一見チャラチャラしているような子に限って本命が出来ると本命一筋になるのよ。」
「そういうもんかねぇ。」
「そういうものよ。いつか彼女を紹介してくれるといいわね。私たちとルシアの仲だものきっとしてくれるわよね。楽しみだわ!」
女房は手ぐすねを引きながらやけに嬉しそうにニヤニヤしている。女の勘という奴だ。主人は自信満々の女房を見てやれやれと肩をすぼめた。
とはいえ主人の顔もにやけている。自分も早くルシアの本命を見たいと思っている。


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