夜が明け、時計の針は留まることなく進んでいく。サンライズ国の大地にも太陽が育んだぬくもりが届き大気が厳かに揺らめく。 カーテンの隙間から日差しが舞い込みシュンケの瞼に落ちた。そのおかげで目を覚ました。 何気なく部屋の隅にある客室用の小さな冷蔵庫に目をやる。 「困ったな・・・。」 そっと起き上がり布団から出た。そして冷蔵庫を開ける。中には昨夜貰ったプティングが所狭しと並んでいる。 シュンケは今、このプティングのことで悩んでいる。いつもなら空族の村に帰る時に買うのでそのまま持ち帰ればいいのだが今回はこれからハラレニに行くことになる。しかも月鏡が見つかるまで空族の村には帰れない。となるとこの暑さが問題だ。プティングが傷んでしまうのではないと不安になった。腐敗したプティングを皆に食べさせるわけにはいかない。 「仕方ない、カリンの家の冷蔵庫で預かってもらうとするか。それで帰る時に受け取っていけばいいな。」 シュンケは名案とばかりに微笑んだ。その時ライトルも目を覚ました。ふと横を見るとシュンケがいない。どこに行ったのだろうと辺りを見渡せば冷蔵庫の前でプティングを見て微笑んでいる。 「起きて真っ先に眺めるほど大好物なんだなぁ・・・。」 ライトルは心から感心した。好きには違いないがそのプティングは空族への土産だ。ライトルはどうやら誤解をしているようだ。 シュンケは背中に視線を感じて振り向いた。ライトルが感心したような目でこちらを見ている。 「ライトルおはよう。」 「おはようございます。」 「よく眠れたか?」 「はいおかげさまで。ところでそのプティングは今全部食べてしまうのですか?もし違うなら僕が運びますよ。シュンケはルナを抱えて飛ばなければならないだろうから。」 シュンケはライトルの気遣いに口元をほころばせた。 「そうか、すまないが頼む。それとハラレニに入ったらカリンの家に寄ってもいいか?これを預けたいのだ。町の通り道から少し逸れたところにあるがそんなに時間は取らせないと思う。」 「いいですよ。」 ライトルは快く返事をした。シュンケはライトルたちに余計な手間を取らせることを心苦しく思ったがライトル本人はいたって嬉しそうなので厚意に甘えることにした。 二人は荷物を整え出発する準備を終えた。ルナとはロビーで7時に待ち合わせをしている。 「さて、行くぞ。」 「はい。」 シュンケたちはロビーに向かった。ここのロビーはホテルのような豪華絢爛さはなく、いかにも個人経営の旅館という質素さだがそれが逆にシュンケたちには心地よい。女将はフロントにいた。シュンケの姿を見た途端笑顔を浮かべる。 「おや、もう出発するのかい?」 「あぁ、これからハラレニに行かなくてはならないからな。」 「そうかい、忙しいんだね。今度ここに来る時はもっとゆっくりしていきなよ。ところでプティングは美味しかったかい?いくらガタイが良いシュンケでもあれだけのプティングを食べきるのは無理だよね?」 女将は愉快そうに聞いてきた。 「うまかったぞ。人間が作るものはなんだっておいしいがこのプティングは特においしい。さすがに食べきれなかったから皆に持って帰るつもりだ。」 「そうかい、それは良かった。」 女将は、人間が作るものはなんだっておいしいと言われ、まるで自分が作ったものを褒められたかのように嬉しくなったがここでふと疑問に思った。 「そういえばこれからハラレニに行くと言っていたね。」 「そうだが。」 シュンケの答えを聞いた女将は思いついた。 「だったらそのプティングをここで預かっておいてあげるよ。この炎天下で運んでいたら傷んでしまうだろう?村へ帰る時にまたここへ寄って行きなよ。渡すからさ。」 「!!」 シュンケにとっては渡りに船のなんともありがたい申し出だ。カリンに預けようと思っていたがカリンの家に寄ると時間のロスになる。その時間のロスが月鏡の捜索に痛手となる可能性もあると考えたら女将の厚意に甘えた方が得策に思えてきた。 「これはありがたい。心から感謝をする。すまないがよろしく頼む。」 「あいよ。」 女将は快くプティングが入った袋を受け取った。 「それとこれは宿代とプティング代だ。」 シュンケはそう言うと三人分の宿代と25個分のプティング代と預かってくれることの感謝も込めて多額のお金を差し出した。それを見てびっくりしたのは女将だ。いやいやと顔を横に振りながら慌てている。 「こんなにたくさんのお金受け取れないよ。一個分でいいんだよ。それに感謝なんていらないよ。」 「そうはいかない。そなたからたくさんの厚意を貰っているんだ。これはそのお礼だ。」 すると女将はもじもじと恥ずかしそうにしながら洋菓子屋でのやりとりを話し始めた。 「実は洋菓子屋の主人には一個分の代金しか払っていないんだよ。シュンケが欲しがっていると説明したらあれもこれも持っていけっていわれてさ。むろん一個分の代金だけでいいからと言われた。だからこんなにたくさんのお金は貰うわけにはいかないんだよ。これは私たちからの空族への贈り物さ。遠慮しないで受け取っておくれよ。」 シュンケは人間たちの思いやりと厚意に胸が熱くなった。これほどまでに人間たちは空族のことを大切に思ってくれている。そのことに例えようのない喜びを覚えた。 「ありがとう。」 シュンケが心からの礼を言った。 「いいんだよ。」 女将は満足そうに微笑んだ。そこへ出発の準備を整えたルナがやってきた。 「シュンケ、お兄さん、おはようございます。」 「おはよう。」 「ルナ、遅いぞ。もう約束の時間は過ぎている。何をやっていたんだ?」 ライトルが窘めた。時計の針は7時24分を指している。 「ごめんなさい、お兄様。」 ルナはすっかり恐縮してしまってしゅんとしている。実はシュンケのことばかり考えていたからなかなか寝付けなかったとは口が裂けても言えない。 「まぁいいではないか、ライトル。女の朝は忙しいのだ。そう厳しいことを言うな。」 シュンケはにこやかにルナをかばった。ルナの頬が瞬時に赤く染まる。ライトルはそれを見て朝からこれかと密かにため息をついた。 それはそうと三人は今、集った。これからが正念場。シュンケたちは女将に見送られながら宿を後にした。
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