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作品名:ノンカカ国を滅ぼした月鏡の正体 作者:空と青とリボン

第34回   34
「そなたたちの長老にそんな悲しい過去があったのか・・・。」
50年前の悲しい出来事を知ったシュンケは神妙な面持ちで呟いた。
「はい・・・。それに僕たちの母リナも死ぬまでノンカカ国のことを気にかけていました。彼らを救えなかったことを悔やみ生涯罪悪感を抱いていた。それがルナに受け継がれてしまったのだと思います。」
「それでルナは先ほどあのようなことを言ったのか。」
「そうです。僕はルナに月族としての責任をそこまで感じなくてよい、もっと気楽に生きなさいと言っているのですがルナはなかなか吹っ切れないみたいで・・・。結局ルナは人一倍責任感が強いのです。だから・・・。」
「責任感か。ルナの気持ちは私にも少しだけだが分かるぞ。私も空族の頭領として責任を果たせなかった時は悔やんでも悔やみきれない気持ちになる。」
シュンケの言葉を聞いたライトルが意外そうな顔をした。
「シュンケが責任を果たせないことなんてあるのですか?到底信じられないな。シュンケに出来ないことなんてなさそうに見えるのに。」
「そんなことはないぞ。人一人が出来ることなど限られている。だから仲間や家族の協力が必要になるのだ。」
「仲間や家族ですか・・・。」
この時ライトルはふと思った。シュンケに家族はいるのだろうか、と。親や兄弟という家族ではなく妻子という家族だ。もしシュンケに妻子がいたらルナは自動的に失恋ということになる。そのことに思いが至ってなかったライトルは内心焦った。こうしてはいられない。
「あ・・・あのシュンケ、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「シュンケには妻子がいるのですか?もしくは彼女とか。」
「ん?」
シュンケはきょとんとした顔でライトルを見た。今までの話となんら脈絡のないことを聞かれたのだから無理もない。ライトルはもしシュンケに妻子がいないと分かったらルナを推そうと企んでいる。兄としてひと肌脱ごうと決意しシュンケの答えをドキドキしながら待つ。
「私にはつ・・・。」
「ごめんなさいよ。入っていいかい?」
突如扉の向こうから陽気な声がした。女将の声だ。
「どうぞ。」
シュンケは快く促す。ライトルは出鼻をくじかれてがっくりと肩を落とした。女将は嬉しそうに部屋の中に入り、ワゴンから食事を取り出した。ライトルは美味しそうな匂いを漂わせる夕食に目を見張った。シュンケの視線はワゴンの二段目にある大きな紙袋に注がれている。
「夕食を持ってきたよ。お気に召すといいのだけど。もちろんシュンケには大好物のカスタードプティングを買ってきてあげたよ。菓子屋の主人にシュンケが来ていると言ったら店中にあるプティングをかき集めてくれた。召し上がれ。」
女将はそう言うとドヤ顔で紙袋を開けた。中にはカスタードプティングが所狭しと並んでいる。その数は20個をゆうに超えそうだ。シュンケは心なしか耳を赤く染めて
「ありがとう。」
「どうしたしまして。」
女将は子犬を見守るような優しいまなざしで微笑んだ。筋肉隆々の逞しいシュンケのこのような姿はなんだかとてもかわいらしく見える。ライトルも微笑ましくなってにこりと笑った。そして自分の目の前に用意された食事に目を移す。
具だくさんのボルシチに新鮮な野菜をたっぷり使ったサラダ。オニオンスープにくるみの蜂蜜がけ。どれもこれも美味しそうだ。
「ではごゆっくり。」
女将は満面の笑顔で立ち去っていった。ライトルは今にもお腹が鳴りそうで慌ててスプーンを取った。何気なくシュンケを見る。
「え?」
ライトルは拍子抜けしたような声を上げた。
「なんだ?」
「いや、シュンケは食事の前にデザートを食べてしまうのですか?」
見ればシュンケはボルシチよりも前に、何よりも先にプティングを食べている。
「あぁ、すまぬ。つい待ちきれなくてな。だがプティングを2、3個食べたところで余裕でこの食事は完食できるぞ。」
「それはそうでしょうけど、いやそういう問題ではなく・・・。」
しかしシュンケはライトルの戸惑いをまったく気にせず2個目のプティングに手を伸ばす。まるで子供のようなシュンケの無邪気さにライトルはそれ以上何も言えなくなった。なんて幸せそうなんだろう・・・。ライトルの目頭が熱くなった。
「やはり人間が作るものはなんでもうまいな。」
シュンケが感心したように呟いた。その言葉がまたライトルを嬉しくさせる。コースの順番などにこだわってその幸せを邪魔するのは野暮というものだ。
しかしシュンケが食後にもプティングを食べだしたのを見た時はどれだけ好きなんだよ、さすがに食べ過ぎだろうと心の中で突っ込まずにいられなかった。だがそれさえも微笑ましい。
ライトルは穏やかな喜びに包まれながら夕食の時間を過ごした。シュンケは袋の中にまだ残されているたくさんのプティングを見ながら
「これでラトや皆に土産が出来たな。」と呟いた。
シュンケたちは明日の朝早くに出発するので今夜はもう寝ることにした。




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