一週間後、ハラレニ国王からの親書が届いた。ノンカカ国王はそれをかぶりつくように受け取って中身を見たが・・・。国王の顔色がみるみる内に鬼のような形相に変わっていく。その姿をみただけでなんと書かれているのか側近たちには手に取るように分かった。最後の命綱が絶たれ側近たちは絶望する。国王は憤慨し親書を床にたたきつけ憎々し気に踏みつけた。 「くそっ!ハラレニ国王め!!なんと無礼な!!」 国王は納得行かぬと憤慨しているが崩壊した国と同盟を組みたがる物好きなどいない。 「・・・国王これからいかがなされますか。」 側近の一人が恐る恐る尋ねた。すると国王はなぜか吹っ切れたような表情だ。側近はそれを不審に思う。国王は突然言い放った。 「この国を捨てる。」 「え?今なんとおっしゃいましたか?」 「他国へ亡命する!」 「・・・・!?」 側近たちは絶句した。 「このままここに留まっても国の再建は無理だ。それより数少ない残党が我の命を狙ってくるだろう。命は惜しいからな。お前らもついてこい。我と行くのが嫌ならここに留まりこの城と共に滅びるがよい。好きにしろ。」 側近たちは唖然とした。国王たるもの国と共に生き、国と共に亡びるものだと思っていた。それが国王のあるべき姿だと信じていた。 だが目の前にいる国王はどうだ。こうもいとも簡単に自国を捨てようとしている。ハラレニ国から見捨てられたからといって他の方法を探るでもなく、国の再建に翻弄することもなく亡命しようとしているのだ。 これが我らの王とは考えたくもない!! 心の中で叫んだがもはや時すでに遅し、どうすることも出来なかった。ピアがこの国から出て行った時に自分たちも一緒に出て行けば良かったと心底後悔した。そうすればこんな情けない国王の姿を見ることもなかった。 あの時とっくに国王を見限っていたけれどもしかしてと心のどこかで期待もしていた。だから今日の今日まで国王と共にいたのに。 とはいえもうこの国の再建は不可能だ。出て行ってしまった国民たちはもう戻ってこない。例えこの先雨が降ろうとこうも荒れ果て崩壊してしまった土地はどうすることも出来ない。人間が戻ってこなければ土地は生き返らないのだ。なにより最大の収入源であったモリア鉱山が死んでしまったのだ。もうノンカカ国には何も残されていない。 「私たちもお供させてください・・・。」 側近たちは悔しさを滲ませながら国王に頼み込んだ。 「うむ、いいだろう。」 国王は満足げに頷いた。 だが果たして隣国に戦争を仕掛けては領土や富を奪い取ってきた国王を受け入れてくれる国があるのかが問題だ。 そこでとりあえずは城に隠しておいた財産を持って他国へ逃げることにした。この少人数なら一生働かなくても楽に暮らしていけるだけの財産を国王は隠し持っていたのだ。国民が飢餓で喘いでいる時もそれを国民の為に使おうとは一切思わずに自分の身かわいさの為だけにお金を隠し続けた。 「これだけの金があるから一生遊んで暮らせるぞ。まずどこかの国の片田舎に潜伏しほとぼりが冷めるまでそこで暮らす。お前たち、我はあらゆるところから恨まれているから我の身分はひた隠しにするように。頃合いを見て領主に金を握らせて安全な屋敷に引っ越せばいいだろう。」 「・・・はい。」 国王が描く未来図がそう都合よく実現できるとは到底思えなかったが側近たちは国王の好きなようにやらせることにした。夢に描くのは勝手だ。
こうして国王と三人の側近たちは城を抜け出した。つまり国を捨てた。 馬で移動するのは目立つからと歩いて国境まで行くことにした。国王は肩から大きな袋を下げている。とても重そうだ。中身が重くてなかなか前へ進めない。それをじれったく感じた側近は 「国王、それは私がお持ち致します。」 「余計なことはするな!こんな大金お前らに任せられるか!」 「・・・。」 この期に及んで部下を信用していない国王。側近たちは心底呆れた。
身を隠しながらゆったりとした足取りで国境を目指す。そもそもノンカカ国に人がいないのだから誰の目にも触れずに移動出来るのだが念には念を入れ慎重に行動した。 側近たちは、ひと一人いない荒廃した町を通り抜け荒れ果てた田畑を見た時にこの国は崩壊したのだと実感し苦渋の表情を浮かべた。国王だけがこの国に執着を持たず大金を抱えながら前へ前へと歩いていく。 どれだけ歩いただろう。 馬に乗れば2時間もあればたどり着ける国境が今は丸一日かかっている。 林を通り抜け、疲労困憊で歩いている時だ。樹々の合間に高くそびえたつ塀が見えた。 「あれだ!国境が見えたぞ!」 国王が喜びのあまり突如叫んだ。 「し!お静かに!」 側近たちは身をかがめ国王を窘めた。 「そんな大声をあげたら身を隠している意味がありません!」 「分かっておる。」 国王たちは辺りを警戒しながら一歩一歩国境へと近づいていく。 「もうすぐだ!」 国王はそう叫ぶと嬉しさのあまり我を忘れて駆けだした。 「国王!!」 側近が呼び止めた次の瞬間、一筋の矢が飛んできた。それは国王の額に無残にも突き刺さった。 「ぐ・・・。」 国王は呻き声をあげながらその場に倒れこんだ。側近たちは警戒し辺りを見渡す。下手に国王に近づいたら今度は自分が狙われる。忠誠心があった頃なら身を挺して国王をかばい、あるいは自ら盾となって国王を守るだろうが今の側近たちに国王への忠誠心はない。 用心しながらどこから矢が飛んできたのかを探る。だが辺りに人の気配はしない。国王を見る。額から血を流し口から泡を吹いている。 もう絶命していた。 これがかつて力で隣国を蹂躙しやがては世界を支配するのではないかと恐れられた男の末路か。なんとも惨めであっけないものだ。 国王が亡くなりこれで実質的にも国は終わった。 国王に兄弟や子供がいたらいつか奇跡的に国が再建出来た時にその者が国を引き継いだかもしれないが残念ながら兄弟はいない。 なぜなら前国王である父から国王の座を受け継いだ時に、兄弟を暗殺したからだ。後継者なりうる兄弟を排除し権力闘争をなくし自分の地位を確固たるものにするために行った凶行。 それが今、こうした形でつけが回って来た。側近たちは木の陰に隠れながら冷めた目で国王の遺体を一瞥する。 「これからどうする?」 「俺はこのまま逃げるぞ。」 「私ももう城に帰ることはない。」 「国王が持っている金はどうする?」 「ほうっておけ。国王を殺したのはどうせ盗賊だろう。奴らの狙いは金だ。」 「そうだな・・・。国王・・・いや元国王の金に奴らの目が釘付けになっている内に逃げよう。」 三人は木の陰に隠れながら慎重に移動しまんまと逃げおうせた。もっとも盗賊が狙っていたのは国王が持つ金だから側近たちが逃げ去る姿を見つけても追わなかっただけだが。盗賊たちは国王の遺体の周りに集まって来た。 「なぁやっぱりこいつ逃げ出しただろう?」 「あぁお前の言う通り城を見張っていてよかったな。尾行してきた甲斐があった。」 「でもお前どうして国王が城から逃げ出すと知っていたんだ?」 「勘だよ勘。我が身可愛さに他国へ亡命するのは目に見えていたからな。こいつはそういう奴だ。」 「で、逃げて行ったあいつらはどうします?」 「ほおっておけ。どうせあいつらは金を持っていない。この国を出ても何も出来ずに野垂れ死にするだけさ。」 リーダーらしき者はそう言うとしゃがみこみ国王が肩から下げていたデカイ袋を奪い取った。さっそく閉じていた紐を解き中を見る。 そこには案の定たくさんの札束が詰められている。盗賊たちは舞い上がった。 「すげぇな!!なんて大金だ!!我らが飢えている時にこんな大金をため込んでいたんだな!」 「欲が深すぎたな、我らの王よ。」 軽蔑の眼差しで国王の遺体を見下ろす盗賊たち。この盗賊たちは元はノンカカ国の商人だ。リーダは元兵士。元兵士だからこそ王の動向を見抜き、王の額を一発で撃ち抜いたのだ。 弱肉強食の世界のヒエラルキーの最上位にいるはずの国王は下の階に属する者によって命を絶たれたのである。
こうしてノンカカ国は滅びた。 国王の死から1年後、ようやく待ちに待った雨が降った。しかし時すでに遅し。ノンカカ国に人々が戻ることはなかった。 それから50年経った今でもノンカカ国は再建出来ない。砂漠化は避けられても呪われた土地という噂が消えることはなく誰もここに道を作ったり家を建てようとはしないからだ。 今やこの土地は他国へのただの通り道になっている。
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