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作品名:ノンカカ国を滅ぼした月鏡の正体 作者:空と青とリボン

第31回   31
雨は一滴も降らないままさらに5か月が経った。
大地はもう渇ききりあちこちにひびがはいっている。井戸も枯れ果て底が見える。人々の喉は渇き、店からは食料が一切合切消えた。
こうなると国中で食料の争奪戦が起こり、飢えた人々は農家に押し入り倉庫の片隅に残っていた備蓄を力づくで奪い取っていく。農民たちは殴る蹴るの暴行を受け、食料まで奪われた。自分や家族の命の危機を察知し畑を捨てこぞってノンカカ国から脱出する。脱出した農民たちの中にはトロワたちもいた。
国中が飢え、あらゆる所で強盗や略奪が横行する。国民たちの心は荒みきっていた。だがこのような惨状になっても国王はまだ我が国は大丈夫だと高をくくって何もしないでいた。この期に及んで国王が高をくくっていられる理由はモリアの鉱山があるからだ。大金を生み出す宝の山があるからこそまだ余裕でいられた。それがある限り自分だけは贅沢な暮らしが出来ると思っていた。

しかし最後の砦、最後の命綱も消えることになる。

雨が降らなくなってもうすぐ一年が経とうとしている。もうこの国はとっくに限界を超えていた。各地で暴動が起こり火の手が上がる。年寄りと子供は怖くて一歩も外へ出られない。国民たちは荒みに荒んでそこらじゅうで略奪と暴行が多発している。
そして毎日のように城を取り囲み城の塀に次から次へと石を投げつけたり火を放とうとする。その度に警戒にあたっている兵士が反乱者を取り押さえるのだが、暴動は一向に治まらない。
「ウソルーを殺せ!」
「ウソルーを処刑して神に許してもらえ!!」
「国王は何をしてる!国王の役立たず!お前も死ね!!」
怒号と絶叫が轟音となって城を揺らす。腹に据えかねた国王はとうとう怒りを爆発させた。
「我を侮辱し歯向かう者は全員皆殺しにしろ!」
国王は怒りのまま側近たちに命令した。これに驚いたのはピアだ。
「ですが相手は我が国の国民です。皆殺しにするなど・・・。」
「かまわぬ!兵を総動員して反乱を鎮圧しろ!国民に犠牲者が出ようがそんなのはどうでもいい!」
「国王・・・。」
ピアは絶句した。ピアだけでなくその場にいた側近たちの表情が険しい。
だが国王の命令は絶対だ。ピアたちは仕方なく兵士たちに反乱を鎮めるように命じた。こうして自国民対部隊の争いの火ぶたが切って降ろされた。
だがノンカカ国の部隊は強い。4年間戦闘の実践はなくてもそれまでの闘いで培われた戦闘のノウハウはいかんなく発揮され反乱の鎮圧はあっという間に終わった。
国民側に多大な犠牲者を出して。
生き残った国民たちはこの国に絶望し、あるいは命からがら次から次へとノンカカ国から他国へと脱出した。

地位が高い公務員や、金を持っている医師たちは荒れ狂った市民たちに真っ先に狙われるのでとっくの昔にノンカカ国から脱出していたが、それでも患者の為と自らの命の危機を顧みずここに留まる医師も中にはいた。しかし国王が自国民を殺したのを見てその医師は絶望した。
「ノンカカ国は終わった・・・。」
ここに留まってもいずれかは自分も強盗に襲われて殺される。そうなったら患者を治療することは出来なくなる。患者を見捨てずここに留まったとしても自分が殺されたら患者を見捨てたのも同じこと。そう思った医師は苦渋の決断を下しノンカカ国から逃げ出した。
ノンカカ国は崩壊寸前だ。それでも国王は他国が攻め入った時の保険にとウソルーを生かしておこうとしている。

しかしその思惑はあっけなく崩れ去ってしまう。

どれだけ国中が荒みきっても鉱山夫たちは毎日のようにモリア原石の採掘をしている。この石がこの国を救う最後の砦だと分かっているからだ。国王がこの鉱山があれば大丈夫だと高をくくっていたように鉱山夫たちもこれさえあれば自分たちは食っていけると思っている。
そして今朝もいつもと同じように採掘する洞窟に入った。
だがそこで見た風景は・・・。
「なんだこれは!!?」
鉱山夫の絶望の絶叫が辺りに響き渡った。絶叫を聞いた他の鉱山夫が慌てて飛び込んできた。
「どうし・・・なに!?」
目の前には信じられない光景が広がっていた。昨日まで透明感溢れる碧色だったモリア石が今その容姿を一変させていた。
真っ黒に染まっている。しかも光沢のないヘドロのような黒さだ。それも一つや二つではない、鉱山にある全てのモリア原石がそのような姿に変貌している。
「一体何が起こったんだ・・・。」
鉱山夫たちは体中をぶるぶると震わせながらその場に崩れ落ちた。体中から血の気が引いて寒気が止まらない。
「国王に報告だ・・・。」
一人が絶望感に溺れながらも声を絞り出した。
モリア原石の異変はすぐに国王に伝えられた。
「なにぃ!!?」
これにはさすがの国王も動揺を隠せない。
「そ・・・それは本当なのか!!」
「はい・・・。」
鉱山夫は力のない声で頷くと懐から変色したモリア石を取り出し国王に渡した。
「なんだこれは!!」
国王の体も震えが止まらない。一縷の望みを託して窓辺に立ち、日差しに石をかざしてみるが黒いままだ。本来なら陽にかざすと海のように深い青色に変わるのに。
「これでは使い物にならないではないか!!」
国王は目を血ばらせながら激昂し原石を床に叩きつけた。
「モリア石に詳しい者はいないのか!いますぐフィラト国の鉱山夫を探しだしこの原因を突き止めろ!」
しかしピアたちは動かない。それを怪訝に思った国王は苛立ちを隠さず
「お前たち何をしている!今すぐフィラト国の鉱山夫たちをここに連れてこい!」
「フィラト国の鉱山夫たちはいません。ウソルーが鉱山を奪う時に鉱山夫を皆殺しましたから。」
ピアは怒りに満ちた声で静かに答えた。
「なに!?」
国王はそれを聞いた途端に全身から力が抜け椅子に崩れ落ちた。それと同時に今までにはなかったウソルーへの憎悪が沸き上がってくる。
「なにもかもあいつのせいだ・・・。」
国王の目が据わった。冷酷で残忍な光を放っている。
「ウソルーを今すぐ処刑しろ。」
国王は怒りに支配されてもはや感情を無くした人形みたいに沈着冷静に命令を下した。怒りが国王の心を壊してしまったのかもしれない。だがその時、男の声が部屋中に響いた。
「それには及びません。」
国王たちが驚いて振り向くとそこにはサウロが立ち尽くしていた。それも体中返り血を浴びたのか真っ赤だ。
「サウロ、それはどうした!?」
ピアが動揺しながら問いかけるとサウロは血の気がない顔で静かな笑みを浮かべた。その笑みを見たその場の者全員がぞっとする。
「まさか・・・!」
ピアは思い当たることがあるのか慌てて地下牢へと向かう。地下牢に辿り着くとそこには胸に剣を刺したまま血を流し絶命しているウソルーの姿があった。
「サウロがやったのか・・・。」
ピアが愕然とウソルーの遺体を見つめる。ピアはふと、横にただならぬ気配を感じ警戒しながらそちらの方を見据えた。アカディがいる。その顔に感情はない。
「アカディ、お前もウソルーをやったのか。」
「はい、抵抗するウソルーの体を押さえつけました。」
「直接手を下したのはサウロか。」
「はい、でもサウロがやらなかったら自分がやっていた。だってそうでしょう?こいつのせいでノンカカ国は崩壊したんですから。」
「・・・・。」
ピアは返す言葉がない。アカディは廃人のような目つきでウソルーの亡骸を見下ろしている。


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