グラッ・・・。 突然地面が揺れた。 「なに!?」 「地震よ!」 月族たちは怯えすぐさま地面に伏せた。サウロとアカディは体を硬直させてその場に棒立ちしている。 すでにウソルーとアカディによって壊されていた家具は揺れに揺れて崩れて埃を立てた。木の枝や草がさわさわっと揺れる。それほど大きくはない地震だが月族たちはおろかサウロとアカディもこのタイミングで地震が起こったことに怯えている。 地震はすぐに収まった。月族たちはゆっくりと顔をあげた。月鏡を失った喪失感は大きくて何もする気が起きない。立ち上がることもせずその場に座り込んでいるまま。 「月鏡の呪いが始まった・・・。」 ぼそっと月族の一人が呟いた。さすがにこのタイミングで地震が起こるとは予想していなかったウソルーはごくりと唾を飲み込んだ。 「なっ・・・何が呪いだ馬鹿馬鹿しい!ただの偶然だ!」 実を言うとウソルーの頭の片隅にも不安がよぎった。しかしそれを強気な態度で振り払う。 しかしサウロとアカディはこれがただの偶然とは思えない。恐怖に満ちた顔でウソルーを見つめた。一方、月族たちは頭を抱えながら嘆いている。 「月鏡は失われた・・・・。もはや我々の祈りを神に届けることは出来ない・・・。」 「もうおしまいだ。これから僕たちはどうしたらいいんだ。」 するとリナはおもむろに立ち上がり4つの破片に分かれた月鏡を拾い上げた。そしてそれを丁寧に祭壇の上に戻した。 瞳から涙が零れ落ち月鏡の上に落ちた。絶望感と嘆き、そして喪失感だけが辺り一帯を支配し異様なほど重苦しい空気が漂う。だがウソルーはさらに月族に追い打ちをかけるように言い放つ。 「もう祈りを神に届けることが出来ないなら祈りなど止めたらどうだ?いい機会だろう?もっとも祈りなどはなから無意味なものだが。」 しかしもはや月族にはそれに反論する力も残っていない。それほどまでに完膚なきまでに打ちのめされたのだ。さすがにこのウソルーの一言はサウロを苛立たせた。 「隊長。」 サウロは怖い顔をしてウソルーの前に立った。 「なんだお前、そんな怖い顔をして。戦場でも見せない顔だな。これからはそれぐらいの気迫で戦場に立て。そうすれば少しは俺の役に立つだろう。」 「・・・!」 サウロはキレた。拳を握りしめてウソルーに掴みかかろうとした。だがその一瞬手前でアカディが慌ててサウロとウソルーの間に入った。 「隊長、これ以上ここに長居は無用です。サウロお前も落ち着け。ハラレニへ急ぐぞ。」 「うむ、暴れるのも飽きた。もうここに壊せるものは残っていないしな。行くぞ。」 ようやく部下の意見を聞き入れたウソルーは、絶望に打ちひしがれる月族の間を縫って馬に飛び乗った。 「サウロ、行くぞ。」 アカディに促されサウロも仕方なく歩き出す。サウロは馬にまたがり月族たちを振り返った。彼らはこちらを見ようともせず祭壇にある割れた月鏡を悲しそうに見つめている。サウロは上司の凶行を止めることが出来なかった自分の無力さを思い知った。 「すまない・・・。」 サウロは一言そう言い残しウソルーと共に月族の村を去った。
月族たちは祭壇の周りに集まり途方に暮れている 「これからどうする?月鏡を修理することは可能か?」 「修理といってもどうやってやるんだ?割れた鏡をどうやって元に戻すんだ。」 「先祖代々受け継がれてきた大切な鏡をこんな姿にしてしまってご先祖様に申し訳が立たない。」 「もう祈ることは出来ないな・・・。どうせ祈っても神に我らの祈りは届かない。」 するとその言葉を聞いた瞬間リナの顔から嘆きの色が消え失せ凛とした月族の長の娘に戻った。 「いいえ、祈りをやめてはいけないわ。」 「リナ・・・。」 「どんな状況に陥っても例え月鏡を失っても私たちは神へと捧げる祈りをやめてはいけない。」 「でも月鏡は失われたのにどうやって神に祈りを捧げるのだ。」 「月鏡をよく見て。」 リナにそう言われて皆が月鏡を改めて見つめる。 「こんな姿になっても虹色の輝きは失っていない。壊れても月鏡であろうとし続けているのよ。私たちも月族であり続けるべきよ。祈りをやめたら月族の存在意義は失われてしまう。そして祈りをやめた時に月鏡は本当の意味で壊れる。」 「リナ・・・。」 月族たちはリナの言葉に勇気づけられ考え直した。祈りを続けようと決心した。 「分かったよ、リナ。月族が月鏡を死なせては駄目だもんな。」 「そうよ、これからも世界の平和の為、人類の幸せを祈りましょう。そしてノンカカ国の平和も祈りましょう。」 「!?」 それまでリナの言葉を素直に受け入れていた月族たちが一変する。 「ノンカカ国の平和を祈る!?なんの為に!」 「ノンカカ国の平和なんて祈れない!月鏡を壊したのはノンカカ国の兵士だぞ!」 「そうよ!ノンカカ国の為に祈る義理はないわ!」 月族たちは憤慨して次々にリナを責める。怒りは怒りを呼び今にも暴走しそうな熱量を持つ。リナはこれを危惧したのだ。 「それでも祈るのよ。皆が納得出来ない気持ちは分かります。私だって月鏡を壊されて悔しい。」 「だったら!」 「でも!それでノンカカ国の平和を祈ることをやめてしまったらそれは私たちが恨みに支配されてしまったということになる。恨みに支配されては駄目なのよ。」 「・・・!」 「確かにウソルーという兵士は月鏡を悪意を持って破壊した。でもそれをやったのはウソルー一個人であって他のノンカカ国民たちには罪はないわ。」 「それはそうかもしれないけど・・・。でもノンカカ国の悪評は世界中に広まっている。僕らもそれを知っている。ウソルーの傍若無人ぶりは聞こえてきていたしノンカカ国の国民もそんなウソルーを英雄視し支持している。その時点でウソルーと同罪なのではないだろうか。」 その意見に皆が賛同して頷いた。それでもリナは皆を説得することを諦めない。 「ノンカカ国の国民の全てがそうだとは限らないわ。現にあのサウロと呼ばれていた兵士はウソルーのやることを快く思っていなくて何度も止めようとしていた。皆もそれを見たでしょう?」 「それは・・・。」 確かにサウロはウソルーの蛮行を止めようとしていた。ウソルーを咎めようと詰め寄った場面も見た。ウソルーと共に破壊活動をしていたアカディさえもウソルーが月鏡を壊そうとした時は止めようとしたのを覚えている。 「ノンカカ国の人々の中にはサウロのような人もきっとたくさんいるわ。その人たちの為に祈りましょう。ウソルー憎さに罪のない人たちまで恨んではいけない。恨みは恨みを呼ぶわ。ここで恨みの連鎖を断ち切りましょう、私たちにはそれが必要だし出来るわ。」 「リナ・・・・。」 リナの力強い言葉が月族たちの心を動かしていく。その時。 「リナの言う通りだ。」 突然声をあげたのはポールだった。 「ポール、怪我は大丈夫なの?」 「・・・あぁ、サラが手当てをしてくれたから大丈夫だ、心配するな。それよりリナの言う通り神に祈り続けよう。どんな時も、どんな相手でもその幸せを祈る、平等に祈りを捧げる。それが月族の矜持のはずだ。」 ポールは傷口の痛みに懸命に堪えながら皆に訴えた。サラは心配でたまらないという表情でポールを見つめている。だがノンカカ国の兵士に斬られても尚、ノンカカ国の為に祈ろうというポールの懸命な訴えは皆の心に届いた。 「そうだな、祈ろう・・・。それが月族だ。」 皆の心が団結した。もはや先ほどまでの嘆きも恨みの消え失せた。 月族たちは割れた月鏡の前で世界の平和を祈り続ける。
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