ウソルーは電光石火の速さで月族の村に辿り着くと村の中へなだれ込んだ。あまりに突然のことに驚いたのは月族だ。 ウソルーから良からぬ雰囲気を感じた月族の若者がウソルーの目の前に立ちはだかった。ウソルーはニヤリと口元を歪めながら馬を止める。月族たちは何事かとウソルーの周りに集まって来る。先ほど立ちはだかった若者が声を荒げた。 「なんですかあなたは!月族の村へ何しに来たのですか。」 「我はノンカカ国からウソルーだ。一番隊隊長を務めている。」 月族たちはウソルーがノンカカ国から来たと聞いてざわめいた。ノンカカ国の略奪ぶり、冷酷非道ぶりは月族の村まで伝わっている。 「それで一番隊隊長が月族の村になんの用ですか。」 「暴れに来たのだ。」 「え?」 月族たちは一瞬なんのことか分からずに唖然とした。それを見たウソルーは残忍な笑みを浮かべる。そして 「何が祈りだ!!何が神だ!!そんなものはいない!!」 いきなり気が狂ったかのように叫び、馬から飛び降りと乱暴な足取りで家屋へと向かう。 「何をする気ですか!?やめてください!」 若者がウソルーを止めようと目の前に立ちはだかる。するとウソルーは容赦なく若者を蹴り飛ばした。若者の体は吹っ飛び地面に叩きつけられた。砂埃が舞う。 「きゃあああ!!」 「なっ!!何をする!?」 月族たちから悲鳴と非難の声が上がる。ウソルーはその悲鳴を聞くと満足そうに舌なめずりをし、歩き出した。そして家屋の扉を蹴り上げた。 「やめてください!」 周りにいる者たちが止めようとしたがそんなのは聞く耳持たない。家の中へ入ると家具をなぎ倒しカーテンやベットの布団を剣で斬り刻んでいく。そこへようやくサウロとアカディが追いついた。 「あなたたちは誰!?」 月族たちは今度は何事かと怯えている。するとサウロがウソルーに声を掛けた。 「ウソルー隊長!こんなことをしている暇などありません!早くハラレニ国へ向かいましょう!」 月族たちはこの者たちがウソルーの暴力を止めに来てくれたのかと分かりひとまず安堵した。だがウソルーは月族の予想に反して「あはははは。」と高笑いを始めた。サウロはウソルーは気が狂ったのではないかと警戒する。 「お前はいつもそうだな。お前が俺のやっていることに反感を持っていることは分かっていたぞ。だがお前の体の中にも俺と同じ好戦的な血が流れているのは確かなことだ。そうでなければとっくに嫌気がさしてノンカカ国から出て行ったはずだ。でもそうしないで俺と行動を共にしているのはお前の中にも闘いを好む野蛮な血が流れているという証だ。」 ウソルーの目が鋭く光る、まるでサウロの心の中を覗くように。 「自分は・・・。」 サウロは返事に困っている。するとウソルーは何を思ったのかいきなりアカディの足元に自分の剣を放り投げた。 「アカディ、それで思う存分暴れろ。お前も戦えないストレスを抱えていたのはお見通しだ。自分の本性に正直になれ。」 「!!」 ウソルーの言葉はアカディの本性に火をつけた。おもむろに剣を拾い上げると人格が変わったようにいきなり近くにあったカーテンを切り裂いた。 「きゃあああ!」 またしても悲鳴が上がる。サウロは驚きアカディを止めようとするが。 「アカディ!あなたまで何を!?」 「俺だって3年も大人しくしてきてほとほと嫌気が差していたんだ!ここで暴れるのはちょうどいい!」 「アカディ・・・。」 サウロは返す言葉を失った。月族たちはこの人たちも同じ穴のムジナだと悟り絶望した。 ウソルーとアカディは次から次へと家屋に押し入っては暴れた。柱や壁を斬りつけ片っ端から家具を破壊し皿を床に叩きつける。そして止めに入った月族たちを殴る蹴るでなぎ倒す。 やがて家具を破壊するだけでは飽き足らず家畜であるヤギにまで手をかけた。 「やめて!!その子を殺さないで!大切なミルクを与えてくれるの!」 しかし女の懇願など鼻で笑い飛ばしヤギを突き刺す。ヤギは悲鳴をあげて血を流し絶命していく。アカディは鶏を絞め殺していく。まさに野蛮、血も涙もない愚かな暴力はエスカレートしていく。サウロは二人の残忍な行為を止められずに呆然と立ち尽くしているだけ。 その時、一人の青年が勇敢にもウソルーに掴みかかった。 「やめろ!今すぐここから立ち去れ!僕たちがお前たちに何をしたっていうのだ!」 ウソルーは掴みかかって来た手を鬱陶しそうに払いのけ、青年の腹を思い切り蹴った。青年の体が吹っ飛んだ。そこへ若い女性が血相を変えて飛び込んできて青年の体を抱き起した。 「ポール!大丈夫!?」 「サラ・・・。僕は大丈夫だ・・・。」 蹴られた青年はポール、サラはポールの彼女だ。そしてこのサラこそ後の長老である。 「先ほどお前は月族が俺たちに何をしたと言ったな?何もしていないからこうなっているのだ。」 「・・・!?」 月族たちはウソルーが何が言いたいのか理解出来ない。 すると、狼狽し怒りを露わにしている月族の輪の中から一人の女性がウソルーの前へと勇敢にも歩み出た。とても美しい女性だ。日差しを受けキラキラを輝く長い銀髪が風に揺れてなびいている。それ以上に眩しい凛としたこのたたずまい。恐れを感じていない力強い声で尋ねた。 「それはどういう意味ですか。」 「お前は何者だ。」 他の月族とは違ってこの女性はどこか異質だ。ウソルーはそれが気になった。アカディとサウロは女性の美しさに息を飲む。 「私は月族の長の娘、リナです。今すぐここから立ち去ってください。」 「月族の長の娘か。どうりで肝が据わっている。それで長はどこにいる?まさか怯えて柱の陰にでも隠れているか?」 ウソルーは馬鹿にしたように挑発したがリナはそんな挑発には乗らない。 「父は今他国に出かけています。雨乞いの儀式をする為です。私たちは日々世界の平和を祈っている。もちろんあなた方の国の平和もです。」 「俺の国の平和もだと!?ふざけるな!!」 ウソルーが怒りを爆発させた。月族たちは動揺し体を震わせた。 「平和だの祈りだの虫唾が走る!綺麗ごとを言うな!この世は弱肉強食!強き者はのし上がり弱きものは野垂れ死にするのみ!お前たち弱き者は存在しない神などに縋って逃げているだけだ!」 「例え逃げているだけだとしても私たちは祈りをやめません。それが月族の矜持です。」 リナの凛とした声が辺りに響き渡る。それは徐々にアカディの興奮を冷ましていく。 「ウソルー隊長そろそろここを出ましょう。私も十分ストレスを発散出来ました。一刻も早くハラレニに・・・。」 「黙れ!俺に指図するな!」 ウソルーの憤りはどうにも収まらない。むしろリナの一歩も引かない勇敢な態度を見てますます腹が立ってくる。そしてその憤りは祭壇に向けられた。 「偽善者め!」 そう乱暴に吐き捨てるとズカズカと祭壇の方へ歩いていく。 「!?」 月族たちは激しく狼狽した。 まさか月鏡をどうにかする気では!!リナやポール、月族たちがウソルーを止めようと体当たりするが相手は百戦錬磨の兵士だ。敵うわけがない。女性も男性も関係なく殴られ蹴られなぎ倒されていく。 ウソルーは祭壇に辿り着き月鏡を見つめた。 「これが噂に聞く月鏡か。なんとも美しい・・・。この虹色の輝きは見事だ。モリア石の輝きもこの美しさの前では霞むというもの。だが・・・!」 それまでうっとりとした目つきで月鏡を見つめていたウソルーの表情が一転し邪悪なものとなった。そして乱暴な手つきで月鏡を掴んだ。 「それだけはやめて!!」 「月鏡に触るな!!」 「その鏡はただの鏡ではない。月族の祈りを神に届ける大切な役目がある。月鏡が失われたら我らの祈りは神に届かない。ノンカカ国の若者よ、月鏡を元の場所へ戻したまえ。」 月族の長老がウソルーを説得しようとなるべく優し気な声で語り掛ける。 「お前が月族の長老か。ようやく顔を見せたな爺!年寄りは引っ込んでろ!」 長老の言葉もウソルーには届かない。 月族の怒りと緊張はこれほどとは比べ物にならないくらいに膨れ上がり上り詰めていく。このただならぬ様子を見たらこの月鏡が月族にとってどれほど大切なものか分かるというもの。さすがのアカディもウソルーを止めないわけにはいかなくなった。 「隊長何をする気ですか!」 「見れば分かるだろう?月鏡を壊すのさ。」 「え!?」 月族たちはウソルーが何を言っているのか分からず呆然とした。その時だ。 いきなりポールがウソルー目がけて突進してきた。そして月鏡を取り戻そうと手を伸ばす。 「ポール!?」 サラが驚いてポールの元へ駆け寄ろうとした次の瞬間、ウソルーはポールの右腕を容赦なく剣で斬りつけた。 「うわあああ!」 「きゃあああ!」 月族たちが悲鳴を上げた。 「ポール!!」 サラは、祭壇の床で痛さのあまり呻いているポールの元へ駆け寄る。腕から血が流れ出ている。サラはすぐさま自分の服の袖を力づくで破り取るとポールの傷口に充てた。 「ポールしっかりして!」 「ぐっ・・・。」 ポールは辛そうに体を丸めている。ウソルーはそんな二人を軽蔑したような眼差しで見下ろし 「その程度の傷で大袈裟に騒ぐな。殺されなかっただけありがたいと思え。」 月族の怒りは頂点に達した。言葉にならない怒りが炎のように立ち上る。 月族の怒りを目の当たりにしたサウロとアカディの背中に冷や汗が流れる。怒涛の怒りがその場を支配する中、リナだけは冷静だ。静かに立ち上がり 「先ほどその月鏡を壊すと言いましたがそれだけはおやめなさい。代わりに私の命を差し上げましょう。だから月鏡だけはそっとしておいて。」 「リナ!!?」 「なんて馬鹿なことを言いだすの!!」 「命を投げ出すなんてやめてくれ!」 月族たちは突然のリナの申し出に動揺しリナを止めに入った。 「・・・面白い。だが、たかがお前一人の命を奪ったところで俺が満足するわけがなかろう。」 「月鏡を壊したら必ずあなた方に呪いがかかります。そうなったら私たちにはその呪いは止められません。この世には人間には理解しがたい、目に見えない不思議なことはあるのですよ。」 リナは極めて冷静にウソルーを説得しようと試みた。しかしその警告はウソルーには届かない。 「・・・呪いだと?やれるものならやってみればいい。」 冷酷にそう言い放ったウソルーの目はもはや人間が持つ光を失っていた。悪魔にでも憑りつかれているのか。 「隊長!おやめください!!」 サウロが叫んだ次の瞬間、ウソルーは力の限りに月鏡を地面に叩きつけた。
バリーン・・・!!
月鏡が乾いた音を立て・・・そして割れた。 「!!!」 月族たちは声にならない悲痛な悲鳴を上げながら顔面蒼白で膝から崩れ落ちた。何が起こったのか分からない、これが現実に起こっていることなのかも実感出来ない。 ただ想像を絶する絶望感が月族たちを襲っている。リナも呆然と立ち尽くしているだけ。 「なんてことを・・・。」 やがて月族たちは嗚咽し始めた。リナの瞳から涙が零れ落ちる。それを見たウソルーは満足げに祭壇から立ち去ろうとした。その時だ。
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