ウソルーはハラレニ国へ明日出発する。その前にと行きつけの居酒屋に寄った。カウンターに座りやけ酒を煽っている。そこへ数人のノンカカの国民が近寄って来た。 「ウソルー隊長荒れていますな。暴れ馬の血が騒ぐのですかい?」 「あぁ!?当然だ。3年も戦をしていないんだぞ?腕が鈍っちまう。俺の自慢の剣も血を吸えなくて錆びついてしまったぞ。」 「それはお気の毒に・・・。もう戦争は仕掛けられないんですか?」 「お前らも戦争をして欲しいのか。」 ウソルーは口元を嫌らしく歪め聞き返した。 「そりゃあ、あなたのおかげで我が国は連戦連勝。ノンカカ国の戦闘能力は他国を圧倒していますからね。他国から富を奪ってくれるから俺らは楽な暮らし出来たわけで。戦争は得はしても損はしねぇ、国民全員そう思っていますよ。でもこの頃戦争が出来ないおかげで税金は上がるし俺らの生活も段々苦しくなってくるわで困っているんですよ。戦争のきっかけをなんとか作れないもんですかね?」 男たちは野蛮な笑みを浮かべながらウソルーに戦争をして欲しいと頼み込んでいる。それを聞いていたマスターもにやりと微笑みながら 「うちに戦火が降りかからないなら別に戦争するのも構わない。好きなだけ暴れてくださいよ、ウソルー隊長。ただし絶対に一歩たりともこの国に敵国の足を踏み入れさせないでくださいよ。家族に被害が出たらたまったもんじゃない。」 「分かっている、今までもそうしてきたではないか。まぁ今に見てろ、ハラレニ国と同盟を組んだとしてもそれを足掛かりにハラレニに攻め入る理由を作り出してみせるさ。楽しみにしておけ。」 「期待してますぜ、ウソルー隊長。」 男たちとウソルーは機嫌よく酒を酌み交わした。
翌朝、ウソルーと部下であるアカディとサウロがハラレニへ向かって出発した。ここからハラレニまで山を越え河を超え二つの国境を越えなければならない。ノンカカ国王からの遣いということで各国の通行許可書を持参しているがそれだけ長い旅になる。 ウソルーは朝からすこぶる機嫌が悪い。アカディとサウロは触らぬ神に祟りなしとばかりに黙って追従している。 重い荷物を持って馬を操りいくつかの町を通り抜け山道を行く。険しい獣道の枝を折りながら小川を渡り服の裾を濡らしながら前へと進む。服、体、顔、どこもかしこも汚れていくウソルーのストレスはたまる一方だ。もう二日以上こうしてひたすら進んでいる。 「まったくなぜハラレニなんかと同盟を結ばなければならないのだ!」 突如、ウソルーは忌々し気に吐き捨てた。アカディが恐る恐る答える。 「ピア殿の提案と聞きましたが。」 「やっぱりな!あいつは昔からいけ好かない!何かといえば穏便にとか争いは避けたほうがいいと忠告してくる。何が穏便にだ!奴は甘すぎる!この世は弱肉強食!常に弱き者は強き者に略奪される運命にある。フィラトやスーニ、サバトキノから奪ったようにハラレニからも何もかも奪ってやればいいものを。その前に気に食わないピアはぶっ殺してやるが。」 ウソルーは狡猾な表情で物騒なことを言いだした。アカディとサウロは聞かなかったことにして話を逸らす。 「ハラレニと言えば国王がかなりの変わり者らしいですね、なんでも空族の血を手に入れるのに血眼になっていてその姿は狂気の沙汰だとか。」 「空族か・・・。その血肉を食すれば翼が生えて空を飛べるようになるという噂があるな。そんなことが現実にあるわけないだろう。」 「ですが各国の国王たちはその噂を信じて空族の行方を追っています。ハラレニ国に出し抜かれたくないのでしょう。」 ウソルーはそれを聞いて軽蔑の色を露わにした。 「空族の血で人間が空を飛べるようになる?馬鹿馬鹿しい!俺はそんな夢物語が大嫌いだ。伝説だの言い伝えだの神だの現実にあるわけがない!そんな眉唾物を信じてなんになる。この世にあるのは食うか食われるかやるかやられるかだ!」 「ウソルー隊長の言う通りです。私も空族の血を飲んだところで翼が生えるなんて到底思えない、ハラレニ国王は頭がおかしいのですよ。」 「そんな頭がおかしい奴と組みたがるなんて我が国王もどうかしている。もっともピアの入れ知恵と聞いて納得した。ピアはやっぱり消しておかねばならん・・・。」 ウソルーの剣呑な眼差しを見たらその言葉は本気のような気がしてきた。アカディとサウロはゾッとした。背筋が凍る思いとはこのことだ。 だがウソルーには逆らえない。ウソルーから右へ行けと命じられたら右へ行き左に行けと言われたら左に行くしかない。殺せと命令されたら殺すしかないのだ。 それほどまでアカディとサウロ、いや軍隊全員が冷徹なウソルーに対して恐れを抱いている。もちろん圧倒的に高い戦闘能力を誇るウソルーを尊敬している面も大いにある、それを含めて恐れを抱いているのだ。 何よりウソルーは国王から絶大な信頼を寄せられていてそれによって権力も得ている。ウソルーに逆らうことはすなわち国王に逆らうのも同じ。
過酷な旅は続く。いくつの山や谷を乗り越えただろう、ようやくサンライズ国に入国した。まだ先は遠い。ウソルーの苛立ちは頂点に達しようとしていた。サウロが地図を広げ 「ウソルー隊長、今サンライズ国に入ったのでハラレニ国までは後二日ぐらいで到着すると思われます。」 しかしウソルーはサウロの言葉に反応しない。何か他のことを考えているようだ。不審に思ったアカディがウソルーに声を掛けた。 「隊長、ようやくハラレニの隣国までたどり着きましたね。」 「確か月族の村はサンライズ国の国境沿いにあるのだったな・・・。」 「え・・・。」 その瞬間アカディとサウロの脳裏に嫌な予感が走る。 「そうですが・・・。それが何か・・・。」 サウロが恐る恐る聞いた。 「お前らは月族のことを知っているか。」 「はい、話には聞いたことがあります。毎日欠かさず世界の平和と人類の穏やかな日々を神に祈りながら暮らしているとか。どこかの国で干ばつが起こるとその国で出向き雨乞いの儀式を行い、洪水が起これば洪水が納まるように神事を行う。その月族がどうかしましたか?」 それを聞いたウソルーは当然のごとくキレた。 「何が世界の平和を祈るだ!平和を祈っていても戦争は止まらない!月族の祈りなどなんの効力もない!まったくの無意味!」 「それはそうですが・・・。」 サウロは戸惑った。確かに戦争は今もこの世界で起きている。だがその戦争を起こしているのはまぎれもなく自分たち人間なのだ。神には関係ないこと。 「月族は平和の祈りなどと偽って我々人間を騙している。神への祈りなど無意味だということを分からせてやらないとな。」 ウソルーは今、残忍な表情を浮かべている。それを見たアカディとサウロは震えあがった。今からウソルーが何をしようとしているか手にとるように分かったからだ。 サウロは狼狽し 「隊長、我らは国王からハラレニ国王へ親書を届けるという大切な役目を任されています。先を急ぎましょう。」 「サウロの言う通りです。寄り道をしている暇はないのです。一刻も早くこの親書をハラレニに届けないと・・・。」 「俺に意見するな!!」 ウソルーが怒鳴った。二人はウソルーの逆鱗に触れ恐縮してしまう。 「俺一人でも月族の村へ行く。お前らはここで指をくわえて待っていろ、腰抜けどもめが!」 そう吐き捨てるといきなりサウロから地図を奪い取り、馬を走らせ月族の村へと突進していってしまった。 「隊長!!待ってください!!」 サウロの声にもウソルーは振り返らない。アカディも困惑しながら 「困ったことになったぞ、隊長は気に食わないことがあるといつもこうだ。」 ウソルーは月族の村で暴れるつもりなのだ。今までもそうだった。戦果を掲げてノンカカ国に帰る時も、荒ぶる血を止められないのか闘いの余韻から抜け出せないのか小さな村に立ち寄っては横暴の限りを尽くす。 家屋を破壊し家畜を殺し村民に暴力を振るう。歯向かってくる相手は容赦なく斬り捨てる。女子供相手に殴る蹴るの暴力も躊躇しない。 サウロのようにその凄惨な光景に心傷める部下もいるが多くの部下はウソルーの「お前たちもやれ」という命令に従ってしまうのだ。戦で高揚し沸騰している血はなかなか冷めないということだろうか。 それにウソルーに命令されて仕方なくではなく率先して暴力を振るう者も少なくない。ウソルーの横暴で野蛮な血は部下たちにも引き継がれてしまっている。いつものアカディなら興奮しながらウソルーと共に村を荒らすのだが今回ばかりは勝手が違う。月族の村を襲うというのだから腰が引けている。 「月族にそのようなことをして罰が当たらないだろうか。他の平民とはわけが違う・・・。」 さすがのアカディも不安そうにそう呟いた。 「さすがに止めた方がいいのではないでしょうか。相手は神と繋がっているという月族なのに・・・。」 サウロとアカディは顔を見合わせ頷いた。そしてウソルーの蛮行を止める為に追いかけた。
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