「シュンケ殿、一つ聞きたいことがあるのだが。」 「なんでしょうか?」 「そなたは人間を抱えて飛ぶことは出来るのかい?」 その場にいる皆が今までの流れとなんら関係ない質問をしだした長老の顔を不思議そうに見つめる。 「はい、人ひとりくらいなら抱えて飛べます。」 シュンケが当たり前のように答えた。 「シュンケだけがそれを出来るのですよ。他の空族も子供くらいの軽い体重の者なら抱えて飛べるらしいですがシュンケは大人一人抱えて飛べる。でもそれが何か?」 シュンケに代わってレンドが補足した。それを聞いた長老は心に決めた。 「シュンケ殿、折り入って頼みがある。」 「頼みとは?」 「ルナを抱えて上空から月鏡を探すのを手伝ってもえらないだろうか。」 「!!」 長老の突拍子もない申し出に月族たちとレンドは驚愕し息をのんだ。特に驚いたのはライトルとルナだ。 「長老突然何を言いだすのですか!ルナを抱えて飛んで欲しいなどシュンケ殿に申し訳ないではないですか!」 「お兄様の言う通りです!シュンケ様に悪いですわ。そんなことさせることは出来ません!」 「第一、なぜシュンケ殿にそのようなことを頼むのですか?意味が分かりません。」 「地上だけでなく上空からも探した方が効率がよかろう。だが困ったことに月族でない者は月鏡に触れられない。だからルナが月鏡を持ちそのルナをシュンケ殿が抱えて飛べばいいと考えたのじゃ。ライトルが地上でペラダたちを探し、ルナが上空から月鏡の共鳴を頼りに探す。地上には様々な障害物があるが上空にはそれがない。直接月鏡同士が反応しあえる。むろんシュンケ殿に負担をかけるのは申し訳ないと思っているが。」 「理屈ではそうですが・・・。」 ライトルは困り果てた。一番困っているのは抱えられるルナだが。だがシュンケはいたって気にしていないような凛としたたたずまいで 「構いませんよ、喜んで手伝わせてもらいます。」 「シュンケ様!?何を!?」 それでなくても赤くなっていたルナの顔が益々赤面して今にも湯気が出そうな勢いだ。一方レンドはシュンケにまで面倒をかけることに戸惑った。 「シュンケ、良いのか?」 「もちろんだ、長老に頼まれなくても始めから手伝わせて欲しいと思っていたところだ。」 「シュンケ殿、本当にありがたい。この通り感謝する。」 長老は深く頭を下げた。それを見てシュンケは慌てた。 「長老どうか頭を上げてください。」 シュンケにとって長老というものはどの種族であっても敬うべき存在なのだ。その長老に頭を下げさせることにかえって申し訳なく思った。 「本当に良いのですか?あまりにも図々しいお願いなのに。ルナはこう見えても結構体重あるんですよ。」 「お兄様!!」 ルナはシュンケの目の前で体重があるなどと言われて恥ずかしさでいっぱいになった。 「すまない・・・。」 ライトルはしまったという表情で陳謝した。ルナの乙女心を傷つけてしまったようだ。ソシアナが怖い顔でライトルを睨んでいる。これは後で妻からのキツイお仕置きが待っているパターンだ。 だがそんなやりとりを見ていた月族たちの顔にやっと笑顔が戻って来た。月鏡を盗まれて以来久しく失っていた笑顔だ。シュンケも月鏡を探してくれるとなれば百人力だ。実に頼もしい。先が見えない闇に一筋の光が差してきたように思えた。だがここでシュンケは神妙になって説明する。 「ただし途中で休憩を入れながらの飛行になるがそれでよろしいですか?ルナ殿一人抱えて飛ぶのは容易なことだが、我ら空族は長い時間飛び続けることは出来ないのです。」 「もちろんじゃ。それはシュンケ殿に任せる。」 「では・・・。」 シュンケはおもむろにルナの前へ歩み寄った。それにつられてルナの体温が上がっていく。 「体に触れることを許して欲しい。」 「え?」とルナが思った瞬間だった。シュンケはルナを軽々と抱え上げた。いわゆるお姫様だっこだ。 「おぉ!!」 「きゃぁあああ!!」 月族たちが歓声を上げた。特に女性陣は自分のことのように恥じらいながら騒いでいる。まるで映画のワンシーンのようだ。ルナはといえば口から心臓が飛び出さんばかりに緊張している。シュンケの腕に抱かれシュンケの逞しい胸元に触れ脈拍が尋常でないほど早まっている。体中が燃えるように熱くなり鼓動は高鳴り何がなんだか分からくなってしまった。 ルナはシュンケに一目ぼれしたのだ。ルナの恋心はシュンケ以外の皆に伝わってしまった。皆が柔らかな微笑みを浮かべながらルナを見守っている。月鏡を失うという前代未聞の窮地に陥りながらも仲間であるルナの恋を応援したくてたまらないのだ。 今はそれどころではないと分かっている。分かっているが真面目で純粋なルナに幸せになって欲しい。 だって大切な仲間だから。 「月鏡の反応を見逃さないようになるべくゆっくり飛行するがそれでよいか?」 「・・・はい。」 「そなたは高い所は平気か?」 「・・・はい。」 「共鳴の範囲は半径1kmと聞いたがそれよりもなるべく低く飛ぶようにする。」 「・・・お願いします。」 シュンケが身元で声を掛けるからルナは返事をするのがやっとだ。恋している相手の顔がこんなにも近くにあって平常心でいろというのが無理難題というもの。 ライトルは妹がシュンケに一目ぼれしたことを知って嬉しく思ったがここから先は月鏡探しに専念しなければならないと気を引き締める。 「シュンケ殿、僕は荷物を持って馬でシュンケ殿を追いかけます。ルナ、月鏡が反応したらすぐにシュンケ殿に伝えるんだぞ。レンド殿にはペラダ達の人相を描いた紙を渡します。」 「了解した。」 「はい、わかりましたお兄様。」 レンドは手筈が整ったとみて 「では私はライトル殿から紙を受け取ったら一足先にハラレニに戻り国王に事情を話し対策を練ります。月鏡を取り戻せたら改めて雨乞いの儀式をお願いしたい。それでよろしいですか?」 「いいえ、それとこれとは別です。月鏡は月鏡、儀式は儀式。一刻も早くハラレニ国の方々を安心させてあげたいのです。お役に立てるかは分かりませんが全力を尽くします。他の者をハラレニ国に向かわせます。道案内は不要です。ハラレニは隣国ですからよく知っていますのでご安心ください。」 「ありがとうございます。しかし当分は国王も月鏡につききりになると思います。それが解決してから改めて儀式の依頼を致します。」 「分かりました。」 月族は快く了解した。レンドは月族に会釈し、シュンケに向き直った。 「シュンケ、面倒をかけてすまない。頼んだぞ。」 「あぁ。ハラレニで会おう。」 レンドとシュンケはお互い顔を見合わせ深く頷いた。 「ルナ殿、飛ぶぞ。」 シュンケがルナに優しく声を掛けた。ルナは覚悟を決め頷いた。そして何気なくソシアナを見た。ソシアナはサムズアップをしルナを勇気づける。ルナはそれを見て微笑んだ。 シュンケが力強く翼を広げた。月族たちは美しく凛とした羽ばたきに見とれて声も出せない。 「では行ってまいります。」 シュンケは長老に声を掛けた。長老は頭を下げた。次の瞬間、ルナを抱えたシュンケの体がふわっと浮き上がりあっという間に上空へと飛び上がった。 「あぁ・・・。」 「なんと素晴らしい・・・。」 「空を飛んでいる・・・。この世の奇跡だ・・・。」 月族たちは上空を見上げながらそれぞれに感激している。ライトルは急いで家に荷物を取りに戻った。 レンドはライトルからリコアたちの人相書きを受け取るとすぐさま愛馬に飛び乗りハラレニへ向かって駆けだした。 シュンケは上空で旋回しながらライトルが来るのを待っていた。ライトルはシュンケの姿を確認すると愛馬に飛び乗った。そしてシュンケを追う。 月族たちは祈るような気持ちで三人を見送った。 「頼んだぞ、ライトル、ルナ、シュンケ殿、レンド殿。」 長老は小さくなるシュンケたちの姿に願いを込めた。
|
|