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作品名:ノンカカ国を滅ぼした月鏡の正体 作者:空と青とリボン

第2回   2
居酒屋のドアを開けたら酒の匂いがプンプン漂ってきた。店の中には数人の大柄な男たちとマスターがいる。男たちは昼間から顔を赤くしながら陽気に酒を酌み交わしていた。
「ところでよ、いつになったら雨が降るんだ?このまま降らなかったら畑が干上がっちまうぞ。」
「さぁなぁ、そんなこと俺が知るわけないだろう。まぁ、そのうち降るだろう。もっとも俺は百姓ではないから雨が降ろうが降るまいが関係ねぇ。そんなことはどうでもいいから酒を飲もうぜ、相棒。」
「そうだな、乾杯!」
男たちは何度目かの乾杯をした。例え百姓でなくとも雨が降らなければ水不足になるわけでいずれ困ったことになるであろうにそんなことはお構いなしの様子だ。
もっとも人は切羽詰まってみなければその窮地に気づかない生き物だから仕方がない。ミンピは男たちをしり目にマスターがいるカウンターに座った。さっそく注文する。
「マスター、ウィスキーをストレートでくれ。」
「あいよ。」
マスターはウィスキーを差出した。
「ところでミンピ、ついさっき見知らぬ男たちがやってきてお前は今どこにいるか聞いてきたぞ。人相は悪いし西欧なまりがきつかったからこの国の人間でないな。奴ら到底堅気に見えなかったがお前、何かヤバいことにでも巻き込まれているのか?」
ミンピはそれを聞いて肩を大きく震わせた。そして警戒心を露わにして扉の方を睨んだ。
「そう警戒しなくても大丈夫だ。奴らは行っちまった。ヤバい臭いがしたんでお前の居場所の心当たりはないと答えておいたぞ。」
「ありがとよ、マスター。恩に着る。まぁ、たいしたことないさ。それよりウィスキーをもう一杯くれ。」
「・・・OK。」
マスターはミンピの警戒心を見て明らかに何か重大なことに巻き込まれていることを察したがとりあえずそれ以上追及するのはやめた。ここは居酒屋。訳ありの人間たちがつかの間の休息を求めて集まる場所だから。
その時、一人の小柄な男が店に入って来た。フードを深く被り表情を窺い知ることは出来ない。なんとも得体の知れない不気味な雰囲気を漂わせている。ミンピはその男に気づき再び緊張の糸を張りつめた。借金取りかもしれないと警戒した。
しかし男は無言のままミンピの後ろを通り過ぎ、カウンターの一番奥に静かに座った。マスターはそれを見て男の元に歩み寄る。
「いらっしゃい。見ない顔だな。ここは初めてかい?」
「・・・あぁ。」
男は言葉少なに答えた。マスターも何やらこの男から不穏な空気を感じているらしく男に気づかれないように男の動向を探っている。すると男はフードを取った。顔を見たらなんとも普通の男だ。年は40歳代後半くらいで怪しい雰囲気もなければアウトローの空気もない。ただ酒が飲みたくてふらっと立ち寄りました的な様子。マスターとミンピはひとまず安心した。
「何にしますかい?」
「マスターお勧めのカクテルをお願いします。あまり度が強くないやつを。」
「あいよ。」
マスターがカクテル作りに入った。ミンピは再びウィスキーを味わっている。
この時のミンピは、男がちらりちらりと横目でこちらの様子を窺っていることに気づかなかった。そのうちミンピはトイレに行きたくなった。
「マスター、トイレ借りるぜ。」
「OK」
ミンピは立ち上がり店の奥のトイレに向かった。マスターは男の目の前に自慢のカクテルを置く。
「どうぞ。気に入るといいが。」
「ありがとう。」
男は一口カクテルを飲んで微笑んだ。それを見たマスターは安心して他の客の相手をし始める。すると男はそれを見計らったようにおもむろに席を立ちトイレへと向かった。
「はぁ〜。すっきりした。」
ミンピは用を足してトイレから出た。するとそこにあの男が立っていた。どうやら待ち伏せをしていたらしい。それに気づいたミンピの警戒心が一気に跳ね上がる。高鳴る動悸を抑えながら男の横を通り過ぎようとすると男は突然ミンピに声を掛けてきた。
「あんたにもうけ話を持ってきた。」
「!?」
ミンピは思いがけない一言で思わず立ち止まり振り返った。
「今なんと言った?」
「もうけ話がある。乗らないか?かなり稼げるぞ。それで借金はチャラだ。」
だが男の言葉を聞いたミンピは瞬時に眉をしかめた。
「・・・なぜ俺に借金があることを知っている?お前、やっぱり借金取りか?」
そうだと答えたらすぐさま逃げ出せるように身構えるミンピ。しかし男は首を横に振った。
「いや、違う。むしろ俺はあんたを借金から解放したいと思っている。」
「なぜそんなことを・・・?」
ミンピは男の本心を探ろうと訝し気に男を見つめた。
「あんたの力を借りて俺も儲けたいからだ。」
ミンピは男の答えに納得した。いきなり見ず知らずの男からもうけ話を持ち掛けられたらそんなうまい話はないと鼻で笑うが、男は自分も儲けたいという。それは本心のように思えた。何よりこの時のミンピは借金取りに追われ平常心を失っていて冷静な判断が下せなかった。
男はミンピの表情が緩んだのを見て「こいつは乗ってきた」と確信した。そして仮面のように張り付いた作り物の笑顔でミンピに歩み寄ってきた。
「俺の名前はリコア。よろしくな。」
ミンピはリコアに握手を求められ恐る恐るその手を取った。
「俺はミンピ。それでもうけ話ってなんだ?」
ミンピは余計な挨拶はいらないとばかりに早速本題に入ろうとしたがリコアは用心深く辺りを見回すと
「聞かれたらまずい。場所を変えよう。あんたの酒代は俺のおごりだ。」
聞かれたまずいと言うのだから危ない橋を渡るもうけ話であることは容易に想像が出来た。しかしだからといってここでみすみすもうけ話を逃がすつもりはない。それくらいミンピは追い詰められていた。
「あぁ、そうするか。」
ミンピの返事を聞いたリコアは口元を嫌らしく歪ませる。そして顎をくいっと上げ外へ行こうぜと合図し歩き始めた。ミンピはその後を当たり前のようについていく。
二人が並んでカウンターの所に戻るとマスターは驚いたようだ。
「あんたらいつの間に知り合いになったんだ?」
「良い酒飲み友達が出来て良かった。ここに来た甲斐があったよ。」
と、リコアは気のよさそうな笑顔を浮かべカウンターに自分の分とミンピの酒代を置いた。裏で見せた危険な顔を一切隠して普通の男を演じているリコアの豹変ぶりにミンピは唖然とする。こいつ只者ではないな・・・。内心恐れおののいたが今更引き返せない。
「毎度あり。」
マスターも満足そうに微笑んだ。

二人は居酒屋を後にした。リコアはどんどん人気のない裏道に入っていく。ミンピもだんだん心細くなってきたがまさか一文無し相手に強盗を働くとも思えないのでそのままついていった。


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