ソシアナたちはライトルたちの顔を見るなり手掛かりはあったのかと期待を込めて見つめたがライトルは悔しそうに頭を横に振った。ソシアナたちは一様に落胆した。その中の一人、レイリが弱々しい声で絶望を口にする。 「月鏡がなくなってしまったのでは月族はもう終わりよ。もう私たちの祈りを神に届けることは出来ないわ・・・。」 「この世界のどこかにノンカカ国の悲劇がやってくるぞ。覚悟せねば・・・。」 「・・・・。」 月族は存在意義を失って絶望している。重苦しい空気が重りとなって体や心にのしかかり泥深くその身を沈ませていく。だがそんな中ルナだけは違った。 「いいえ、それは違うわ。例え月鏡がなくても祈ることは出来る。祈りは道具の為にあるのではない、道具のあるなしに左右されては駄目。願いを神に届けるのに道具は必要ないわ。祈りは心でするもの。神は私たちの心を見ていてくださっている。だからどんなに困難な時も祈り続けましょう。それが月族の矜持のはずよ。」 「ルナ・・・。」 ルナの凛とした声が辺りに響き渡り月族たちを浮上させた。月族が月族であるためにすべきこと。どんな絶望をも前向きな希望に変えてしまうルナの芯の強さにソシアナは心から感心した。ソシアナは月族出身者ではないからより強くそう思う。長老も心の中で密かに「さすがはリナの娘。血は争えないのぉ・・・。」と呟いた。 「ルナの言う通りじゃ。祈りは心でするもの、心がある限り祈りは失われない。」 「「はい。」」 暗かった月族の表情に朝の陽ざしが差し、力強さが戻って来た。 「しかし、そうは言っても月鏡は先祖代々大切に守られてきたもの。出来るなら取り戻したいです。」 ライトルはルナの考えに賛同しながらも己の心の内を吐露した。 「そうじゃな。」 長老もライトルの考えには反対しない。それにしてもと月族たちはそれぞれの疑問を吐き出す。 「月鏡は月族の平和への祈りを神に伝える物。月族ではない者が持ったところで祟りを起こす恐ろしい鏡でしかない。なんのために鏡を盗んだのでしょう・・・。人間の欲望を叶える鏡だと勘違いしているとしか思えない。欲望は叶えられずそれどころか死が待つのみだというのに。」 「本当に愚かなことだ。自分だけならまだしもなんの関係もない人たちを巻き込んだらどうするつもりなのだろう。」 「そもそも月鏡をどうするつもりなのか。自分の部屋に飾っておくつもりか高値で売りつけるつもりかどのみち不幸になるだけだ。」 「そうなる前になんとか取り戻したいな。盗んだ者は自業自得でもなんの罪もない周りの者まで巻き込まれたら気の毒だ。もっとも神は無関係の者まで罰をあたえるなどしないとは思うが。」 「でもノンカカ国のことがあるではないか。月鏡を破壊したのはウソルーとかいう一人の兵士だったのだろう?でもノンカカ国は滅亡した。少なくともノンカカの国民たちは純然たる被害者だ。」 「ウソルーは非情にもわざと月鏡を破壊したからな。ただ盗んだのとはわけが違う。同じ悪意でもレベルが違うだろう。」 「いやいや、盗みを軽くみてはいけないぞ。我々は月鏡がなくても祈り続けるが願いが神に届くとは限らないからな。届かないなら月鏡は壊されたのと同じだ。」 「そうなると一刻も早く月鏡を取り戻さないとどんな恐ろしいことになるか・・・。」 「でもどうやって探す。どうせソラピアダ村も実在していないだろうしペラダとトランというのも偽名だろう?世界は果てしなく広いんだぞ。どこへ行ったかも分からないのに。」 月族たちはなすすべなく困り果てた。そこで長老が力強い助け船を出す。 「方法ならある。」 「え?」 「さきほどソシアナたちとも話し合っていたところだ。ミーシャが月鏡を探し出す手がかりを持っていた。これを見てくれ。」 長老はそう言うと小さな巾着袋の中から5cmほどの虹色に輝く鏡を取り出した。ライトルたちが目を見張る。 「「おお!!」」 歓声とどよめきがあがった。 「それは月鏡ではないですか!なぜそこに!」 「ミーシャが祭壇の下に落ちているのを発見して拾っておいてくれたものだ。おそらく犯人たちが誤って落としていってしまったのであろう。」 「ミーシャそれは本当か!なぜそれをもっと早く言わない。」 「ごめんなさい。皆に言う前にライトルたちは駆けだしてしまったものだから。」 「そうだったか、すまない。だがミーシャでかしたぞ。これがあれば残りの月鏡がどこにあるか探し出せる。」 「あぁそういうことか、長老、月鏡の共鳴を利用するのですね!」 「そうじゃ。」 月鏡の共鳴。月鏡はわけがあって4つの欠片に分かれている。欠片同士はお互いの存在が近づくと共鳴し、震えながら虹色の輝きを強めるのだ。そして欠片を組み合わせ一つになった時に輝きは最大限に増す。 しかし反対にお互いの距離が離れると虹色の輝きも薄れていく。それを利用するのだ。共鳴し合う距離は半径1kmぐらいだと思われる。ちなみに今長老が持っている欠片は虹色の輝きがかなり薄まっている。それでも十分美しいけれど。 「それを見る限り犯人たちはここから1km以上離れているということですね。」 「うむ。」 「確かにこれを持って探せば月鏡の在処を我々に教えてくれますが、半径1kmに入らないと反応しないということは探し出すのはとても困難ですよ。ペラダたちがどこの方向に向かったのかも見当がつかない。広大な砂漠の中から一粒の金充石を探し出すようなものです。」 「せめてどこに向かったかでも分かるといいのですが・・・。」 またしても月族たちは行き詰った。やはり月鏡を取り戻すのは無理なのか、無理だとしても諦めるつもりはないが。そんな中、ルナは昨晩のリコアたちとの会話を思い出した。 「あっ・・・!」 ルナが小さく声を上げた。 「どうしたルナ。」 「お兄様、ハラレニ国よ!彼らはハラレニ国に向かったんだわ!」 「ハラレニ国!?どうしてそう思う?」 「詳しく話しておくれ。」 「はい。昨晩食事を持って行った時にペラダたちと話す機会があったのです。ソラピアダ村までここから5日ぐらいかかるのですかと聞いたらとトランが『ハラレニ国まで2日もあれば行ける』と答えたのです。その時私おかしなと思ったんです。だってここからムンカ国へ行くのにハラレニ国を通る必要なんてないもの。仮にハラレニ国を通るとしたらかなりの遠回りになります。そしたらペラダがこう説明してきたんです。『ソラピアダ村へ行くのにコランナ国を通った方が断然早いけどコランナ国は内政が荒れていて危険だからわざわざ遠回りしてハラレニ国を通る』と。でもトランはなんだか焦っていたし今にして思えば口を滑らせたのではないかと思います。」 「なるほどハラレニ国か・・・。」 「そういえば・・・。」 今度はルンダが何かを思い出したようだ。 「なんだルンダ。なにか思い当たることがあるのか?」 「夜中の2時ごろだったと思います。村の外の林で何か動いた気配に気づいたんです。その時は獣だろうと思ってやりすごしたのですが、もしかしてあれは奴らだったのではないかと。」 「なんと!それでそれらはどちらの方向に向かった?」 「西へ移動していたように見えました。」 「長老、ここから西にはハラレニ国があります。」 「うむ。ペラダたちはハラレニ国に向かったようじゃな。ライトル、ルナお主らはこれを持ってハラレニ国へ向かってくれ。ペラダたちの顔を知っているのはお前たちと私だけじゃ。だが私はここに残り月族の村を守る。月鏡が欲望を叶えるものではないと分かったら逆上して村に仕返しにくるかもしれないのでな。まぁソシアナがいれば安心ではあるが。」 「了解しました。ソシアナ、村のことは頼んだぞ。皆も用心してくれ。見張りはいつもより厳重に頼む。」 「分かったわ、あなた。ここは私たちに任せて。あなたたちも気をつけてね。」 「あぁ。」 「はい、お姉さま。皆をよろしくお願いします。」 「行くぞルナ。長旅の準備をしろ。月鏡を探し出すまで村には帰らない覚悟でな。」 「はい!!」 ルナは覚悟を決めた強いまなざしで力強く頷いた。
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