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作品名:空族とハナ族とハラレニ国王の憂鬱 作者:空と青とリボン

第8回   8
「お話中に申し訳ありません。」と一言断り何やら国王に耳打ちした。そのとたんに国王の顔に緊張が走る。
「まだ帰ってないのか!?」
「はい、これまでもたびたび遅くなったことはありますが。あの件のこともありますしお耳にいれた方がいいかと。」
レンドの声からも緊張が見て取れた。苦渋の色を浮かべる国王とレンド。ただならぬ雰囲気が辺りを包む。その異様さはシュンケたちにも伝わった。
「あの件とはなんですか。」
シュンケが意を決して尋ねた。
「あ、いやなんでもない。気にしないでくれ。」
国王は慌てて取り繕ったが醸し出す緊張は消せないでいた。
「国王、あなたはいつも空族のことを気にかけてくださる。同じように私たちが国王を気にかけるのはいけませんか。」
シュンケの真剣な眼差し、強い声。国王は一つため息をついて折れた。
「実はここ二週間で二人のハラレニの兵士が何者かによって殺されたのだ。屈強な兵士を倒すなど並大抵では出来ない。レンドたちにその正体を探らせているのだがいまだ誰の仕業なのか分からないでいるのだ。」
「ハラレニの兵が・・・。」
シュンケたちは驚愕し息をのんだ。
「しかもフランがまだ帰ってきていないという。何者の仕業なのか何が目的なのか分からん。」
国王はそう言ったきり沈黙してしまった。眉間に刻まれる苦悩。
「兵士たちはいずれも鎧の兜を脱いだ時にやられているんだ。城の外で兜を脱ぐことはないからもしかして顔見知りの犯行かもしれないと考えているのだが。」
レンドが付け加えた。なるほど、用心深い兵士でも相手が知り合いなら兜を脱ぐかもしれない。そこをやられたというわけかと空族は考えた。でもそうなると・・・。
「じゃあ、内部の者の犯行というわけ?」
ルシアが皆が懸念していたことをぽろっと口に出した。国王はますます苦悩を深くする。
「心当たりはないのですか」
シュンケが聞けば国王は重い口を開いて
「ない。というかあり過ぎるというか・・・。兵士の中には野心家も多い。現在のこの国の平和をおもしろく思わない者もいる。野心の暴走もありえるな。」
野心の暴走。つまり内乱か。空族は考え込んだ、こんな平和な国でそんなことが起こるなんて。
「でも内乱となると国王の命も危なくなるんじゃない?」
ルシアはまたもや皆がもっとも危惧していることをさらりとこぼした。
シュンケやカリンの心に犯人への怒りの炎が立ちのぼる。
それはレンドも同じで、いやレンドがもっとも怒りの炎を荒げる。国王を亡き者にしようなどと断じて許さん!!
辺りの温度が怒りで急上昇したのではと思うほどの緊迫感に包まれる中、その緊迫感を打ち破るように扉のドアがトントンと鳴った。
「何だ」
国王が問うと
「客人がお見えになりました。」
この声は側近のアルタの声だ。
「客人?こんな時間にか?」
レンドが不思議がって聞いた。
「はい、どうしても国王に会いたいと申しておりまして。」
アルタの返事に皆の顔に一様に緊張が走る。まさか国王を・・・!
「客人とは誰だ」
レンドが疑いの念を色濃く滲ませ問えば。
「客人とはハナ族でございます。」
国王とレンドはアルタが紡いだ言葉を聞いた途端、一転して狼狽し始めた。明らかに戸惑っている。シュンケはそれを見逃さなかった。国王は複雑な表情のまま
「通せ。」と命令した。暫くして扉が開き、そこに現れたのは一人の男、ハナ族であった。
「しばらくぶりだな、スラヌ。」
国王が口に出したスラヌという名前、それがこのハナ族の個人の名前だ。
「お久しぶりでございます、国王。7年ぶりになります。」
スラヌは思いのほか丁寧な口調で国王に挨拶した。このスラヌという男、国王やレンドが顔を曇らせた割には普通だなとシュンケは思った。青白い顔、やせ細った体。
しかし男の目を見た途端、シュンケは自分の考えを改めた。ただならぬほどの陰鬱な目をしている。ただ陰があるというだけではない、もっとこう得体の知れない何か・・・。そう、何かに酷く飢えているような。シュンケは人知れず警戒し始める。ルシアとカリンはシュンケが警戒しているのを感じ取った。シュンケが警戒するのだからこいつ只者ではないんだなとルシアとカリンは悟った。二人の顔に緊張が走る。そしてそんな空族の警戒心をスラヌは見破り
「空族はさすがに用心深いですね。でもそんな警戒しないで大丈夫ですよ。俺は国王と知り合いなんですから。ね、そうですよね、国王。」
なんともふてぶてしい態度、しかも国王に対して妙に馴れ馴れしい。始めは戸惑っていたレンドだがスラヌのふてぶてしさに不穏なものを感じ取ったようだ。レンドは眉をしかめた。
「あれ、レンドまで俺のこと警戒してるの?」
スラヌはレンドに歩み寄りフフンと鼻を鳴らした。
「レンドって昔とちっとも変ってないね。幼い頃から国王を守るための英才教育をされ国王に忠誠心を誓い、国王の為なら死をもいとわない。」
どこか人を小馬鹿にしたようなスラヌの言い様にさすがの国王も眉を顰め
「そのようなことを言いにここに来たのか」
国王はスラヌを窘める。スラヌはやれやれと肩をすぼめた。さすがにルシアが頭にきたのか
「あんた何だよ、さっきから。妙に国王に馴れ馴れしくて生意気な口聞いているけど何様?」
さすがルシア、皆が言いたいことを言ってくれる。だがスラヌはルシアを一瞥し
「空族とハラレニの国王。一つ屋根の下で楽しく談笑。7年前までは到底考えられなかったな。もっとも国王は前国王と違ってそうなりそうな気はしていたけど。あなた幼い頃から甘かったもんね。あの前国王と血がつながっているなんて到底思えないや。」
スラヌの言葉に国王の表情が一瞬にして固まった。明らかに固まったのだ。こんな国王の姿を見るのはシュンケたちは初めてだった。
「国王・・・?」
シュンケはたまらなく不安になり声をかけた。いつもの威風堂々とした国王とは明らかに何かが違う。一方レンドがあまりに失礼すぎるスラヌの態度にとうとう切れた。
「スラヌ!いい加減にしなさい!!」
厳しい目でスラヌを叱るが当の本人は暖簾に手押しで。
「国王とレンドだけは俺のことを奴隷扱いしなかったよね。あげくのはてに解放もしてくれちゃって。さんざん奴隷扱いした前国王やフランよりはましだけど、かえってその方が残酷だって分からないかな。」
スラヌは舐めた態度で意味不明なことを言いだす。その目は国王とレンドを明らかに責めている。ここでルシアがとうとう我慢ならずに
「何を言っているのか分からないけど奴隷扱いされなくておまけに解放されたなら万々歳じゃないか。それなのになぜ国王とレンドのこと責めてんの?ちょっと頭おかしいんじゃないの?」
言ってやったとせいせいしているルシアはレンドも言ってやれとばかりに促すがレンドは何も言えず黙っている。それどころかまた苦渋に満ちた顔に戻っていた。それは国王も同じで。ルシアはその様子を不思議に思った。シュンケとカリンも何か違和感を覚えた。だがスラヌはルシアが想像していた反応とは全く別の態度を見せる。
「俺とあんたたち空族は似た者同士なんだよ。空族は人間に殺され絶滅寸前までいった。俺はこいつらに利用され奴隷扱いされ人生を殺された。なのになぜあんたたち空族は何事もなかったようにこいつらの味方をしているんだ?」
俺は空族と同じなんだと言いたげな、すがるような目で空族を見てくる。先程までふてぶてしい態度を取っていた奴と同一人物とは到底思えない。ルシアは一瞬同情したくなるような気持ちになった。シュンケとカリンもこのスラヌの目の中に悲しみを見つけたような気がして戸惑う。しかしシュンケたちの同情は次のスラヌの言葉でかき消された。
「最近よく思うんだけどもしかして空族ってちょっと頭おかしいんじゃないの?」
これにはルシアが切れた。
それはそうだ。「頭おかしいんじゃないの?」なんてそっくりそのまま返されたわけだから。
「なんだって!?」
珍しくルシアが感情を表に出してスラヌに食って掛かった。それをシュンケが制する。
「なんで!?」
ルシアはシュンケに止められて憤慨した。こんなやつ殴っちゃえと言おうとした時だ。シュンケがスラヌを見つめながら
「お前にどこかで会ったような気がする。」
カリンとルシアは驚いてシュンケの顔をまじまじと見つめた。スラヌはフッと笑った。
「やっと思い出した?そうだよ。俺と空族は過去に会っているよ。それも何度も。」
「えっ・・・。」
ルシアとカリンはスラヌを上から下まで舐めるように見たがどうも記憶にない。
「会ったことなんてないよ、こんな二重人格野郎。」
ルシアが眉をしかめて言いきった。
「あんたがガキの頃のことだったから思い出せないだけだろう。」
いちいち癇に障るスラヌの言い方にルシアはキーッとなった。すっかりスラヌを嫌いになる。
「まぁ、俺が俺の仕事をしていたのは十二年ぐらい前までだ。覚えてないのも無理はないな。その後は城でただ飯くっていただけだし。」
言いたい放題のスラヌを国王は悲しげな目で見ている。レンドは思い悩むように唇を噛みしめていた。
カリンの心の中はもやもやしていた。シュンケの言う通り、以前にスラヌとどこかで会ったことがあるような気がしてきたのだ。するとスラヌは今度はシュンケに歩み寄った。そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。ほどなく冷たく言い放たれた衝撃的な宣告。
「俺さ、三日前に空族を一人始末したよ。」
残酷に、はっきりと紡ぎだされた言葉にシュンケの表情は憤りへと一変する。
「貴様!!!」
シュンケはスラヌを思いっきりぶん殴った。吹っ飛ぶスラヌ。そのさまはまるで風に舞い散る木の葉の様だった。シュンケは怒りの塊となってスラヌの所に歩いていく。スラヌの唇の端から血がしたたり落ちた。スラヌはそれを手で拭いながら
「さすが空族の頭領、力が違うね。」
自分の立場を分かっていないのか、それとも殴られて気が動転しているのかまるで他人事のように言った。シュンケはスラヌの胸倉をつかみ無理矢理立たせ
「言え!!誰をやったというのだ!!」
「ノックといったっけな。何でも食べ歩きの旅をしているとかいろいろと楽しそうに人間と話していたから頭に来て殺してやった。」
スラヌに罪悪感などまるでなく、飄々とした態度で説明した。シュンケの怒りは頂点を突き破った。
茫然としていたルシアとカリンが呟く。
「そんな・・・ノックが・・・。」
カリンの瞳に涙が溜まる。シュンケはスラヌを突き飛ばし、そして腰の剣を抜いた。
体中が怒りで燃えさかっているシュンケがこれからやろうとしていることはその場にいる全員が分かった。それを止めることなど出来ない。止めようとも思わない。剣先がギラリと鈍く光りスラヌに定められる。
「覚悟はいいか。」
シュンケの低く殺気に満ちた声。それはまさしく空族頭領の姿。恐ろしいほどの威圧感はスラヌの中に久しく眠っていた恐怖心をたたき起こした。スラヌの体が小刻みに震えはじめる。
「シュンケ!!ノックの仇をとってよ!!」
ルシアが訴えた。
「言われずとも!!」
シュンケが剣を振り上げたその時だ。スラヌが突然叫んだ。
「何で人間を許すんだ!!」
スラヌの悲痛な叫び。シュンケは思わず剣を止めた。スラヌの目に今までみたことのないものが浮かんだ。それは涙。
「空族だって人間に酷い目に合わされたじゃないか。それなのになぜ人間と普通に暮らしているんだ!?なぜ復讐しようと思わないんだよ!!なぜ人間と仲良く出来るんだよ・・・。」
声を震わせて子供のように泣きじゃくりながら訴えるスラムの姿にシュンケは戸惑った。
「俺だって人間と上手くやっていきたくて頑張ったのに・・・。駄目なんだよ。どうやってつきあっていけばいいのか分からない。どうしていいか分からない、上手く生きられないんだ。」
こみ上げてくる息苦しさに必死で耐え、両手で顔を塞いで体を小さく丸めて泣いている。
憐みさえ感じさせるその姿にシュンケもルシアもカリンも怒りをなくした。突如。
「すまないことをした・・・。」
国王の悲痛な声がその場にいる皆に届いた。シュンケたちはハッとして国王を見る。
「国王・・・。」
すべてを知るレンドも悲しげな目で国王を見つめている。一体、このスラヌと国王との間に何があったというのだ・・・。シュンケが力なく剣を下ろしたその時だ。スラヌが豹変した。
「!!」
バーンッ。銃声がなんの前触れもなく耳をつんざいた。銃の爆発音はルシアとカリンの思考力を弾き飛ばした。
「シュンケ!!」
レンドの叫びでルシアとカリンは我に返り、目でレンドの後を追う。レンドが駆け寄った先にシュンケが倒れていた。ルシアとカリンの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「シュンケ!!」
ルシアは驚愕して駆け寄る。カリンは恐怖のあまり動けずにいた。
「そんな・・・。」
国王は呆然として力なくその場に座り込んだ。


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