突然ルパが訪ねてきた。酷く慌てている様子だ。 「ジャノ助けてくれ。うちの糸製造機がぶっ壊れちまった。修理屋に来てもらおうと連絡したんだがそいつ出張でいないんだよ。ジャノは手先が器用で機械も得意だろう?頼む!ちょっと見てくれないか?今日中にお得意さんに頼まれていた品を渡せなければうちは潰れちまう!頼む!!」 ルパは頭を下げて必死で頼む。ルパは糸問屋の店主だ。 「分かった。今すぐ行くよ。」 ジャノは事の重大さを知り、顔を引き締め引き受けた。 「シュンケ、カリン、ルシア、先に城へ行っててくれないかな。」 ジャノが振り向きそう言うとルパはシュンケたちの存在に気づいた。 「おぉ、久しぶり。元気そうで何よりだ。ゆっくりしていってくれよ。」 ルパはにこやかに挨拶するとシュンケたちの返事を待たずして大慌てでジャノを連れて行ってしまった。電光石火の速さ。 「大変なんだね、人間も。」 カリンがしみじみ言う。 「人間にもいろいろしがらみがあるんだな。」 ルシアも妙に感心しながら言った。気を取り直し4人だけで行くことにした。ナーシャが満面の笑顔でシュンケたちを送り出す。 「いってらっしゃい。」
城下町を抜け、ほどなくしてシュンケたちは城に辿り着いた。門番たちはシュンケたちの顔を見ると待ってましたとばかりに門を開ける。門番の中にはリデもいて、リデはわくわくした胸の内を必死でこらえている。剣の手合いを申し込んでいるからだ。シュンケは「後でな。」と目で語る。リデは嬉しそうに頷いた。 門をくぐり中庭に入るとそこにはレンドがいた。レンドはシュンケ、ルシア、カリンの顔を見るなり喜びをあらわにした。 「レンド!」 カリンが真っ先にレンドに駆け寄った。 「やぁ、カリンようこそ。シュンケもルシアもよく来てくれた。」 レンドに笑顔で握手を求められそれに応じるシュンケたち。レンドはふとシュンケのそばにいるラトに気づいた。 「おや、その小さき空族はシュンケの息子だね。」 「あぁ、ラトだ。よろしく頼む。しかしよく分かったな。」 「顔がシュンケにそっくりだからな。」 するとルシアが口を挟んだ。 「ラトはそんな怖い顔してないよ。」 「ははは。いや、目がシュンケにそっくりだ。勇敢な目をしている。」 レンドは笑いながら答えた。レンドとシュンケたちは旧友のように和み、城へと入った。そして国王の間に向かう。国王は玉座の間にいた。 「やぁ、首を長くして待っていたぞ。」 国王は破顔してシュンケたちを出迎えた。久しぶりに空族と会えたことが嬉しくて仕方がない様子。一国の王がこうも心を許して迎え入れることはそう多くない。それだけ国王のシュンケたちへの信頼は厚いのだ。 「よく来てくれた。今回はゆっくりしていけるのだろう?」 「はい、いろいろ忙しくてなかなか来れなくて申し訳ない。」 シュンケがすまさそうな表情で言うと国王は気にするなと笑った。国王は次にラトへと目を移した。 「そなたがシュンケの子か。ジャノから聞いていたが、なるほど勇敢そうな子だ。」 国王はしゃがみこみ自分の手をラトの小さき手に重ねた。 「ラトと言ったな。これからもハラレニに遊びに来てくれるかい?」 ラトはなんのことか分からずきょとんとしていたがやがてシュンケを見上げて 「だれ、この人?」 慌てるシュンケ。ルシアとカリンは一瞬にして固まった。 「こらっ。国王に対してなんてことを言うのだ。この方はハラレニの国王だぞ!」 シュンケはラトを叱るが国王は豪快に笑いその場を和ませた。 「よいよい。初めて会ったのだ。しかも幼き子供、知らなくても当然だ。さぁ、歓迎の宴をしよう。レンド、準備を頼む。」 「はい。かしこまりました。」 レンドはさっそく宴の準備に入った。使用人を集め、的確に指示を出していく。シュンケは宴など開いてもらうのはもったいないと思ったが国王やレンドの嬉しそうな顔を見ると受けるべきなんだなと思った。 こうして宴は始まった。 沁みひとつないまっさらなテーブルクロスがかしこまったテーブルにかけられた。その上に芸術作品のような前菜が運ばれ、それを機に次から次へといろいろな料理が並んだ。 濃厚な香りがたまらないスープ。舌に絡みつくソースが美味な白身魚のソテー。肉厚のローストビーフ。果汁があふれんばかりの果物。どれもこれもおいしくてルシアなど何度ほっぺが落っこちたか分からない。カリンも夢中になって食べている。王とシュンケは上等なぶどう酒を交わしながらお互いの近況を語り合う。カリンはレンドに絵の勉強のことを聞かれ丁寧に説明していた。それぞれが夢のようなひとときを過ごしている。
その頃フランはすっかり暗くなった林の中を急いでいた。ジャノの翼で飛んでいるうちに思っていたよりも遠くまで行ってしまい、そうこうしている内に金充石が切れてしまった。それでこうして歩いて帰るはめになったのだ。 「くそっ!!こんなもの!!」 フランは忌々しげに吐き捨てると背中から翼を下ろし放り投げた。地面の上に転がるジャノの翼。 「これからは飛行機だ。ジャノの翼など一つくらい無くなっても構わないだろう。」 フランは軽蔑した目で翼を蹴った。翼を捨て幾分身が軽くなったフランは城へと急ぐ。そもそもこうなったのは翼の警告音を無視したフランが悪いのだが。元々翼は金充石が小さくなって限界に近づくと『これ以上飛ぶと墜落の危険があります。』という意味の警戒音が鳴る仕組みになっている。しかしフランはその警戒音を無視し飛び続けた。そのせいで想像以上に飛距離を伸ばし、あげく墜落しそうな羽目に陥る。墜落しなかったのは長年この翼で飛び回っていた経験値がものをいったのであろう。不時着し翼を背負いながらの復路。こういう時に限って予備の金充石を持ってくるのを忘れてしまった。 それにしても・・・とフランは思った。 「不気味だ・・・。」 長年、国王の側近として、兵士を束ねる指揮官として結構な数の修羅場をくぐってきたフランを不安にさせるもの、それはここ二週間で二人の兵士が殺されたことだ。屈強な兵士を殺めるなどそう簡単に出来る芸当ではないはず。国王から一人での行動は避けるようにと言われた時は一国の兵士がそんなひ弱でどうする!?と憤慨したがこうして一人で暗闇の林の中を歩いていると国王の命令は的確だったと言わざるえない。自分の足音と枯葉が擦れあう音しかしない世界というのはこうも心細くなる。 「ええい!これもみんなジャノのせいだ!!」 ジャノに責任転嫁しても苛立ちは納まらない。フランがとにかく先を急ごうと足を速めた時だ。 ガサッ・・・。何かの音がした。フランの緊張は一気に頂点に向かって駆けのぼる。 「誰だ!?」 暗闇を睨みその音の正体を突き止めようとする。次の瞬間、音が鳴った場所に明かりが灯った。ランプの明かりだ。 「何者だ!!?出てこい!!」 だが、警戒心を張りつめて今にも糸が切れそうなフランの耳に届いたのは意外な言葉。 「フラン、そう警戒しないで下さいよ。」 フランはいきなり自分の名前を呼ばれてぎょっとした、が、次第に落ち着いてきた。名前を知っているということは知り合いか。ならば大丈夫か・・・。フランは少し安心した。 「誰だ?なぜ俺の名を知っている。」 フランはランプに照らされて浮かび上がるぼんやりとした輪郭に目を凝らし正体を探ろうとする。ランプが少しづつ近づいてきてそれとともにランプの持ち主の顔も暗闇に色濃く刻まれていく。 男だ。 なんだ?どこかで見た顔だな、フランはそう思った。訝しげに男を見つめる。男は笑った。 「あれ、俺のこと忘れてしまったんですか?」 「いや、会ったことはあるな。名前を思い出せないだけだ。」 「名前を思い出せないか・・・。」 男はぼそりと呟いた。男の目がランプに照らされギラリと光った。それを見てフランは薄れかけていた警戒心を呼び覚ます。暗闇の中で火の玉のように揺れる明かりと相まってなおさら男を不気味に感じたからだ。そしておもむろに腰の剣を鞘から抜いた。 「・・・それ、どういう意味?」 男は陰鬱な声で聞いてきた。フランはそれには答えない。この男が隙を見せたら斬ってやると思っているだけだ。 「やだなぁ、フラン。本気で忘れてしまうなんて。」 男はフランの剣に怯えることもなくにじり寄った。フランの剣を握る手に力が入る。 「俺はハナ族ですよ。」 男はやっと自らの名前を名乗った。 「ハナ族・・・。」 それを聞いてフランは思い出した。こいつハナ族だ。 「やっと思い出してもらえましたか。フランにはあれほどお世話になったからなかなか思い出してもらえなくて残念ですよ。」 残念と言っている割にはちっとも残念そうに聞こえない口調。 「ハナ族がどうしてこんな所にいる。7年前に解放されただろう。」 フランは剣をしまいながら面倒くさそうに聞いた。 「・・・行くところがなくて。ずっと城の中で暮らしてきたから突然外へ放り出されても行くあてがないんですよ。」 そう答えるハナ族をフランはフンと鼻でせせら笑った。 「行くところがないって勝手に好きなところへ行けばいいだろう。」 「でもどこへ行ってもその土地に馴染めなくて。空族を追うとこしか出来ない俺がそれをせずにどうやって生きていけばいいんでしょう。」 「そんなの知らん!!勝手にどこへでも行って勝手に生きろ!!」 フランはハナ族の問いかけに妙に腹が立った。哲学的なことを聞かれても、さしあたって今日の晩飯は何がいいかと聞かれても答える気は毛頭なかった。このハナ族にはイライラさせられる、ただそう思ったのだ。しかしフランに勝手にしろと言われたとたんハナ族の声が、口調が変わった。低く荒っぽく。 「勝手に生きろってハラレニの兵が言うのか!それもよりによってあんたが!!あんたはあんなに俺にひど・・・。」 「知らんな。お前には7年前一生遊んで生きていけるぐらいの大金を持たせたはずだが?」 フランがハナ族の言葉を遮って言う。そして 「それともあれか。大金を使い果たしてまたせびりにきたのか?まぁハナ族は空族を追うしか能がなかったから落ちぶれても仕方ないが。」 フランの言葉がハナ族に怒りの火をつけた。 「そんな俺にしたのはハラレニじゃないか!!俺の人生をめちゃくちゃにしたのはお前たちだろう!!」 ハナ族は怒りのままにフランに掴みかかった。不気味なほど冷静だった男は今は遠い彼方。ここにいるのは感情をむき出しにして怒り狂うハナ族だった。だがフランは乱暴にハナ族をはねのけ 「底辺には底辺にふさわしい生き方がある!お前は底辺の種族だろ。それをハラレニが上手く飼ってやったんだ。感謝されこそすれ恨まれる覚えはないな!!」 畜生を見るような蔑みの目でハナ族を見て吐き捨てた。 「・・・。」 ハナ族は沈黙してしまった。その目からは怒りは消え真っ黒い闇のようになった。 「分かったらさっさとここから立ち去れ!」 フランはそう言って追い払うと再び歩き出した。 「・・・フラン。俺に空族を追う事しか能がないって。そんな男に殺される気分はどう?」 突如背中に恐ろしい声が投げつけられフランは驚いて振り向いた。 そこには自分に向けられた銃口があった。 「な・・・」 バーン。弾丸はフランの言葉を突き破り、フランの眉間を打ち抜いた。目を見開いたまま倒れこむフラン。血が噴き出して辺りの枯葉を濡らしていく。 「あの世で後悔しろよ。」 ハナ族は恐ろしく冷たい目でフランを見下ろし、やがて亡霊のように生気のない足取りで城へと向かって歩き出した。
ハラレニの城では宴も終わり、静けさを取り戻している。祭りの後の寂しさは誰でも経験したことはあると思うが今宵はそれとは無縁だった。特に国王とシュンケは2年ぶりの再会だ、話は尽きない。ラトはもういい時間なのでふかふかベッドの中でとうに眠りについている。それぞれの時間を過ごしている時、国王とシュンケたちがいる貴賓室にレンドがやってきた。
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