20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:空族とハナ族とハラレニ国王の憂鬱 作者:空と青とリボン

第6回   6
あぜ道を抜けるとすれ違う人もいなくなった。風に揺られた枯葉がからからと乾いた音を鳴らし、その音は誰にも知られることもなく次々と林道の上に落ちていく。その中をノックはまだ見ぬご馳走に思いを馳せつつ先を急いでいた。
すると食べ物のことで頭がいっぱいだったノックの背中に何の前触れもなく突然悪寒が走った。
「何だ?」
ノックは一人呟く。悪寒が走ったのを機にノックは今自分が一人でいることを思い出した。とたんに心細くなる。
「急ごう。」
今度は食べ物の為ではなく、この心細さから一刻も早く抜け出したくて歩みを速める。
「あんた、空族だね。」
まるでタイミングを計っていたかのような突然の声にノックは心臓が止まりそうになるくらいに驚き思わず振り向いた。
「そうだけど・・・。」
いつの間にか背後に見知らぬ男が迫っていた。ノックは男の存在に恐れ慄く。
男はノックが怯えているのが分かったのか奇妙な笑みを浮かべ
「そんな怖がらないでよ。俺と君とは前に会ったことがあるんだよ。」
ノックは男の意外な言葉にまた驚きすぐさま自分の記憶を辿った。しかしどんなに辿ってもこの男と出会った時のことを思い出せない。
「あんたも俺のこと忘れたのか。」
男はそう言って苦笑いした。ノックは警戒し始めた。ここ7年間は人間への恐れを忘れ気ままに楽しく暮らしてきたが、この人間からは自分たちを迫害していた人間と同じ匂いがする、そう思ったノックは「先を急ぐので。」と一応ことわりを入れ再び歩き始めた。
とにかくこの人間から少しでも遠くに離れたかった。それなのに男は突然ノックの前に飛び出した。驚愕したノックの体は瞬時に固まった。
「なっ・・・なんなんですか!?」
ノックは頭の中で鳴り響く警戒音に耐えながら男に尋ねた。しかし男はそれには答えず奇妙なことを語りだす。
「空族と俺は似た者同士だったよな。空族は人間に迫害され殺され、俺は人間に利用され奴隷にされ人生を殺された。共に人間を恨んでいたはずなのになぜ空族は何事もなかったかのように人間と楽しくやっているんだ?」
感情が見えない不気味な唇から放たれる、意味深な言葉にノックは唖然としている。
何が言いたいのか分からないんですけどなどと言ってみようものなら最悪なことが起こりそうでノックはひたすら黙っていた。男はノックの存在など眼中にないかのように語り続ける。
「俺だって人間の世界に溶け込もうと頑張ったさ。でも駄目だった。どうやっていいか分からないんだ。それなのに空族はいとも簡単に人間どもと楽しそうにお喋りだ。何が違う!?俺と空族と一体何が違う!?なぜお前らは人間を恨まない!?なぜ人間は俺を捨てた!?なぜだ!!」
男はノックに言っているのか誰に言っているのか分からなくなっていた。自分の気持を吐露しているうちに興奮し完全に自分を見失っている。突然発狂したかのような男の姿にノックは戦慄を覚えた。
殺される・・・!早く逃げないと!!ノックが翼を広げ飛び立とうとしたその時だ。男がいきなりノックの腕を掴んだ。驚愕し震えるノックの目の前にいるのは先ほどまでの興奮状態の男ではなく、背筋が凍るほど冷酷な目をしている男だった。まるで死神に腕を掴まれたかのように絶望的な気持ちになっているノックに対し男はさらに
「俺のことを思い出せないのなら思い出させてあげますよ。」
しかし恐怖で震えているノックの耳に男の声は聞こえない。
「俺はハナ族。恨むなら俺をこんな人間にしたハラレニ国王を恨んでくださいよ、あの世でね。」
口調も態度も冷静そのもの、でも言っていることは死への引導。そして男は懐から拳銃を取り出し銃口をノックに向けた。ノックは目を見開いて息を止めて男を見つめる。
やっと自由になれたのになぁ・・・。もっと食べ歩きたかったなぁ・・・。楽しかった7年間がノックの脳裏に蘇る。そして次の瞬間。林に銃声が鳴り響いた。
木々で憩っていた鳥たちが銃声に驚き一斉に飛び去って行く。

 シュンケとラトとルシアとカリンはようやくハラレニの町へついた。色の見本市のような彩あふれる町の中であってもシュンケの白くて美しい大きな翼は一際目立つ。ルシアの翼も白く美しいがシュンケは体格がいいのでよけいに人目を引くのだ。シュンケの突然の訪問に町の人々は色めき立ち、また喜びながら空族の元へ集まってくる。
「久しぶりじゃないか、シュンケ。元気そうじゃないか。」
「シュンケ、久しぶりね。今回はゆっくりしていけるの?」
次から次へと声をかける町の人々にシュンケは笑顔で答えた。町は歓迎の色一色でシュンケ達を温かく迎え入れる。ちょっとした人だかりが出来てしまい前に進むのも困難だがこの歓迎ぶりはシュンケもやはり嬉しかった。
「ところで、その子かわいいわね。シュンケの子よね?」
女の人がラトを見ながら目を細めて聞いてくる。シュンケに子供が出来たことはジャノが何気なく友人に喋り、それがあっという間に広まったのでこの町の多くの人が知る事となっていた。
「あぁ、名前はラト。これからたびたび遊びにくることになるかもしれないからその時はよろしく頼む。」
シュンケが父親らしく頼むと町の人々は感激し
「まかせてちょうだい。」と笑顔で答えた。
ここにはこんなにも穏やかで優しい触れ合いがある。
だが一人だけこんな暖かな場所にひどく不釣り合いな陰鬱な眼差しでシュンケたちを見ている者がいた。ハナ族のあの男だ。男は柱の陰からシュンケたちと町の人々の触れ合いをさっきからずっと見つめていた。その目はなんの感情も映さない。ただ無表情で見ているだけ。
「!」
男は一人の兵士がギシギシと鎧の音を立てながらシュンケ達に近づいていくのに気づいた。そのとたんに男の目にとある感情が浮かび上がる。それは男が初めて見せる期待の色。あの兵士が空族に対して何かしでかすに違いないと期待しているのだ。兵士がシュンケたちに近づくにつれその期待はどんどん膨らんだ。一方、シュンケたちはその兵士の存在などまるで気にも留めない。
「いけっいけっいけ!!」
男は興奮して呟く。しかし男の期待はまもなく裏切られた。兵士はシュンケの前に立ち止まると片手を差し出し握手を求めたのだ。
「シュンケ、ようこそ。ずっと待っていたんですよ。」
「やぁ、リデ。もっと早く来たかったがいろいろ忙しくてな。元気そうでなりよりだ。」
シュンケもにこやかに握手に応じた。シュンケとこの兵士は知り合いだった。この若き兵士はリデといってシュンケがハラレニに来るたび剣の手合せを願いでているのだ。シュンケもリデの若者特有の初々しいさとやる気を頼もしく思いそれを受けて立っていた。
「シュンケと剣を交えるといろいろ勉強になるんだ。今回も盗むつもりでいくから本気出してくださいよ。」
「あぁ分かっている。手加減なしだ。後で城へ行くつもりだからその時に。」
といってもシュンケの方がリデより剣の腕前は一枚も二枚も上なので内緒で手加減をしているが。それをリデも分かっていて、それでもいいからシュンケから戦いの技術を学ぼうと一生懸命なのだ。リデは瞳を輝かせながら「約束ですよ!」と言ってその場を離れた。
そのやりとりを始めから終わりまで見ていた男の顔が一変した。苦痛で顔を歪めている。悔しさと憎悪が体中を支配し唇が小刻みに震えている。期待していたこととはまるで真逆のことが目の前で起こったからだ。
町の人々の歓迎の輪の中にいる空族たちを憎しみの塊となってしばらく見ていたが、不思議な事に次第に男の目から憎しみが消えて行った。そして一瞬浮かび上がった悲しみの色。しかしそれは一瞬のことで、またなんの感情も持たない男に戻りどこかへ消えて行った。

 町の人々の再会も一通り済み、シュンケたちはジャノとナーシャの家へと向かった。カリンはジャノの家の扉をノックする。
トントン。
すぐに扉は開いた。ジャノはカリンの顔をみると笑顔で中へどうぞと勧める。そこでシュンケやルシアの存在に気づき、ジャノは飛び上がらんばかりに驚いた。
「シュンケじゃないか!びっくりしたよ。いつここへ来たんだい?まぁそんなのいいか。中へ入ってよ。」
ジャノは嬉しくてたまらない様子。声がゴムボールのように弾み、誰が見てもうきうきしているのが分かる。
「久しぶりだな。この前会ったのが二年前だからそれ以来だな。」
シュンケもジャノに会えたのが嬉しそうだ。そんな二人のやりとりを傍で見ていたルシアが
「なんか僕の存在忘れていない?ジャノのリアクション薄いんだけど。」
ちょっと拗ねてしまったのだろうか唇を尖らせている。
「ごめんごめん。そんなことないよ。ルシアとも会えてとっても嬉しいんだ。でも実はルシアのことは三か月前に見かけたんだよ。だから久しぶりの気がしなくて。でもこうして話せるのはとても嬉しいよ。」
「見かけた?どこで?」
「ジサで。ジサに用があって出掛けた時に町でルシアのことを見かけたんだ。」
「見かけたなら声かけてくれたら良かったのに。」
「ごめん。なんか女の人に声をかけるのに忙しそうだったんで悪いかなと思って。」
ジャノは深い意味も悪気もなく説明したがルシアにとってはやぶへびだったようで
「おじゃしまーす。」と慌てて中に入って行った。
シュンケたちはリビングに案内され腰を下ろした。するとそこへナーシャがやってきた。
「シュンケ!ルシア!」
ナーシャは感激の声を上げてシュンケたちを出迎える。カリンとはよく会っているのでいらっしゃいと笑顔でにこやかに挨拶した。
「突然来てしまって悪かったな。」
シュンケが申し訳なさそうに謝ると
「いいのよ、そんなこと!いつでも大歓迎よ。」
ナーシャは満面の笑顔で答えた。喜びのあまりに今まで気が付かなかったがようやくラトがいることに気づいたナーシャは
「こんにちは、ラト。大きくなったわね。私のこと覚えているかな?」
ナーシャは母性溢れる優しいまなざしをラトに向ける。ラトは元気よく顔をブンブンと横に振った。それを見て少し残念そうにしているナーシャだが
「2年前といったらラトが一歳の時に会ったっきりだ。覚えていないのも無理はあるまい。」
シュンケがフォローを入れると「それもそうね。」と明るく返事をした。
「しかし随分大きなおなかしてるね。そこに何人はいっているの?」
ルシアがナーシャのお腹を見て感心しながら聞くとナーシャは愛おしそうにお腹をなでながら
「一人よ、たぶん。」
「たしか来月生まれるんだったな。ナーシャもいよいよ母親か。おめでとう。」
シュンケは感慨深げに心からナーシャを祝福した。
「ありがとう。」
ナーシャはとても嬉しそうだ。そこへジャノがコーヒーを持ってやってきた。
「男のかな?女の子かな?」
カリンがわくわくしながら尋ねると
「どっちでもいいさ。元気で生まれてきてくれたらそれで十分だよ。」とジャノ。
「翼生えてると思う?生えてないと思う?なんせ人間と空族の間に生まれてくる子は初めてだからどっちだか分からないよね?」
今度はルシアが興味津々にナーシャに聞いた。
「どうかしら。それも生まれてきてからの楽しみの一つね。」
ジャノがシュンケたちにコーヒーを差し出す。
「「ありがとう。」」
お礼を言うシュンケとカリン。だがルシアはコーヒーカップを覗き込みながら
「これちゃんとミルクと砂糖入ってる?僕、コーヒーは甘党なんで。」
「ちゃんと入っているわよ。相変わらずルシアは遠慮ないわね。少しは謙虚になったら?」
すかさずナーシャがつっこみをいれるがジャノはルシアが相変わらずで嬉しかった。
空族のみんなが変わらずに元気でいてくれることがたまらなく嬉しい。そしてジャノとナーシャ、シュンケ、ルシア、カリンはお互いのことを聞いたり話したりして楽しいひと時を過ごした。
夜になり、月が昇り星が輝き大気が寒々としてきてもジャノと空族たちの会話は途切れることなく夜中まで続いた。ラトはジャノの発明品をおもちゃだと勘違いしたのかいたく気に入ってずっとそれで遊んでいる。
あまりに話が尽きなかったので城へ行くことも忘れていたシュンケたち。ジャノとナーシャの厚意で今晩はここに泊めてもらうことにした。
 翌日、にわとりの鳴き声でシュンケとカリンは目を覚まし、ルシアはカリンのいつまで寝てるの?!という呆れ声で目を覚ました。ジャノのお手製の朝食がふるまわれ三人とラトは舌鼓をうつ。ナーシャもジャノのスクランブルエッグが大好きで朝食はもっぱらジャノの担当だった。朝食が終わるとラトはさっそくジャノの発明品で遊び始めた。ジャノはそれをしばらくは微笑みながら見ていたが、ふとあることを思い出した。
「そういえばラトって将来は空族の頭領になるんだよね。」
「あぁそうだな。頭領の家に生まれた者は頭領になる宿命がある。ラトにも私の跡を継がせるつもりだ。」
シュンケはそう言うと胸にかけられている貝で出来た笛を見つめ
「その時が来たらこの笛をラトに譲る。」
この笛は頭領になる者に代々受け継がれてきたもの。シュンケは九歳の時に父親であるカーターから譲られカーターはカーターの父ヴィサンから譲られた。この笛は頭領である証。笛の音が二度鳴った時は「逃げろ」の合図。空族が人間の迫害から逃れるための合図として使われてきた笛だがここ十二年間はほとんど使われることはなかった。
特にジャノの翼のおかげで完全な自由を手にいれてからは全く使うことがなくなった。だから今は形だけの笛となったがそれでも頭領の証であるこの笛をシュンケは大事に守ってきた。
「ちょっと吹いてみてよ。」
ルシアが冗談まじりに言った。
「ルシア、冗談でもやめてよ!思い出したくないんだ。」
カリンが怒った。
「吹くのは構わんが嫌な思い出が蘇る者もいる。吹くのはやめておこう。」
シュンケもカリンとナーシャの気持ちを慮って断った。
「冗談だよ、冗談。」
ルシアは軽い調子で冗談だと謝ったが内心ちょっと軽率だったかなと反省した。
「ルシアって本当に過去を振り向かないわよね。そこだけは見習いたいわ。」
ナーシャが心底感心している。
「過去を振り返ったって失くしたものが戻ってくるわけではないからさ。だったら前を見ないとね。」
ルシアが当たり前のように答える。いつも口が悪く一言余計で他人をからかってばかりのルシアだけど空族はこのルシアの軽さ、前向きさに救われていることも確かだ。
「ルシア、カリン。これからもラトを支えてやってくれ。」
シュンケが期待を込めルシアとカリンに言った。
「そんな何かのフラグみたいなこと言わないでよ。父親であるシュンケが支えればいいでしょ!」
珍しく真剣な顔でルシアが反論すると
「そうだよ、もう時代は変わったんだもの。シュンケが責任を持ってラトを頭領に育ててよ。」とカリンも珍しく強気で言う。
「そうだな。すまなかった。」
シュンケはハハハっと笑いながら謝った。
ナーシャがふと時計を見た。時計の針はもう8時を指している。
「ジャノ。もう城へ行く時間よ。」
「あぁもうそんな時間か。僕はこれから城へ行くよ。シュンケたちも国王に会いにいくんでしょう?一緒に行こう。」
「そうだな。そうしよう。」
シュンケが立ち上がりそれに続いてカリン、ルシアも立ち上がる。シュンケはラトを抱え上げた。ラトはまだおもちゃ(ジャノの作品)で遊びたいとだだをこねるがシュンケはお構いなし。
ジャノがドアに手をかけた時だ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1433