20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:空族とハナ族とハラレニ国王の憂鬱 作者:空と青とリボン

第5回   5
場面は変わってここはハラレニの城。フランはひどく慌てた様子でジャノの研究室に飛び込んできた。フランは部屋に入ったとたん背中にあった翼を下ろし机の上に放り投げた。翼を乱暴に扱うフランにジャノはいささかムッとする。しかしフランはそんなジャノにはお構いなく興奮しながら
「飛行機という物の存在を知っているか!?」
いきなり尋ねられ、あぁまたかとジャノは思ったが
「知っていますよ。」
「これからは飛行機の時代だ!ジャノの翼より速く!高く!遠くまで行ける。飛行機の時代がやってくるぞ!!」
フランは興奮しすぎて息が荒い。そしてそのまま踵を返し部屋から飛び出していった。
「飛行機の時代になっても僕は構わないのになぁ。」
ジャノは一人呟く。それはどこか自分自身に言い聞かせる様で。放り投げられた翼に目をやる。そして何気なく翼に触れた。つい先ほどまで飛んでいたのであろう、翼にぬくもりが残っている。このぬくもりは今までのジャノの人生そのものだ。やっぱり消せない一抹の寂しさ。ジャノはこれじゃいかん、いかんと首をふり、また図面に向かった。
 
王の間では国王と金庫番が何やら話し込んでいた。
「国王、ジャノの翼の研究費がかかり過ぎています。我が国の財政から見れば翼の研究費はさほど痛手ではないのは確かです。しかしこの豊潤な財政がいつまでも続くとは限らないのです。いつか我が国の財政を圧迫することになるやもしれません。」
「うむ。分かっておる。しかしやっとここまでこぎ着けたのだ。今更、翼をなかったことになど出来るわけがなかろう。」
「しかし、王。ジャノの気持ちを慮ってなどと言ってはいられません。それにフランは城の資金で金充石を山のように購入しています。王からもフランに言ってやってくれませんか。」
金庫番が王に進言している中、フランは興奮冷めやらぬままで王の間に入ってきた。
「失礼いたします、国王。実は国王にお聞かせしたいことがありまして。」
「なんだ。」
「国王は飛行機というものをご存知ですか。」
国王の眉がぴくっと上がる。フラン、お前もか。
「知っておる。その飛行機がどうした。」
「これからは飛行機の時代です!ジャノの翼よりずっと性能がいいそうです。それに金充石は必要としないと聞きました。」
「金充石を使わないのか?」
国王が幾分興味を示したようだ。そこでフランに存在を無視されていた金庫番が口を挟んだ。
「私もその噂を聞きました。なんでも飛行機はジーゼルで動くそうです。」
「石油か。」
「はい。それと石油で思い出しましたがパンジャ国の東側の海から石油が採掘されたとの報告を受けました。なんでもこれからは金充石に代わって石油が重宝されていくとのもっぱらの噂です。まったく金充石といい石油といいパンジャ国はどこまで資源に恵まれたら気が済むのでしょう。羨ましすぎます!」
金庫番がため息交じりで心底羨ましがっている。
「石油はパスキ辺りでも採掘され始めているな。これからは確かに石油の時代かもしれん。」
国王と金庫番はしみじみと飛行機には関係ない話をすすめるのでフランは慌てて割り込む。
「今は飛行機の話をしているのです。」
「あぁすまん。」
「国王!早速飛行機を輸入致しましょう!」
突然のフランの申し出に国王も金庫番も面食らった。
「いきなり何を言いだすのだ。飛行機はまだ完成してないと聞いたぞ。」
「もうすぐ完成するそうです。他国はもう飛行機の購入を決めております。我が国も遅れをとってはなりません!!」
フランは力説するうちにどんどん前のめりになっていく。
「だが飛行機はまだ完成しておらん。」
国王は言った。なかなか決断しようとしない国王にフランは苛立つ。
「国王!ジャノのことを気にしていらっしゃるのでしょう?しかしジャノの翼はもう無用の長物なのです。ジャノの翼では飛行機に追いつくことは出来ません。」
フランは国王にじりじりと詰め寄る。フランの悪い癖で興奮すると目の前にいるのが国王であることを忘れてしまうのだ。金庫番は眉をしかめた。
「フラン、国王に対して失礼な行動は慎みたまえ。」
金庫番が窘めるとフランは仕方なさそうに少し下がった。
「これは失礼致しました。しかしこれからは飛行機です。どうか我が国への導入をご検討下さい。」
フランは国王の同意が得られると信じて疑わない。フランはかつてあれほど空族の血に執着し、その後はジャノの翼で飛び回っていたはずだが・・・。用がなくなったら放り投げるとは随分現金なものだと国王はいささか呆れたがフランの言っていることには一理ある。国王も分かっていた、ジャノの翼は飛行機に取って代わられると。そしてこれからは飛行機の時代がくると。すると今度は金庫番が
「国王、他国が飛行機の購入を決めたのなら我が国もそれに後れをとってはなりません。戦争などというのはあってはなりませんが万が一そのような事態に陥った時にジャノの翼と飛行機では出来る事にあまりに差がありすぎます。」
フランは思いがけず金庫番から援護射的を受けひどくご満悦だ。しかし王はいまだ決めかねている。ジャノのことを思うとすぐには即答できないのだ。7年前のジャノの必死さが王の脳裏に蘇る。
翼を披露し、一度失敗した時だ。再度の挑戦をシュンケに止められた時、ジャノは言った。
「今までの人生もこれからの人生も無意味なものにしたくない。」と。そうしてジャノは飛んで見せたのだ。その時のジャノの真剣な表情が昨日の事のように思い出された。
しかし、だ。国王というものはおのれ一個人の情や感情に流されてはいけないのだ。目の前の情をとって国民の命を危険に晒すなどということはあってはならない。国王は国と国民を何よりも最優先させなければならない。それによって自分に近しいものが泣くことになっても決断しなければならないことがある。
「分かった・・・。検討しておこう。」
国王は苦渋の決断を下した。

 ハラレニの城下町から南に下がった村。のどかな田園風景が広がっている。稲刈りはもう済んだ。今は刈り取られた稲の根元が今年の豊作を自慢げに語っている。轍が刻まれたあぜ道で空族のノックは農民と親しそうに話していた。
「この辺りでおいしい食事にありつける場所はないかな?」
ノックは空族一の食いしん坊で美味しい食べ物を探して世界中を自由気ままに旅しているのだ。
「それなら町に入ったらボムの店に行くといい。あそこのピザは天下一品だ。あとスラリーが出してくれるコーヒーは一度飲んだら病み付きになること請け合いだ。スラリーの店は街角にあるぞ。行けばすぐわかる。コーヒーカップの形をした看板が目印だ。ノックもきっと気に入ると思うよ。」
「ありがとう。」
ノックは意気揚々と町に向かって歩き出した。頭の中に浮かぶのは出来たてのピザとコーヒー。ノックは思わず唾をごくりと飲んだ。幸せいっぱいのノック。だが幸せは時に人を不用心にする。ノックは背中に迫る黒い影に気が付かなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1443