「シュンケ、聞きたいことがあるんだけど。」 「聞きたいこと?なんだ聞きたいことって。」 「シュンケの口説き文句を教えてくれない?」 「口説き文句?そんなのあるはずがないだろう。」 シュンケは愉快そうに笑って皆の所へ戻ろうとする。 「待ってよ。あるでしょ。ローラを落とした口説き文句が!」 ルシアは聞き逃してなるものかと食い下がった。 「そんなものなかったぞ。気づいたら一緒にいて自然と付き合うようになっただけだ。」 「そんなの参考にならないよ!」 「参考?なんの参考だ。」 ルシアはしまった!と口を手で塞ぐ。だがすぐに気を取り直し 「じゃあさ、女にモテる秘訣とやらがあったらお・・・。」 この時、ルシアはハッとした。背中に視線を感じたからだ。恐る恐る振り向く。おばば様だ。ルシアはどっと敗北感を味わう。よりによっておばば様・・・。おばば様は意味ありげな笑みを浮かべている。シュンケもおばば様に気づき 「今、持っていきますのでおばば様は座っていてください。」 「うむ。」 しかしおばば様は行こうとしない。シュンケはぶどう酒を片手に皆の所へ戻っていった。 「おばば様、何か。」 ルシアが尋ねると 「そなたも人間の娘相手には苦労しているようだのぉ。どうだい、そろそろ空族の娘で我慢してみたら。」 「苦労したほうが面白いんですよ。簡単になびいたらつまらないじゃないですか。」 ルシアは格好つけて言ってみせた。 「そんなつよがりばかり言っているとわしみたいに一生独身で終わるぞ。」 「・・・えっ。」 ルシアは目を丸くした。おばば様って独身だったの?ずっと!?何百年も?いや何百年もは生きてないだろうけど。衝撃の事実だ。おばば様はフフフ・・・と笑いながら皆の元へ戻って行った。 「ショックだ・・・。早く彼女見つけないとおばば様みたいになる。」 おばば様ってもしかして魔法使いなのではと疑っているルシアは思わず身震いがした。
宴は進み、皆の顔もいい感じに出来上がってきた。宴を盛り上げようとトーマスが妙な踊りを披露し、皆が歓声を上げる。人間に迫害され続け、絶滅寸前まで追いこまれた空族が「今」を思いっきり楽しんで生きようとしている。まるで、笑って生きることで過去に受けた傷を癒そうとしているみたいに。笑顔が体の免疫力を高める事を知っているかのように。 シュンケはカリンのグラスにぶどう酒を継ぎ足す。カリンはもう20歳を越えていた。お酒もそこそこたしなむようになっていた。 「そうだ、ルシアから聞いたぞ。個展を開いたそうじゃないか。凄いな。」 シュンケは心底感心している。しかしカリンはとたんに浮かない顔になった。 「いや・・・それほどでもないよ。」 カリンは心ここにあらずで答えた。シュンケはカリンの様子がおかしいことに気づく。 自分の作品を誰かに見てもらえるということはとても嬉しいことのはずなのにカリンはなぜこんな沈んだ顔をしているのか・・・。シュンケはとても気になった。するとルシアがシュンケの隣に座り込み 「カリンは気にしているんだよ。自分の絵が評価されているわけじゃなくて、空族が描いたという物珍しさで評価されているんじゃないかってね。」 カリンは唇を真一文字に結んで俯いている。その姿がそのとおりだと言ってるのも同然だった。シュンケは驚いてカリンを見つめた。そんなことで悩んでいるのか・・・。 「まったくカリンらしいよね、そんなことで悩むなんてさ。仮に空族が描いた絵が珍しくて寄って来たとしてもさ、絵の出来がたいしたことなかったら皆去っていくから。人間なんてそんなものでしょう?気に入らなかったら容赦なく去っていく。」 ルシアの言うことはまるで実体験でも語っているかのように感情が籠っていた。人間の女に去られっぱなしのルシアだからこそ言えることでもある。 「カリン。」 シュンケの真面目な声にカリンは顔を上げた。 「いいか、カリン。チャンスというものは人それぞれに様々な形で与えられる。それはすべてに平等とはいかないかもしれん。だが、与えられたチャンスはそれを与えられた者にしか使いこなせないものだ。仮に遠慮してそのチャンスを誰かに譲ったとして譲られた者はそれを喜ぶと思うか?カリンに与えられたチャンスはカリンに見合った形をしている。それを譲ってもらってもその者が手に余るだけだろう。だったら自分のチャンスは自分で使いこなしてみろ、最後までな。それにな・・・。」 カリンの目に涙が浮かんでいる。 「お前の絵は本当に素晴らしい。私は何度も見たんだ、よく知っている。お前の絵は空のように暖かくて綺麗だぞ。」 シュンケの言葉がカリンの心に染み入り、ずっと感じていた迷いを隅に追いやっていく。 「自信を持て、カリン!」 力強いシュンケの声が心の隅に固まっていた迷いを外へと掃き出した。その瞬間、瞳から涙がこぼれた。 「あぁ、ほらまた泣いた。シュンケ、カリンの泣き虫も治してやってよ。」 そう言いつつルシアの顔は嬉しそうで。ルシアもずっと気がかりだったのだ。 カリンは吹っ切れた様子で 「ありがとう。」と何度も言う。カリンの清々しい笑顔は自分で描いた絵に負けず劣らず輝いていた。 「まぁ、飲め。」 シュンケは安堵してぶどう酒を注ぐ。カリンはそれをごくっと一息で飲み干した。
「・・・そりゃあ、飲めとはいったけどさぁ・・・。」 ルシアがあきれ顔で 「カリンがまさかザルとはねぇ。」 次々とからになっていくグラスを見てシュンケも驚いている。どうやらカリンは優しそうな見た目からは想像もつかない酒豪の様だ。宴は静寂を知らないまますくすくと育て上げられていく。そんな中、トーマスは朗らかに笑い合う仲間たちを見つめながらしみじみと呟いた。 「空族がこんなに自由になるなんて7年前には思いもよらなかった。人間界でカリンが個展を開いたり、シュンケが国王と友人になったり、皆が好き勝手に人間界を旅したり、ルシアが人間の女を口説きまくってフラレ続ける日々なんて誰が想像出来ただろう。」 「僕は振られているんじゃなくてこちらから振っているんだからな!」 ルシアは聞き捨てならないとばかりに抗議をした。トーマスは「ハイハイ。」と適当にあしらう。ジムも楽しそうにはしゃぐ仲間たちを見渡しながら感慨深げに続く。 「空族の運命がこうも変わるなんて人生とは分からないものだ。これもみなジャノのおかげだ、そう思わないかシュンケ。」 「あぁそうだな。ジャノのおかげであるのは間違いないがジャノの翼が完成されるまで我々空族を滅ぼすことなく生き残らせてくれた親や家族、祖父母、仲間たち、すべての先祖たちに感謝しよう。」 シュンケはそういうと夜空に向かって盃を掲げた。まるで天国にいる仲間たちと酒を酌み交わすかのように。ジムもそれに続いて盃を掲げた。ナタリーも感慨深げに夜空を見つめていたがやがて我に返り 「ふと思ったのだけど私たちの祖先をずっと遡っていけば鳥になるのかしら?それとも人間なのかしら?人間だとしたら私たちは突然変異で翼を持ったことになるけど。」 「さぁどうだろうな。おばば様は何か知っていますか?」 ジムが興味深そうにおばば様に尋ねた。おばば様は首を横に振った。 「残念ながらそれはわしにも分からぬ。そういうことを考える暇も誰かに聞く暇もなかった。生き延びることに精一杯だったからのう。だが、自分のルーツに考えを巡らす時間を持てるのはとても幸せなことじゃな。」 「そうですね、考えても答えが出ぬことを延々と考える時間を持てることこそが幸せなのかもしれません。」 皆がそれぞれに自分たちのルーツに思いを馳せた。なぜ空族がこの世に生まれたのか。 なぜ自分たちが空族なのかを。 「鳥といえば鶏とかは一万羽に一羽くらいの割合で両性体の鶏が存在するらしいですよ。」 突然こう切り出してきたのは人間界を旅するのが大好きなモダルであった。鼻高々に話し始めたモダルをルシアは胡散臭そうに見ながら 「なんだよ、モダル。突然そんなうんちく披露してきてどうしたの?」 「人間界で友達になった養鶏所のおじさんが教えてくれたんだ。」 「なぜ養鶏所のおじさんなんかと仲良くなったのさ。」 「話せば長くなるから別にいいだろう。」 「長くなるなら別にいいけどさ。興味ないし。」 「両性体ねぇ。男と女の両方の性を持つ者ね。なんだか一石二鳥で便利そうだわ。」 ルシアと違ってナタリーは興味が尽きないようだ。 「両性体と言えば私たち空族には両性体が生まれやすいんでしたよね?おばば様。」 「あぁそうじゃ。空族は両性体を生み出しやすいみたいじゃの、お前たちの前の世代にも二人の両性体がいたぞ。二人とも残念ながら若くして人間たちに殺されてしまったが・・・。タチルはあの子たちのことを覚えているよのぉ。」 「はい、よく覚えています。両性体に生まれたついたけど分化する前に死んでしまった・・・。」 タチルはおばば様と同じように珍しく長生きしているので今の空族が知らないようなことも知っている貴重な存在なのだ。若くして命を落としてしまった二人の両性体の仲間のことを思いやる空族たち。ふいに重苦しい空気が漂い始めた。すると突然、その空気を断ち切るかのようにルシアがひと際飄々とした声で 「じゃあさ、もしかしてこの中にも実は両性体がいたりして?」 「この中に?」 皆がお互いに顔を見合わせてそわそわし始めた。 そんな中、カリンだけがびくっと肩を震わせた。酷く動揺しているようにも見える。そんなカリンの顔をルシアは何か言いたげにまじまじと見つめる。居心地が悪くなったカリンは耐えきれなくなって声を荒げた。 「ルシア、僕の顔になにかついている?人の顔を意味ありげにじろじろ見るなんて失礼だぞ!」 「別に?そんなムキになって怒るなよ。僕はただカリンが女顔だからもしかして女でもあるんじゃないかと思っただけ。」 「なっ!?失礼な!」 カリンは途端に顔を赤くしてルシアを睨んだ。ルシアの悪態に慣れていて、いつもなら適当に受け流すカリンがこうもムキになるのは珍しい。 おばば様は意味ありげに微笑むと、また二人のじゃれあいがはじまったかとでも言いたげな眼差しを二人に送った。それを見たシュンケもまた何か言いたそうな表情を一瞬浮かべたがすぐにそれを飲み込んだ。 一方、ルシアはちょっとからかいすぎたかなと内心反省し戸惑った。微妙な空気が辺りを包み込む。シュンケはこの空気を変えようと 「今宵は楽しい宴だ。つまらぬことにこだわって宴を台無しにするのがお前たちの本意ではあるまい。楽しくやろうではないか。とりあえずルシア、お前はカリンに謝れ。」 「・・・ごめん、カリン。」 ルシアはシュンケに促されてばつが悪そうに謝った。 「こちらこそむきになってごめん、ルシア。せっかく久しぶりに村に帰ってきたんだ。楽しく過ごそう。」 そう言ってカリンは手を差し伸べた。ルシアは照れくさそうにその手を取った。仲直りの握手だ。 「よし、今宵は朝まで飲み明かそうぞ!!」 「うおぉおお」 シュンケが盃を掲げるとそこかしこから歓声があがった。宴の再開。夜空でさらさら揺れる星たちは賑やかな空族の宴を静かに見守っている。
ルシアとカリンが空族の村に帰ってきてから二日が経った。そろそろ帰らないとフランキーさんが心配するかもと思ったカリンはハラレニに戻る事にした。ルシアは眠たそうな顔をしている。 「そろそろハラレニに戻るよ。」 カリンがシュンケに言った。 「そうか。元気で頑張れよ。」 シュンケが名残惜しげに握手を求めた。シュンケの足元でラトがじぃっとカリンを見つめている。この二日間、ラトはカリンにたくさん遊んでもらった。人あたりが柔らかいカリンは子供にも好かれるのだ。ラトはもっと遊んで欲しそうな顔をしている。カリンは決心し、この二日間考えていたことをシュンケに言ってみることにした。 「ねぇ、シュンケ。ハラレニに遊びにこない?」 隣でそれを聞いていたルシアも一気に眠気がさめたようだ。シュンケは驚いている。 「ハラレニ王がシュンケに会いたがっているとジャノから聞いたんだ。ジャノもシュンケと会いたがっている。」 「だが・・・。」 シュンケは躊躇していた。そしてラトを見た。ラトの瞳はキラキラしている。 「しかしラトがいるからな、そう簡単には遠出は出来まい。」 「だからラトも連れてさ。王やジャノ達にラトを見せてあげたらどうかな?」 シュンケは考え込んだ。そういえばラトが生まれてから何かと忙しくハラレニの町へはなかなか行けなかった。前回ハラレニを訪れたのは二年前。しかも半日の滞在で帰ってきた。その時はラトはジム夫妻に預かってもらったからラトは空族の村でお留守番だった。ジムとナーシャも以前は半年に一回ぐらいは空族の村に帰ってきていたのだがジャノが忙しくなってきてからは年に一度帰ってくればいいほうだった。 ラトの成長をジャノたちは二年近く見ていない。 王やレンドにはまだお披露目さえしていなかった。子供の成長は速いものだ。ジャノ達に見て欲しい。 何よりラトに人間の世界というものを経験して欲しいと思った。人間が作ったものに触れ、人間に触れ、人間というものがどういうものかラトに知って欲しい。ラトの見聞を広げる。これはいい機会のように思えてきた。 「そうだな。久しぶりにハラレニに行ってみるか。」 カリンの瞳が子供のように輝きだした。ルシアも目を丸くしている。そして 「じゃあ僕も行く!!僕もハラレニに行くよ!」 「ルシアはもう少しここでゆっくりしていけばいいのに。」 カリンは言うが 「ここは相変わらず退屈でさ。だって何もすることがないんだもん。」 ルシアはもう行く気満々だ。 「そうだな、ルシアの好きにしたらいい。おばば様に報告してくるからちょっと待っていてくれ。」 シュンケはラトを連れておばば様の家へと向かう。シュンケは子持ちとはいえまだ27歳。貫録がありすぎて皆忘れているが。シュンケだとて好奇心はまだまだ健在なのだ。カリンとルシアはわくわくしながらシュンケたちが来るのを待った。
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