ここは王の間。王の背中は重々しい空気を抱えている。レンドに緊張が走った。 「もしかして、また犠牲者が・・・。」 レンドは危惧していたことを口に出した。王は苦渋に満ちた表情だ。 「今朝方、トム・ロジャーが何者かによって銃殺された。」 「トムが!?」 レンドは驚愕し息を飲む。 「どうやら一人になったところを狙われたらしい。」 「・・・これで一週間で二人目ですか。」 レンドは苦痛に顔を歪め、湧き上がってくる怒りを懸命にこらえる。 「一体誰がこんなことを・・・!なぜわが軍の兵ばかり狙うのでしょう。」 「我が兵士ばかりを標的にしている理由は分からぬ。いずれも金品を奪われたわけでもなく、もしやテロかとも思ったがまだ犯行声明も出ていない。」 「快楽犯の類でしょうか。」 「それも分からぬ。なぜ戦闘に長けた兵士をいとも簡単に射殺出来るのか。我が国に対しての挑発か、いや、私に対しての警告かもしれん。」 レンドはハッとして王の顔を見つめた。王に不届きな挑発を繰り返す者がいるなんて到底許されざることだ。レンドの怒りの炎はゆえに燃え上がる。 「レンド。そなたも十分に気を付けるように。相手は相当の手練れだ。皆にも十分に警戒するように伝えてくれ、単独行動は極力避けるように。屈強な兵隊を抹殺することが出来る者が相手だ、用心に用心を重ねても余ることはない。」 「はい。」 「この件に関してはトラボルタに詮索させているが進展はないようだ。そなたも捜索部隊に加わり敵の正体を探ってくれ。」 「かしこまりました。」 レンドが事の重大さを認識した。警戒心を弓のように張り詰めてトラボルタの所へ向かおうとした時だ。王が突然レンドに切り出す。 「それはそうとレンド。そなたは飛行機というものを耳にしたことがあるか。」 「えっ、飛行機ですか?」 突如、今までの話となんの関係もないことを切り出されレンドはきょとんとする。 「あぁ、聞いたことはあるか。」 尋ねる王の顔からは幾分険しさが消えていた。 「はい。町の者たちが噂しているのを耳にしたことはあります。なんでもジャノの翼より性能が良いとのことです。」 レンドは正直に答えた。 「うむ。そのことをジャノは知っているのだろうか。」 「・・・あれほど町で噂になっていればいずれジャノの耳にも入るとは思いますが・・・。」 「そうか・・・。ジャノの心が折れなければいいのだが。」 そこにいるのはジャノのことを心配している心優しき王であった。 「飛行機とやらはまだ完成したわけではないようです。それにジャノはああ見えて逞しいですから。」 レンドは心強く答えた。 「あぁ、それもそうだな。すまなかった。捜査に当たってくれ。」 「はい。では失礼します。」 レンドは王の間を後にした。
ところ変わって空族の村。丸太で作られた小屋が数軒立ち並んでいる。今は山のふもとを流れている河のほとりに空族の村がある。 4年前、目の前の山からここへ引っ越してきたのだ。もう人間に襲われることもなくなったし、何よりおばば様の為だった。二百歳まで生きそうな勢いのおばば様だけどさすがにここのところ翼の衰えは隠せない。その翼で険しい山から下りて人里へ行くのは困難だろう。かといって村に籠って欲しくないと思ったシュンケが山の麓に引っ越すこと提案したのだ。自由に人里に遊びにいって元気を保ってほしいというシュンケの願いは叶い、おばば様は今日も元気で飛び回っている。 しかし、おばば様は一体何歳になるのだろう。それは誰も知らない。空族に伝わる謎であった。 今日は朝から冷たい雨が降っていた。シュンケは家の中で弓矢の手入れをしている。自分の弓矢ではなくラサールやトマックたちの弓矢だ。ラサールたちは弓の手入れをシュンケに頼んでばかりいる。本来弓矢は自分で手入れしてこそなのだがラサールたちは不器用で手入れもおぼつかない。その点、シュンケは器用。弓矢もシュンケが手入れをした方が調子がいいのだ。体格の良さ、武骨な筋肉を誇る体に似合わないシュンケの手先の器用さ。それに皆頼りきっていた。 「パパー。」 幼い子供の声がする。 「なんだ、ラト。」 シュンケは弓矢を置き、駆け寄ってきた子供を抱き上げた。この子供はシュンケの子だ。 年は三歳。男の子。小さな体にしっかりとした翼。三歳ではまだ翼が完全ではなく、飛べないのが普通なのだがラトの翼は他の同い年の子よりしっかり育っていて少しなら飛べるようになっていた。 「パパ、僕飛べるよ。」 可愛らしい声で自慢げに言うと翼を広げた。 「そうか。それは良かったな。」 シュンケは優しい笑顔で我が子を褒める。褒められて嬉しいラトは 「見てて。」とシュンケの腕から飛び立つと家の中を飛び回り始めた。 しかし、飛べる事は飛べるのだがまだ翼の操縦はおぼつかない。 それなので壁や家具にぶつかりながら飛んでいる。 とても楽しそうに飛び回る我が子に目を細めるシュンケ。子供の成長というものは早いものだ。そんなことに感心させられながら弓矢の手入れに戻った時だ。 バターン。物が倒れる大きな音がした。シュンケは驚き、慌ててラトの所へ飛んでいく。見ると本棚が倒れていた。散乱する本。どうやらラトが本棚の上に舞い下りて本棚を倒してしまったらしい。当の本人は無邪気な顔して飛び跳ねている。シュンケはやれやれと本棚を起こし、散らばっている本を元に戻す。ラトはおかまいなしにまた飛び回ろうとするがシュンケは慌ててラトの腕を掴み 「こら。ママの大切な本だぞ。ちゃんと棚に戻しなさい。」と窘めた。 「はーい。」 ラトはシュンケに言われ素直に本を拾い始めた。この本たちはローラが大切にしていたものだ。ローラはシュンケの妻であり、ラトの母親である。しかし、ここにローラはいない。二年前に他界してしまったのだ。
ローラとシュンケは二年の交際の後、結婚した。そしてラトが生まれたのだが悲しい事にラトが一歳になる目前にローラが重い病にかかってしまった。シュンケはローラの病気を治そうと必死で人間の医者を訪ねまわり、精いっぱいの治療を施してもらうが治療の甲斐もなくローラは天国に旅立ってしまったのだ。絶望に打ちひしがれるシュンケ。でもいつまでも悲しんでいるわけにはいかなかった。ラトがいる。ラトを一人前の空族に育てなければならない。将来シュンケの跡を継ぎ空族の頭領となるのだから。 慣れない子育てで四苦八苦する毎日だったが今はそれにも慣れ、こうしてラトは元気に育っている。シュンケにとっても忙しい子育てはありがたがった。子育てに夢中になっている間はローラのことを忘れられるからだ。シュンケは本を棚に戻しながらふとローラのことを思い出した。 ローラは大の本好き。シュンケと一緒にハラレニの町に遊びに行くと帰りのシュンケの両手は本でふさがっていた。全部ローラのものだ。ハラレニの王に招かれて町に行くとローラは真っ先に本屋に立ち寄る。そして瞳を輝かせながらそこで何時間も粘るのだ。シュンケも本は嫌いではなかったがローラには敵わない。家につくと買ってきた本を幸せそうな顔で読み始める。シュンケはそんなローラを見るだけで幸せな気持ちになれた。そして満足して弓矢の手入れに入るのだがその度にローラがシュンケの目の前に一冊の本を差し出し 「はい。この本、絶対あなたが気に入ると思うの。」 ローラの瞳は期待で溢れている。 「どれ、読んでみるか。」 シュンケはさっそく手渡された本を読んでみる。なるほど、面白い。ローラはシュンケの好み、興味をしっかりと把握していた。雨の日は朝から二人で本を読んで過ごしたものだ。ラトが生まれてからは子育てが忙しくなり本を読む暇がなくなったがラトに時間をとられることがまた幸せで。シュンケとローラは巣の中の鳥のように寄り添いながら微笑みあった。 「ローラ。」 シュンケは昔を思い出し愛おしそうに本の表紙をなでた。 トントン。家の扉を叩く音がしてシュンケは我に返った。ドアを開くとそこにはジムがいた。ジムの妻、ナタリーもいる。目線を下にやるとジムたちの子、ジュノンもいた。 「やぁ。」 ジムが元気に挨拶をした。するとナタリーはまるで自分の家のように当たり前のように中に入ってくる。 「今日の雨はやみそうにないわね、やんなっちゃうわ。」 ナタリーはそう言うとこれまた当たり前のように椅子に腰かけた。 「どうした?こんな雨の日に。」 シュンケが問うと 「ジュノンがラトと遊びたがってさ。この雨だろう?家の中でじっとしているのは退屈だとさ。」 ジムが答え終わるか終らないかぐらいにジュノンはラト相手に追いかけごっこを始めた。ラトとジュノンは良い遊び相手だ。年上のジュノンがなにかとラトを気にかけてくれている。よい弟分なのだろう。 「迷惑だったか?」 ジムがばつ悪そうに尋ねるが 「いや、助かった。こっちもラトが飛び回って大変だったからな。」 「子育てって大変よね。」 ナタリーが同調するように言う。 「まぁな。でも楽しいさ。」 シュンケは微笑みながらラトを見つめる。あ、そうだとシュンケは立ち上がりお茶を入れようと台所に向かった。ジムとナタリーは顔を見合わせこれからシュンケに切り出すことを確認している。 「やっぱりもう少しあとでいいんじゃないか?」 「駄目よ。こういうことは今だ!という時に言わなきゃ。」 「でもシュンケの気持ちを思うと・・・。」 「シュンケのことを思うからこそよ。」 ジムは何かを躊躇し、ナタリーはノリノリの雰囲気。シュンケが台所から戻ってきて二人にお茶を差し出した。 「ありがとう。」 「ありがとう。あのねシュンケ。話があるんだけど。」 ナタリーが切り出す。 「話?」 「そうなの。シュンケ、あなた、再婚してみる気ない?」 「!」 シュンケは思わず口に含んでいたお茶を吹き出しそうになった。 「さ・・・再婚!?」 シュンケにしては珍しく素っ頓狂な声。 「そう、再婚。ローラが亡くなってもう二年でしょう?男手ひとつでラトを育てるのは大変だろうし、その点母親がいればラトにとってもいいと思うのよ。あなたにとっても悪い話ではないと思うわ。」 「いや、しかし・・・。」 シュンケは戸惑っている。 「ナタリー、だから今はまだやめとけって。シュンケもそんな簡単に気持ちは切り替えられないんだよ。」 ジムはナタリーを制止しようとするが 「あなたは黙ってて!これだから男は!いい?このままだったらシュンケは一生一人よ?それでもいいの?」 「一人ってラトがいるが・・・。」 シュンケもナタリーの勢いに幾分押され気味だ。 「子供の成長は速いのよ?ラトが大きくなってこの家を出たらあなた一人なのよ?」 「随分先の話をしているんだな。」 ジムは苦笑いをしながらつっこみをいれるがナタリーはジムの事は無視すると決め込んだらしい。 「幸いシュンケは女にモテるわ。現に今、三人にシュンケとの仲を取り持ってと頼まれているのよ。それも三人よ、三人!」 ナタリーは指を三本立ててシュンケの目の前に突き出す。ナタリーの怒涛の勢いに押されっぱなしのシュンケ。そして若干引き気味のジム。 「あなたモテるのよ。そこのところ分かってる?このまま一生ローラへの思いを引きずって生きるつもり?」 ナタリーはお見合いの仲人をしたがる親戚のおばちゃんのような勢いでシュンケの説得にあたる。ナタリーはシュンケのことが心配でしかたがないのだ。 シュンケは幼い頃からずっとナーシャを思い続けてきた。しかしそのナーシャはジャノを愛してしまう。ナーシャへの思いをなんとか断ち切って気丈でいるシュンケを見てナタリーは安心した。そしてローラと付き合い始めて結婚して子供も生まれた。ここ十年間で空族同士の間に生まれた子供は翼が未熟だったり体のどこかが不完全だったりしたが、ラトは奇跡的に翼も体もこれといって異常は見られなかった。 これでやっとシュンケも幸せになれたと思って安心していたらローラがあんなことになってしまった。悲恋を繰り返すシュンケをなんとか幸せにしてあげたい、ナタリーはその一心だった。そしてそれはジムも同じ。ジムもシュンケの幸せを心から願っている。ジムにとってシュンケは大の親友だ。シュンケは空族の頭領。だがジムにとってはそれ以上に親友だった。だからシュンケには新しい幸せを手に入れて欲しいと思っている。 ただ、シュンケのローラへの想いを知っているだけにナタリーほどには強引に再婚を勧められずにいた。 そしてシュンケはそんな二人の気持ちが痛い程分かっている。この二人はいつだって自分のことを気にかけてくれているのだ。二人の温かい心に触れる度に胸の奥に大切に置かれてるものが震える。決して手放したくないと思う大切な友情。シュンケは微笑み 「そうだな。考えてみるよ。」 シュンケが前向きな発言をしたとたんナタリーは待ってましたとばかりに身を乗り出した。 「ポーラ、シズ、ランダ。どの子がいい?」 「いやいやいや、さすがにこの場で決めろと言われてもな。」 シュンケは焦った。そして何気なくサイドボードの上にある写真立てを見た。そこにはシュンケとローラが映っている。写真の中の二人はとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。 その写真は二人でハラレニの町へ行った時に撮ったものだ。ローラがどうしても二人で撮った写真が欲しいとねだり、シュンケの腕を無理矢理引っ張って撮ったもの。写真などこっぱずかしくてあまり乗り気でなかったシュンケだが嬉しそうに身なりを整えるローラを見て、まぁ、いいかと撮った写真。照れくさそうなシュンケと幸せそうな笑顔を浮かべるローラ。色あせることがないローラの笑顔に見とれ思い出にふけるシュンケの姿にナタリーは思わず口を噤んだ。 やっぱりまだローラのことが忘れられないのね・・・。ジムも悲しそうな顔をしている。しかし、ナタリーはまだ諦めない。シュンケを幸せにしてあげないと。それが友人として出来る精いっぱいのことだと思うから。 「それはそうと。」 ジムが突然話を変えた。 「お前、ラサールとトマックから弓矢の手入れを頼まれているんだろう?」 「あぁ、そうだが。」 シュンケは思い出から戻ってきた。 「ちょっと見せてくれないか?俺も手入れの参考にしたいんだ。」 「分かった。ちょっと待ってろ。」 シュンケは早速弓矢を取り出してきた。シュンケとジムは今、弓矢に夢中。男同士の会話にナタリーは割り込めない。 「諦めないわよ。」 ナタリーは一人呟いて手ぐすねを引いている。
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