空族の村ではジム夫妻やおばば様やトーマスやラサールたちが今か今かとシュンケたちの帰りを待ち構えていた。その中でもナタリーは手ぐすねをひいて待っている。 「今度こそシュンケに後妻をとることを承諾させてみせるわ!」 意気込むナタリーにジムは苦笑いだ。 「シュンケ、覚悟しておいた方がよさそうだぞ。」 そして愉快そうに笑った。
ぬるく青く晴れ渡った春の日の午後。 ナーシャはとても大切そうに赤ちゃんを抱えている。慈しみ深い母親の顔で赤ちゃんをあやしていた。ジャノは赤ちゃんのぷくぷくしたほっぺたを触っては満面の笑みだ。 ジャノとナーシャは父親と母親になっていた。 子供の名は「チェリー」女の子だ。背中に翼はないが瞳の色はナーシャそっくりだ。ジャノとナーシャは今世界で一番の幸せに包まれている。 トントン。誰かが訪ねてきた。ジャノがドアを開くとそこには特に親しくしているルパが立っていた。 「いやあうちの家内がこれ持って行けとうるさくてさ。」 ルパはさっそく持参してきた籠をジャノの前に差し出した。籠の中から美味しそうな匂いが漂ってくる。 「家内の自慢の特製ミートパイ。食べてやってくれ。」 ルパは誇らしげにジャノに渡す。ジャノは心から喜んでそれを受け取った。 「ありがとう。ごちそうになるよ。」 「ところでよ。飛行機って知っているか?」 ルパは何気なく聞いた。もちろんジャノは知っている。 「その飛行機とやらが飛んだらしいぞ。すげーよな。」 ルパはジャノが飛行機のことを気にしているなんて露にも思わず無邪気に言った。 だが今のジャノは飛行機のことを気にするどころか心から歓迎している。 「そうか、それは良かった。これでようやく皆が自由に空を飛べる日がやってくるんだ。」 ジャノは清々しい笑顔でナーシャを見た。ナーシャも微笑んでいる。ジャノのこれは強がりなどではなく本心だった。もう飛行機に対して複雑な心境も、自分の翼が忘れられる寂しさもなかった。 だってジャノの願いは「皆が自由に空を飛べること」だから。自由であることの大切さをスラヌから教わった。 今、ジャノの心はこの春の空のように爽やかに澄み渡っている。
それから一年後。空族の村は以前と変わらず。 ラトはますますわんぱくになり文字通り飛んだり跳ねたり。シュンケはそんなラトに振り回されっぱなしだ。そしてそれをとても幸せに感じている。 ナタリーは相変わらずシュンケの顔を見る度に 「後妻をとったら?」と追い掛け回すがシュンケは 「その時が来たら考える。」と言って上手く逃げている。二人のやりとりを微笑ましく見守るジム。 おばば様はまだまだ元気でやはり二百歳まで生きそうだ。
ハラレニの町は今日も活気にあふれている。 ルシアはまだハラレニに居ついていて好みの女性を探して町を歩き回り、カリンは一生懸命絵を描いている。 町の人々は時に忙しく、時にのんびりと過ごし人生を謳歌している。 国王とレンドはこのハラレニと国民を守る為に凛として城壁のそばに立ち、颯爽とこの町を見渡している。 子供の成長は速く。ジャノとナーシャもてんてこまいの毎日。シュンケの気持ちがよく分かるというもの。だけどとても満ち足りている。ジャノはチェリーを抱きながら 「いつかこの子にも空族の村を見せてあげたいな。」 穏やかに呟いた。 「えぇ、見せてあげましょう。」 ナーシャも優しく微笑む。 ジャノの腕の中でチェリーは輝く空を見ている。 チェリーが空に向かって手をのばした。まるであの空を懐かしむように。
空はいつも慈愛の眼差しで世界を包んでいる。
END
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