獣道しかない手つかずの荒れた野を越え、枯れすすきが揺れる岸を歩き一同はようやくアジトの前についた。ダカとウラにはスラヌのような嗅覚はない。アジトの周りを国王、レンド、シュンケ、ルシア、カリンが囲んでもダカたちは気が付かなかった 「踏み込むぞ。」 レンドはドアの傍に立ち皆に合図した。それぞれが視線を合わせ力強く頷く。 レンドが意を決しドアを突き破ろうとした時だ。 突然、中から嵐のような銃声が鳴り、弾丸がドアを突き破ってレンドに殺到した。レンドは瞬時に体をひねりドアから飛びのいたのでなんとか無事だった。 ダカとウラはどうやら異変に気づいたようだ。アジトの中から闇雲に銃を乱射している。粉々に撃ち砕けるドア、窓ガラスは霧のように粉々になって消し飛んだ。シュンケたちも銃弾がこない死角へと飛び込む。銃弾が撃ちまくられて一分経ったか経たないかでピタッと銃声がやんだ。ダカとウラが外へと出てきた。 「出てこい!!ぶっ殺してやる!!」 ダカが興奮して怒鳴りまくっている。ウラもそれに続いた。 「隠れても無駄だ!!全員まとめてあの世に送ってやる!!」 顔を真っ赤にしていきり立っている二人。今この二人の前に出れば蜂の巣になるのは間違いないだろう。 それなのに国王はいきなり木の陰から這い出てダカたちの目の前に立った。ダカが条件反射のように国王に照準を合わせる。 「国王!何を!?」 レンドは驚きつつも国王の盾になろうと俊敏な動きで国王の元へ駆けだした。シュンケたちも思わず立ち上がった。 しかし一番驚いたのはダカとウラだった。なんせこれから嵌めようとしている本人が目の前にいるのだから。ダカとウラは慌てて銃を下ろし冷静さを装う。 「これはこれはハラレニの国王殿。こんなところでお会い出来るとは夢にも思ってもみませんでした。お会いできて光栄です。」 ダカは嘘の笑顔を張り付けてその場を取り繕うとした。ウラは唖然として 「なぜハラレニの王がここに・・・。」と呟いた。だがダカは 「ハラレニの繁栄をわがジサ国の国造りの参考にしたくやってきましたところ、道に迷ってしまい途方に暮れていたところでございます。」 あくまでもしらを切るつもりだ。ダカの意図を汲み取ったウラはそれに話を合わせる。 「さきほど山賊に襲われかけまして、その輩が舞い戻ってきたのかと思い、銃を放ってしまいました。どうか無作法をお許しください。」 ウラは頭を下げた。頭を下げながらもニヤリと下卑た笑みを浮かべる。しかしダカたちの陰謀はとっくに国王たちの知るところとなっていた。 「貴様たちの企みはもう露見しておる。観念せよ。」 国王が威圧感に満ちた声でダカたちを射抜いた。ダカとウラは驚きのあまり息を飲む。 そして次の瞬間ダカたちの表情は一変した。シュンケの後ろにいるスラヌの存在に気が付いたからだ。 「裏切り者!!」 ダカがキレた。叫びながらスラヌに向かって銃を撃った。 「!!」 「危ない!」 シュンケがとっさにスラヌを庇って覆いかぶさった。 「シュンケ!!」 ジャノとルシアとカリンが慌ててシュンケの元に駆け寄る。しかし弾は完全に逸れ、見当はずれの場所へと着弾していた。カリンが不思議に思いダカを振り返るとダカは腕を押さえている。どうやら腕を怪我したようだ。よく見るとレンドがダカに何かを投げつけたらしく凄まじい顔で立っている。ダカの足元に石が転がっていた。レンドがとっさにダカの腕めがけて石を投げ弾丸を逸らしたのだ。 「すまない。」 シュンケがレンドに礼を言った。 「気にするな。」 レンドがそれに答える。シュンケに庇われたスラヌは戸惑っていた。 「どうして・・・。どうして俺を庇った。俺は空族の敵なのに。」 胸が痛くて仕方ない。息苦しそうに顔を歪めるスラヌにシュンケは 「お前は前国王の犠牲者だ。私たち空族も犠牲者。敵の敵は味方というだろう?」 シュンケの言葉にスラヌは驚いてまじまじとシュンケの顔を見つめた。その顔にスラヌを責める色は微塵もない。なにもかも受け入れている表情だった。スラヌは観念した。敵わないと思った。スラヌは白状した。 「・・・ノックは死んでない。」 「え・・・。」 「ノックは死んでないよ。殺してやろうかと思ったけど殺せなかった。今頃町でおいしいコーヒーでも飲んでいるよ。」 そう告白するとスラヌは自嘲気味にふっと笑った。 「そうか・・・。」 シュンケは心から安堵してため息をつく。カリンとルシアはたまらなく嬉しくなってお互いの顔を見て、よしっとガッツポーズを交し合った。 「くそっ!!」 ダカはもうヤケクソになった。紙くずのようになった少ない理性を捨て、怒りだけが支配する感情のままに腰から剣を抜くと 「こうなったら皆殺しだ!!」と叫びながらレンドに突進してきた。 ウラもやぶれかぶれになって 「死ね!!」 レンドに斬りかかる。 一度に二人を相手にするのはいくらレンドといえども困難だ。シュンケはすぐさま立ち上がりウラの剣を剣で受けとめた。 「加勢する。」 シュンケがレンドに言う。 「礼を言う。」 レンドが答えた。ダカは結構な剣の使い手のようだ。レンドは一太刀交わしただけでそれが分かった。これは気が抜けない。レンドは覚悟を決める。 「俺の相手は空族か。」 ウラはニヤリと笑った。次の瞬間、シュンケの心臓めがけて剣を突き出した。とっさに身を翻しよけるシュンケ。 「ほほう。剣の心得があるのか。いいだろう、相手に不足はない。」 ウラは満足げに唇の端を歪め、一転、真剣な表情になると次々に剣を繰り出す。シュンケはそれをいずれも寸前のところでよけた。このウランも相当な剣使い手だ。ウラが斬りかかりシュンケはそれを受け止め、今度はシュンケが剣を振りそれをウラが受け止める。一進一退の攻防で剣がぶつかり合いそのたびに凄まじい火花が散った。ウラが剣を振り上げ力いっぱい振りおろしシュンケは華麗に飛び上がりそれをよけた。 「ルシア!カリン!国王を頼む!」 シュンケがルシアとカリンに国王を託す。 「まかせとけ!」 ルシアとカリンは国王の前にその身を守る。実に頼もしい。 レンドとダカの死闘も続いている。相手の肉を斬りそこなった剣は代わりにぶち当たる全てのものを切り裂いた。レンドが一瞬前までいた場所の草木がズタズタに切り刻まれる。ダカは怒涛の攻撃を仕掛け、レンドもそれをことごとくはねのけ攻撃に転じた。飛び散る破片、切り刻まれる草木。大気さえも斬られている。レンドもシュンケも闘神のようないでたちで剣をふるった。 次第に両者とも力の差が表れてきた。ウラがシュンケに押され気味になってきたのだ。防戦一方のウラ。ウラの顔に焦りの色が浮かぶ。その時、シュンケの剣がウラの剣とガッチリ噛み合った。 いまだ! シュンケは力の限りにウラの剣を薙ぎ払う。ウラの剣はふっとび、ウラの体もぶっとんだ。 勝負はあった。シュンケは地面に転がったウラを見下ろし 「お前の負けだ。」 ウラは圧倒されがっくりうな垂れた。 ダカもかなり焦っていた。自分はかなり腕がたつと思っていたけどレンドの方が一枚も二枚も上だったのだ。体力の差か剣さばきの差か、いずれにしてもどんどん追い詰められていく。レンドが電光石火の速さで剣を繰り出しそれをなんとか受けとめるのに精いっぱいになっているダカ。このままでは負ける。そう確信したダカはこのまま死ねるか!!と憤慨した。ふと視界に国王の姿が入る。ダカは 「死ねっ!!」と剣を力の限りに国王に向かって投げた。剣は国王に殺到する。 「しまった!」 レンドと国王の間にダカの体が入っていてレンドは防げない。間に合わない!! 「国王!!」 しかし、剣は王には届かなかった。剣は国王の体を逸れすぐ近くにあった木に刺さっている。 ルシアだ。 ルシアがとっさに翼を思いっきり一振りし、凄まじい風圧を作り出し剣の軌道を逸らしたのだ。 「でかしたぞ!ルシア!!」 シュンケが男の笑顔でルシアを褒める。 「こんなの朝飯前だよ。」 ルシアはフフンと自慢げに鼻を鳴らし答えた。 「すごいやルシア!」 カリンは心底感心したようにルシアを見る。 「カリンには出来ない芸当だろ?」 「その一言が余計なんだよ、ルシアは。」 ルシアがからかいカリンが反論する。いつもの二人だった。その時 「うっ・・・。」 突然誰かのうめき声がカリンたちの後ろから上がった。驚いたカリンたちが振り向くとスラヌが右腕を抑えながらうずくまっていた。 「スラヌ!?」 カリンが慌ててスラヌの元へと歩みよった。よく見るとスラヌの二の腕に木の破片が突き刺さっていた。どうやらルシアが作り出した突風は剣だけでなく土の上に落ちていた木の破片までも巻き上げ、たまたま近くにいたスラヌの腕に勢いよく刺さってしまったらしい。 「引き抜く時痛いけど我慢してください。」 カリンはそう言ってスラヌの腕に突き刺さっている木の破片に手を置いた。スラヌが覚悟を決めたように頷いた。カリンはそれを見届けてから手に力を込めて一気に引き抜いた。 「つっ・・・!」 スラヌが苦痛に顔を歪めた。傷口から血がしたたり落ちてくる。 するとカリンは突然自分の服の袖を思い切り引っ張り切り裂いた。そしてそれを包帯代わりにしてスラヌの傷口に巻いたのだ。その一連の流れにまるで躊躇はなかった。スラヌは驚いてしばらくはカリンの顔をまじまじと見つめていたが、やがて照れくさそうに俯きながら礼を言った。 「ありがとう・・・。」 「どういたしまして。」 カリンは涼やかな笑顔で返した。それを見ていたルシアが面白くなさそうに唇を尖らす。スラヌが怪我をした原因の発端は自分にあるのが分かっていてもそれを認めるのが悔しいのだ。 「言っておくけど僕は謝らないから。」 ルシアが憎まれ口をたたいた。カリンはやれやれと肩をすぼめる。するとスラヌはルシアに向かってひょっこり頭を下げ 「助けてくれてありがとう。」 思いもかけず礼を言われたルシアはばつが悪くなって憎まれ口を続けることが出来ない。 「うん、まぁ・・・僕も悪かった・・・かもしれない・・・。」 「あのさぁ、ルシア、かもしれないではなくて。」 カリンは往生際が悪いルシアに半ば呆れながら窘めた。ルシアが小さく舌を出した。 「まったく・・・。」 カリンは苦笑いした。スラヌもそれを見て小さく笑った。 一方、ダカは横で繰り広げられる和やかなやりとりがまるで目に入らず青ざめた顔で膝を落としている。そんなダカの前に立ちはだかりレンドは言った。 「お前たちはもうおしまいだ。」 うな垂れるダカ。レンドのこの一言で戦いは終わった。
ダカとウラは縄でぐるぐる巻きに縛られ身動きが取れない。 レンドと国王とジャノがフランの身を案じてアジトに突入し、そこでフランの死を知った。国王とレンドとジャノは茫然としてその場に立ちすくむ。
ダカとウラはジサ国の裁きに委ねることにした。戦争を仕掛けんとした罪はどの罪よりも重くおそらく極刑が言い渡されるだろう。ダカとウラは覚悟を決めたのか無言のまま、国王とレンドに連れられて行った。ハラレニ国王はジサ国王に直に会いダカたちの陰謀と真相を話した。ジサ国王はダカたちにひどく憤慨し、三日間の服喪が終わったその翌日、ダカとウラは処刑された。
国王、レンドをはじめ皆が沈痛な面持ちでフランの葬儀を執り行った。 ジャノはフランの棺を涙で見送る。 「フラン・・・。天国でも飛んでいるんだろう・・・。」 ジャノはそこまで言ったら耐えられなくなって声を詰まらせ泣き伏せた。
フランの死から傷は癒えないがそれぞれに日常を取り戻していく。
シュンケとカリンとルシアはまだ城に滞在していた。もちろんラトも。 いろいろあり過ぎたせいで、挨拶がすんだら、はい、帰りますとはいかなくなったのだ。国王もシュンケたちになるべく長く城にいてくれと頼み込んだ。兵士を失った上にフランも亡くしてしまったので国王は心細いのだろうとシュンケたちは察し国王の言葉に甘えることにした。 ジャノとシュンケは中庭を散策している。 「それにしてもジャノ。あの時どうやってリデと入れ替わったんだ。」 「入れ替わった?」 「囮作戦の時だ。囮はリデがやるはずだったが。」 「あ・・・あぁ、うん・・・。」 ジャノはすごく話づらそうにしている。それを見てシュンケは一つ小さくため息をついた。 「実はこの後、リデと剣の手合せをすることになっているんだが、事と次第によっては少々手荒くいくとするか。」 シュンケがニヤリと笑いながらジャノの答えを促した。まったく、シュンケには敵わないや。ジャノは降参した。 「リデは悪くないんだよ。僕が無理矢理交代してもらったんだ。だからリデは全然悪くない。だからリデを責めないでやって欲しい。」 「分かった。しかしよく代わってくれたな。」 シュンケは何気なく言ったつもりだった。しかしジャノはもごもごしている。 「?」 不思議に思うシュンケ。ジャノは暫く迷っていたがやがて 「・・・その・・・クロロホルムを使って・・・その・・・。」 「クロロホルム?」 「麻酔薬。」 「麻酔薬を打ったのか!?」 「いや、嗅がせただけ。」 「・・・お前というやつは。」 シュンケは半ば呆れ気味に笑った。噂をすれば影で。 リデは満面の笑顔でこちらにやってくる。 「シュンケ。手合せ願います!!」 リデは意気揚々とシュンケに頼むが隣にいるジャノに気づくと、途端に困り顔になった。 「ジャノ、あのあと国王にこっぴどく叱られたよ。」 「本当に申し訳ないことをしました。あぁでもしないと代わってくれないと思ったから。本当ごめんなさい!!」 ジャノは頭を下げ、心の底から謝っている。リデは仕方ないなぁと笑った。 「まぁいいさ。それよりシュンケ、手合せだ!」 「あぁ、そうだな。」 リデとシュンケはにこやかに拳闘場へと歩いていく。
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