ハラレニの城は緊迫した空気が張り詰めている。スラヌをおびき寄せる役の兵士は決まった。シュンケと剣の手合いの約束をしているリデだ。シュンケは彼がおとり役なのを知って複雑な気持ちになったがリデは「心配しないで下さい。必ず任務は成功させます。」と明るく笑ってみせた。若者特有の使命感に燃えている。 スラヌを尾行するのは尾行の経験が豊富で町で探偵稼業をしているスパナが選ばれた。 「そのスラヌという男の後をつけてアジトを見つければいいんですね?」 スパナはずる賢そうな髭面の男だ。 「あぁ、アジトを突き止めるだけでいい。無理はするな。危ないと思ったら尾行途中でも逃げてくれ。」 レンドが答えた。 「分かりやした。ところでこっちの方は?」 スパナはニヤニヤと媚びた笑みを浮かべ指で丸を作った。報酬のことだ。 「心配するな。ここにある。」 レンドはそう言って懐から金貨が入った袋を出し、スパナに渡した。 「へへへ。ありがとうございます。」 袋の重みに満足したスパナが満面の笑みで礼を言った。なまじ善人でない方がいい仕事をしてくれそうだ。 リデはいざ出陣とばかりに一人で気合を入れていたが、柱の陰からジャノが手招いているのにふと気づいた。何だろうと近寄っていく。
時は満ちた。国王とレンド、リデ、シュンケ、ルシア、カリン、そしてスパナがスタンバイする。 「行くぞ。」 国王の掛け声とともに一同は歩き出した。目標は町から外れたところにある林。犠牲になった二人の兵士はいずれもその場所でやられた。なのでそこに賭けることにしたのだ。 林に到着し、リデは切り株に腰を下ろした。耳を澄ますとカサカサと枯葉が何ごとか囁いているように聞こえてくる、それもよからぬ事を話しているような。それほどまでにここは心細い場所なのだ。リデを見守るように国王やシュンケたちは木の陰に身を隠していた。あとはスラヌがやってくるのをひらすら待つのみ。 太陽が広葉樹の真上にきた時にそれは来た。夢遊病者のようなふらふらと生気のない顔でスラヌがやってきたのだ。 「来た!!」 皆が息を飲む。緊迫した空気が辺りに漂う。スラヌは兵士の匂いに気づいた。匂いのする方に焦点を合わせると確かにそこに兵士がいた。しかしそれと同時に兵士の匂いが複数、しかも空族の匂いもすることに気づく。スラヌはとたんに警戒する。そしてピンときた。 「はは・・・。さてはあいつは囮か。俺を捕まえる気だな。」 スラヌは呟くとニヤリと笑った。無だった心に生気が戻る。捕まえられると思うのならやってみろ。スラヌは勝機は俺にあると言わんばかりに懐に隠してある拳銃に手を置いた。 そしてリデに近づくと 「こんにちは。俺のこと覚えている?」 前の二人の兵士はいずれも知らないと答えた。あろうことかあのフランさえ最初は気がつかなかった。 どうせこいつも知らないと答えるだろう、スラヌはしたり顔で懐に忍ばせた拳銃のトリガーの感触を探った。だが、目の前の兵士は 「あぁ、よく覚えているよ。」 スラヌが想像していなかった答えを言った。 「えっ・・・。」 戸惑うスラヌ。 「スラヌだろう、よく覚えているよ。君には随分酷いことをしてきた。本当に悪かったと思っている。この通り謝るよ。」 リデはそう言うと頭を下げた。スラヌは愕然とし目を見開いた。兵士が頭を下げ謝罪するなんてありえないことだ。予想もしていなかった事態にスラヌは困惑する。なぜ謝るんだ!?わけが分からなくなって心臓がバクバクし始めた。するとリデは 「君の人生を滅茶苦茶にしてしまって本当にすまなかった。前国王に代わって謝るよ。」 尚も頭を下げ続けた。スラヌの動悸が激しくなり眩暈さえしてくる。こんなの・・・こんなの俺の知っている兵士ではない!!そう思ったスラヌは叫んだ。 「お前は誰だ!!お前兵士じゃないな!!」 スラヌは憤り焦る。国王やシュンケたちはスラヌの様子がおかしいことに気づいた。 「スラヌは何を焦っているんだ?」 レンドが呟く。それを受けて国王もぼそっとこぼした。 「いや、それよりリデはスラヌに何を話しているんだ。」 ここからでは二人の会話は聞こえない。かろうじてスラヌの顔が見えるだけ。 「兜を取れ!!お前は兵士ではない!!一体何者だ!?」 スラヌが酷く興奮してリデに詰め寄っている。するとリデはおもむろに兜を脱いだ。 「!!?」 そこに現れたのはリデではなくジャノだった。 シュンケたち全員に衝撃が走る。 「なっ、何をやっているんだ!?」 シュンケは怒りのままに飛び出そうとした。それを国王が慌てて手で制する。 「なぜ止めるのですか!?」 シュンケが憤慨して国王を責めるが、国王は冷静な表情で 「もう少し二人の様子をみてみよう。スラヌの様子がなにか変だ。」 シュンケは国王にそう言われ改めてスラヌを見た。確かにスラヌはかなり動揺している。城に挑発に来た時のスラヌと明らかに違っていた。シュンケはハラハラしながらもとりあえずもう少し様子をみることにした。 「お前何者だ。」 スラヌは尋ねた。城には何百という兵がいる。その全員を覚えていることは出来ない、会ったこともない兵もいる。だからこの者が兵士だとも兵士じゃないとも言い切れない。鎧を着ているし鎧の匂いで兵士だと決めつけたが。 「僕はジャノ。君のことは知っています。僕が兵士だと信じられないならそれでもいい。でもただ君に謝りたくてここに来たんだ。」 「謝る?何を謝るというんだ。いまさら謝られても遅い!お前らのせいで俺の人生は死んだも同然だ。謝られたところで人生は帰ってこない!!」 スラヌは顔を真っ赤にして憤慨している。突然、君のことは覚えていると言われ、その上謝罪もされている。でもだからといって何になる!?だからどうしたというのだ。いまさら謝られたところで今までの人生がやり直せるわけでもない。これからの人生が変わるわけでもない。いまさら謝られたって・・・!!スラヌは今までさんざん味わってきた苦しみ、やり場のない怒りを全てジャノにぶつけた。 「俺の人生を返せ!!」 スラヌは思いっきりジャノを殴った。よろめくジャノ。シュンケたちはひどく動揺するがここで飛びだしてはいけない気がした。以前は無表情だったスラヌの顔に今、人間らしい激情が溢れているからだ。 「俺が人と上手く付き合えないのも上手く生きられないのも全部お前たちのせいだ!!」 スラヌは尚、自分の思いをジャノにぶつけた。ジャノはスラヌの思いを全部受け止めようと海のような深い眼差しでスラヌを見つめる。 「俺の気持ちなど誰にも分からない!!」 スラヌはまたしてもジャノを殴った。それでもジャノはスラヌを慈愛あふれる瞳で見ている。シュンケたちは今すぐにでもジャノを助け出したい衝動を抑えぐっと堪えた。 「僕にも君の気持ちは分かるよ。」 「嘘だ!!」 「嘘ではないよ。僕はずっと周りの皆に変人だ、使えない奴と蔑まれてきた。でも何を言われようと僕は耐えられた。だって僕には翼があったから。」 「翼・・・?」 スラヌにはなんのことか分からない。 「翼があったから僕は心折れることなくいられた。でもさすがに『お前は用なし』と言われ続けた時にはこたえたかな。でもそんな時、こんな僕をありのままで受け止めてくれて支えてくれる人たちに出会えたんだ。だから僕はここまで歩いてこられた。」 「・・・。」 「君は人と上手く付き合えないという。上手く生きられないともいう。でも君が思うほど皆、上手く生きているわけではないんだよ。」 「そんなの嘘だ!」 「嘘じゃない。ちゃんと自分が上手く生きられていると思う人はそう多くはないんだ。皆自分の人生が思うように上手くいってないのを知っている。知っているから一生懸命生きているんだ。誰かを支え誰かに支えられながら不器用でも必死で生きている。だから皆、君とそう変わらないんだよ。」 「違う!皆と俺は違う!皆は普通に誰かと話したりケンカしたりしているじゃないか!でも俺には出来ない。誰とも会話出来ないし誰ともケンカ出来ない!俺は独りだ!!」 「独りじゃないよ。君の目の前には僕がいるじゃないか。」 「・・・!」 スラヌには意味が分からなかった。なんなんだこの男は!!なぜこんなにも俺に馴れ馴れしいんだ。なぜこんなきれいごとばかり言うんだ!?頭にくる!頭にくる!! スラヌは自分でも気が付かないうちに拳銃の銃口をジャノに向けていた。 「!!!」 シュンケたちはもうこれ以上黙って見ているわけにはいかなかった。このままではジャノは撃たれてしまう。シュンケとルシアとカリンがまさに飛び出そうとしたその時だ。 「待て!!」 国王だ。国王が止めたのだ。 「これ以上待てません!ジャノが死んでしまう!!」 シュンケは苛立ち、国王に掴みかかり訴えた。 「スラヌの顔を見ろ。スラヌは引き金を引けない。」 シュンケたちはスラヌの顔を見た。今にも泣き出しそうな顔で拳銃を握っている。 ジャノは自分に銃口が向けられているにもかかわらずまったく動じていない。怯えなどはまったくないようだ。ただ真摯にスラヌと向き合っている。 「君は誰とも会話出来ないと言ったけどこうして僕と会話しているじゃないか。それに君の事を気にかけている人は他にもたくさんいるよ。」 「・・・。」 「ハラレニ国王、レンド、そして空族のシ・・・。」 「言うな!それ以言ったら撃つぞ!」 「撃つなら撃ってもいいよ。でもその先を聞きたくないかい?誰が君のことを気にかけているのか。」 「くっ・・。」 「シュンケにルシアにカリン。皆君のことを気にかけている。」 「なんで空族が俺のことを気にかけるんだ。そんなのありえないじゃないか!俺のせいで空族は人間に殺されたのに・・・。」 どこか悔やんでいるような今にも泣き出しそうなスラヌの声。 「そうしなければ君が殺されていた。それは空族も分かっている。あの時は他にどうすることも出来なかったんだよ。君も空族も。」 「う・・・う・・・。」 とうとうスラヌは泣き出した。震える手から拳銃が抜け落ち地面に落ちる。凍っていた心が溶けだして頬に溜まっていく。背中を丸めて嗚咽するスラヌ。 本当はずっとスラヌは空族に許されたかったのだ。空族狩りなんてしたくなかったのに・・・。スラヌは跪いて泣き崩れた。何年も何十年も張り詰めていた心が解けた。 シュンケはもう隠れる必要はないと思った。そしてそれは皆も同じ。国王もレンドもルシアもカリンもスラヌの所へ歩み寄った。スラヌはシュンケたちの姿を見ても逃げようとしなかった。後悔の念に苛みうな垂れているだけ。国王は跪きスラヌに優しく尋ねる。 「仲間の所へ案内してくれないか。」 スラヌは頷き力なく立ち上がった。そして静かに歩き出した。尾行を頼まれていたスパナはなにがなんだか分からずにおろおろしている。金を返さなければいけないのかと焦っているのだ。 「だんな。」 スパナは縋るような目でレンドを見た。 「心配するな。金は返さなくてよい。もう帰っていいぞ。」 スパナはそれを受けて大喜びしながら一目散に去って行った。 スラヌは国王たちをダカとウラがいるアジトへと導く。 スラヌはなぜあの時自分が城へ行ったのか分かった。本当は自分たちの凶行を止めて欲しかったのだ。戦争なんて起こって欲しくなかった。いくらハラレニ国王や兵士が憎いといっても戦争になればなんの罪のない町の人や農民が巻き込まれる。別に彼らと付き合いなんてまったくなかったけど、だからといってみんな死んでしまってもいいとは思えなかった。何の罪もない大勢の人を自分の憎しみのはけ口にしてはいけないと思ったのだ。 だけど初めて自分に声を掛けてくれたダカとウラを裏切れなくてダカたちに言われるままに流されてしまった。 でも今にして思えば心のどこかでダカたちに利用されているのではないかと疑っていたのだと思う。ダカたちを100%信用出来なくてダカたちに出会っても孤独感は拭えなかった。だから国王に訴えたんだ、戦争を止めて欲しいと、自分は孤独なんだと。 でももう終わりにしないと。終わらなければ何も始まらないのだ。 国王がスラヌに聞いてきた。 「仲間はハナ族か?」 「いいえ。ジサとハラレニとの間に戦争を起こそうと企んでいるジサ国の兵士ダカとウラという者です。」
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