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作品名:空族とハナ族とハラレニ国王の憂鬱 作者:空と青とリボン

第15回   15
−半年前の初夏。
スラヌはジサ国で一番の賑わいをみせるトンズの町にいた。ハラレニに勝るとも劣らない活気に満ち溢れ、町の人々は人生を謳歌している。通りをいく人々は楽しげに友人や家族と語らい合っている。ショーウインドウに飾られている服や帽子までもが通り過ぎる人に見て行ってと語りかけているかのような賑やかさだ。平和と豊かさで満ちる町、その中でスラヌ一人だけがひどく浮いていた。
スラヌは道の端に座り込み目の前の人々を眺めていた。服や身なりに無頓着な掠れた格好はまるで浮浪者のようだ。いや、実際心はこの浮世の中でさらに浮いていた。
ハラレニの国王から十分な大金を貰い世の中に出てみたものの、肝心の金の使い方が分からない。欲しいと思うものがなかったからだ。気に入ったものがなかったからではない、物欲そのものがなかった。
ハラレニ前国王によって牢屋に閉じ込められていた当初は外への憧れや欲しいなと思うものはあった。しかしひたすらものを与えられない暮らしを押し付けられているうちに物欲そのものをなくしてしまった。
物欲だけではない。他人と接してみたいという願望、人恋しさもなくしてしまった。他人と話がしてみたい、笑い合いたい、ケンカしてみたい、仲直りしてみたい、そんな「してみたい」ことも長年の拘束生活で忘れてしまった。
なにもかも心の中から消えて唯一残ったのは虚無感。スラヌはどうしようもない虚無感を抱えながら6年半諸外国をさまよい、半年前にジサに辿り着いたのだ。
 それでも7年前に解放された時はこのままではいけない、ちゃんと人間と交流していこうと一大決心をしていた。だがそれにはどうやっていいのか分からない。自分から他人に話しかけようも何を話したらいいのか分からなかった。なにをきっかけに話せばいいのか戸惑う。
天気の話、昨日読んだ本の話、当たり障りのない話で声をかけてみたこともあったがその後が続かない。会話をなんとか続けなければという焦りばかりが先に立って結局何を話していいか分からず口ごもるの繰り返し。やがて人々はそんなスラヌを気味悪がって離れていく。こうして友達も知り合いも出来ずに何年も過ごしているうちに他人との接触も避けるようになり、他人への興味も失っていた。
そして今日もこうしてただ道端に座り、行き交う人々を無言で見つめるだけ。
この世は様々な匂いであふれている。この世界に自分の心は慣れないままなのに嗅覚だけはどんどん慣れて衰えていく。
しかし、その劣化していく一方の嗅覚が酷く呼び覚まされる瞬間がある。それは兵士が近づいてきた時だ。この匂いだけはどうしても慣れない。この匂いを嗅いだ瞬間から動悸が激しくなりめまいもしてくる。動悸が収まると胸の奥から湧き上がってくる憎悪。スラヌは憎しみをこめた目で近づいてくる兵士を睨む。
たいていの兵士はそんなスラヌに気づくと「何だ!お前!」とどつくか完全に無視するかのどちらかだった。どつかれたらひたすら謝り、無視されたらその後姿をひたすら睨み。そんな日々が続いていたある日、その時はきた。
ダカとの出会いだ。
 いつものように道端で通りを行く人を何をするでもなく見つめていたスラヌの鼻先に突然見覚えのある匂いが漂ってきた。とたんに身構えるスラヌ。匂いがする方向を睨めば、やはり兵士がいた。兵士はこちらに向かって歩いてくる。スラヌはひたすら睨んだ。
その兵士こそダカだった。ダカはもの凄い形相で睨んでくるスラヌに気づいたが、どうせ家族を兵士に殺された者だろうと鼻にもかけなかった。そのまま素通りしようとした時だ、スラヌの目を間近で見た瞬間、ダカは思わず立ち止まった。スラヌの瞳の中に憎しみ以上の憎しみを感じ取ったからだ。この男の憎しみは使える、ダカは瞬時にそう思った。睨み続けるスラヌにダカは近づいていく、そして・・・。
「俺に話してみろよ、その憎しみを。」
ダカはあくまで話のとっかかりとしてこう話しかけただけだった。しかしそれはスラヌに雷に打たれたような衝撃をもたらした。スラヌの体は衝撃のあまりに震えだす。目も焦点が合わない。
「どうした!しっかりしろ。」
さすがに慌てたダカが動揺しているスラヌを路地裏に抱えていきなんとか落ち着かせようとした。スラヌはふらふらとよろめいていたが徐々に落ち着きを取り戻した。スラムはこの時初めてダカの顔をまともに見た。憎しみでもなく怒りでもなく、ただ一人の人間と接するときの普通の心でダカを見つめた。
スラヌにとってダカは初めて自分に「話してみろ」と声をかけてくれた人間だった。自分を気にかけてくれた人間がいた、その事実がどうしようもなくスラヌの心を苦しくさせた。
痛さではない、優しさで苦しくなったのだ。スラヌの目から氷がとけたような瓦解の涙が溢れだした。スラヌは生まれて初めて兵士という一番憎むべき人間からの優しさに触れたのだ。
 しかし、スラヌはダカの本心を知らない。ダカはあくまでスラヌの憎しみを自分の野望に利用できると思ったから声をかけたに過ぎなかった。ダカの企みなど想像も出来ないスラヌはダカの「話してみろ」という優しさにほだされてしまった。
スラヌは今までの自分の人生に起きたことの全てを話した。ハラレニ前国王に捕獲され牢屋に閉じ込められひたすら空族の匂いを嗅がされ続けた日々、空族狩りのこと、現国王に解放されてからもずっと孤独であったこと、王への憎しみ、兵士への憎しみ、その全てを。
切々と語るスラヌを目の前にしてダカは驚愕していた。スラヌの境遇にではない、ハラレニという単語がスラヌの口からこぼれたことにだ。
この時すでにジサとハラレニの間にいざこざを起こし戦争をさせようと企んでいたダカにとってスラヌの存在はまさに渡りに船であった。これは千載一遇のチャンス、こいつはやはり使えると確信した。
そうとは知らずスラヌはダカに心を開いていった。身の上話を聞いてくれたダカに傾倒していくスラヌ。
ダカはスラヌが疑いもなく自分になついていると知るや仲間であるウラを紹介した。
ウラには事前にスラヌには同情したふりして話を親身になって聞くことと指示した。ウラはダカの指図どおりに「親身になって話を聞く」芝居をする。おかげでウラもスラヌの信頼を取り付けた。こうしてスラヌはダカとウラという信頼できる人を得たと思い込んでいった。騙されているとも知らずに。
だからダカから「ハラレニに復讐してみないか」と切り出された時にもそれが当たり前のことのようにスラヌは受け入れた。たいして驚くこともなくただ頷くだけ。
「ハラレニとジサを戦争させてハラレニの兵士どもに復讐しよう」とダカに言われそれにも乗った。ダカとウラの言うことだから間違いない、それにハラレニに復讐出来るなら自分にとっても損はないと思ったスラヌはダカ達の陰謀に加わった。ダカと初めて会った時からわずか三か月でだ。
それから暫くしてダカとウラはスラヌのハラレニへの憎しみを利用しない手はないとスラヌに
「これでハラレニの兵士に復讐しろ。お前の人生をめちゃくちゃにした奴らに思い知らせてやれ。」という言葉と共に拳銃を渡した。スラヌは暗示にかかったように拳銃を握る。それから二週間後、とうとうスラヌは実行に移した。復讐を果たしたのだ。
しかしここからがダカたちにとって計算外のことが起こった。スラヌは一人だけでは気が済まなく二人目もやったのだ。
これにはダカたちは慌てた。当初の計画ではスラヌが殺した兵士をジサ国王の暗殺の犯人に仕立てあげようと思っていたが二人目をやったところで風向きが変わった。これではハラレニの王が不審に思い詮索に乗り出さないと限らない。焦ったダカがスラヌを抹殺しようとした矢先、スラヌは思わぬ獲物を引きずってきた。
フランの死体だ。これにはダカとウラは驚愕しほくそ笑んだ。ハラレニの側近がジサ国王を暗殺したとなればハラレニ国王も言い逃れは出来まい。一介の兵士と側近がやったことでは事の重大さが段違いなのだ。ハラレニの兵士が幾人も殺されてることはこの事実の前に吹っ飛ぶ。これでハラレニとジサは戦争に突入する、ダカとウラはそのトリガーを今、引こうとしていた。

「ただいま。」
突然のスラヌの帰宅にダカとウラは慌てて口を噤んだ。ダカとウラは今の話、聞かれてないよな?とお互いがお互いの顔を見て確認をとる。スラヌを見ればいつものスラヌだ。
「おかえり。」
ウラは嘘の笑顔を顔に貼り付けて迎えた。スラヌはダカが身に着けている剣を見た。明日、この剣によってジサ国王は殺され、ジサとハラレニは戦争になる。そう思うとスラヌの胸の片隅がちくっと痛んだ。
「どうしたスラヌ。顔色悪いぞ。」
さすがにウラが心配になったのか聞いてきた。
「え・・・なんでもないよ。」
スラヌは慌ててその場を取り繕った。自分の焦りを悟られないようにと急いで寝床に入る。
ダカはそんなスラヌの背中に声を掛けた。
「いよいよ明日だ。分かっているな。」
「あぁ、分かってる・・・。」
スラヌは顔を見せずに答えた。ダカは鼻でフンとせせら笑いウラと共に自分たちの城へと戻って行った。
翌日スラヌは朝から一人、アジトのまわりを彷徨っていた。決行は今夜。なんだか落ち着いていられない。アジトには朝早くから今日の段取りの打ち合わせと評してダカとウラがやってきていた。スラヌはなんとなくダカたちと顔を合わせたくないと思い、外へ出たのだ。
 しかしこうして出てきたのはいいものの何をしたらいいか分からない、どこへ行っていいのかも分からない。スラヌは気が付くとアジトの前に立っていた。スラヌが一つ小さくため息をついた。そしてドアノブに手をかけた時、中からダカとウラの声が聞こえてきた。
「なぁ、昨日からスラヌの様子おかしいと思わないか。」
「そうか?まぁいいさ。どうせ今日までの命だ。俺たちに利用されていたと知った時はもう遅い、俺がこの剣であの世に送ってやる。」
ダカはそう言って腰の剣を抜く。
「いよいよ今夜だな。」
「あぁ、いよいよだ。」
ダカは剣を眩しそうに見つめ、やがて獰猛な獣の目で刃を厭らしく舐めた。
スラヌは再びフラフラと歩き出した。ダカとウラの本心を知ってしまった。だがなんの感情も湧き上がってこなかった。「利用されていた」と知っても「殺される」と聞いてもなんの感情も。だってこんなことには慣れている。利用されることも、用がなくなったら捨てられることも慣れている。スラヌは虚ろな目でいつもの林へと向かって歩いていった。


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