ハラレニとジサの国境沿いを流れる河、その河を覗くように岸が連なっている。その岸に沿って東に向かって暫く歩くと森の入り口に辿り着く。スラヌたちのアジトはそこにあった。世間の喧騒から置き去りにされたかのような寂れた小屋はスラヌたちにとって絶好の隠れ蓑だ。 「それにしてもスラヌの奴、上手いことやってくれたな。よりによってフランの死体を持って帰ってくるとは。」 「あぁ。フランはハラレニ国王の側近。その側近がジサ国の国王を暗殺したとなればジサもハラレニも大騒動だ。いや、二つの国の問題で済む話ではない。世界中が大騒ぎさ。ジサとハラレニは険悪な関係となり戦争へと突入だ。」 「ジサ国王・・・我らの王の暗殺の手筈は整っているんだろうな。」 「もちろんだとも。お妃の三回忌で明日から王は喪に服す。喪に服している三日間は王は一人で過ごさなければならないのは我が国の昔からのしきたり。三日間、王は側近も護衛もつけずにお妃の部屋で過ごす。そこを俺が忍び入って王を暗殺するという寸法さ。」 「王の側近のお前だからこそお妃の部屋付近をうろついていても誰にも怪しまれないというわけか。」 「あぁ、そうさ。俺はずっとこの機会を狙っていた。そして後はフランの死体を王のそばに置き、フランは王の返り討ちにあって死亡ということにする。フランが王を暗殺したとなればあとは勝手に戦争に向かっていく。」 狡猾な笑みを浮かべ不穏な話をしているこの二人。実はこの二人はジサ国王の側近、ダカとダカの配下の兵士、ウラであった。 ダカとウラは明日とんでもないことをしでかそうとしている。それはジサ国王の暗殺、そしてその犯行をフランになすりつけようとしているのだ。フランは死人に口なしとばかりに今まさに利用されようとしている。戦争の口実にされそうになっているのだ。歪んだ思想を紡ぎだすダカの唇の端がニヤリと厭らしく持ち上がり、二人はいよいよ見られるであろう戦禍を想像し悦に入っていた。 「ジサ国は平和ボケし過ぎた。話し合いで解決できなければまた話し合い。もううんざりだ!!本来、国を治めるということは力づくであるべきだ!!力!!支配!!恐怖政治!!これを兼ね備えたものが国を治めるべき!今の国王などただの腑抜けに過ぎん! 恐怖と脅迫、そして戦力で他国を蹂躙し我が国の領土を広めてこそ国王の存在意義がある。ジサ国王は腑抜けの自分をあの世で後悔することになるさ。」 ダカは陰惨な目で自分の野望に酔いしれていた。 「我が国の領土を広めてとは言うが、ダカ、本当はあんたが戦争がしたいだけだろう。」 ウラは不敵に唇の端を歪めて言った。 「まぁな。今の国王はことなかれ主義で退屈すぎる。このままでは俺の剣の腕がなまっちまう。何より俺の剣が血を欲しがっているからな。剣は血を吸ってこそだ。もうどうにも我慢ならん。」 「だがなぜ、戦争の相手にハラレニ国を選んだ?ただ隣国だという理由だけではないだろう?」 「ハラレニの国王も平和主義。虫唾が走るあの穏やかさ。あの達観した顔を苦痛に歪めたいと思ったのさ。」 「なるほど。ハラレニの王が我が国の王に似ているからか。」 「あぁ、そうだ。」 ダカはそう答えてぺっと唾を吐いた。どこまでも平和を軽蔑しているようだ。 「それにしても・・・。」 ダカが窓の外を見て呟いた。 「スラヌの奴、どこ行っちまったんだ。フランの死体をここに置いていったと思ったらまたふらっと出て行きやがった。」 「なぁ、スラヌのことをどうするつもりだ。あいつはいずれ俺たちの足手まといになるぜ。」 「分かっている。国王をやったあとにすぐにあいつも始末する。どうせ始めから用が済んだらあいつにも死んでもらうつもりだったからな。」 「そうか。まぁ、あいつは事を知り過ぎたからな。」 ダカとウラの周りに漂うどす黒い空気。 「決行は明日だ。それまでスラヌにはおとなしくしとくようにウラから言っておいてくれ。あいつがドジを踏んだら計画はパアだ。」 「分かった。しかしスラヌの唯一の手柄はフランの死体を持ち帰ってきたことだな。偶然とはいえ凄いな。」 ウラは部屋の片隅に横たわっているフランの亡骸を見ながら言った。 「偶然か、はたまた必然か。あいつはフランに相当酷いことをされていたようだからな。フランを付け狙っていたのかもしれん。」 「それがこちらにとっては渡りに船だったが。」 二人は下卑な笑みを浮かべた。窓の外は生気を失っているかのようにあまりに静かすぎて不気味だった。
スラヌはフランの死体をダカとウラのいるアジトに運んだ後、所在なさげに辺りをうろついていた。その足取りは重い。表情は憂鬱で二人の元へ帰りたくないと言っているようだ。現に帰りづらかった。 ハラレニの城へ単身で乗り込み、一連の犯行は自分だと白状してしまった。このことをダカとウラは知らない。完全にスラヌの独断でやったことだった。スラヌは自分自身に迷っていた。なぜ城へ行ったのか・・・。なぜ自分の犯行だったと白状してしまったのか・・・。いやそれよりもなによりもなぜ自分の気持ちを国王たちにぶつけたのか。なぜああにも泣きながら自分の気持ちを吐露したのか・・・。空族の頭領を油断させるための芝居、それも確かにあった。しかしそれだけではないのだ。あの時は自分の意志に反して思いのたけをぶつけていた。 なぜ「上手く生きられない。」などど、言う必要もないことをあの場で叫んだのか自分でも分からない。だが、ただ一つ今のスラヌでも分かることがある、それはダカとウラの陰謀が崩れ去ってしまったということだ。 なぜならフランの命運は自分が握っていると告白してしまったから。ダカたちは王を暗殺したのはフランだということにしようとしている。しかしフランはハナ族に捕らわれているということがハラレニの国王に分かってしまった。ハラレニ国の滅亡を企んでいることも暴露してしまった。 そしてそれらの一連の告白を空族たちが聞いている。仮にダカとウラがハラレニ国王の作り話だ、いいがかりだと嘘つこうにも空族という証人がいる。ハナ族がフランを攫い、ハラレニの兵士もハナ族が殺したということをハラレニ国王が知っている状況下でどうやってハラレニとジサが戦争になる。ダカとウラの陰謀はもうこの時点で破綻したのだ。 そのことをまだダカとウラは知らない。そしてスラヌはそのことをダカたちに話せずにいた。ダカとウラを裏切ってしまったという罪悪感がスラヌを襲う。 「ダカとウラだけが俺のことを分かってくれたのに俺はなんということをしてしまったのだろう・・・。」 スラヌは頭を抱えた。悔やんでも悔やみきれない後悔の念で胸がちぎれそうだった。
「それにしてもスラヌ遅すぎないか。」 ウラがイライラし始めダカに同意を求めた。 「そういえば遅すぎるな。こんなことはめったにない。まぁどうせまた兵士を始末しているんだろう。もうやめさせないとな。さすがにハラレニ国王が不審に思って捜査し始めたら俺たちの計画が台無しになっちまう。」 ウラはダカの答えを聞きながら暖炉に薪をくべていたが 「なぁ、スラヌに初めて会った時のことを覚えているか。」 「なにお前らしくもないセンチメンタルなこと言いだすんだよ。・・・まぁ覚えているが。」 暖炉の中でパチパチと燃える火を見ながら二人はスラヌに初めて会った時のことを思いだした。あれは今から半年前・・・。
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