『完全なる自由。』 それがスラヌの前に用意されたのだ。何の前触れもなく。突然に。 それは7年前、人間が初めて飛んだ日。ジャノが発明品である翼をこのハラレニで披露した日のことだ。国王はスラヌを呼び、言った。 「もう空族を捕らえる理由はなくなった。スラヌ、そなたは自由だ。思うがまま、好きなようにこれからの人生を歩んで欲しい。」 国王はそう言ってスラヌに一生遊んで暮らせるだけの大金を持たせたのだ。今思えば王なりの償いだったのかもしれない。父の悪行を止められなかったことへの償い。せめてこれからのスラヌの人生を自由にすることで少しでも償えることが出来ると思ったのかもしれない。 国王はスラヌは自由を求めていると信じて疑わなかった。 「城にいたいのならそうしてもいい。だが外へ飛び出し、自由に人生を生きてみたいと思ったらいつでも城を出ていいぞ。」 国王は吹っ切れたような優しい笑顔でスラヌに言った。スラヌは暫く無言でその場に立ちすくんでいたが、何かを思い立ったように表情を変え、新たな人生への軍資金を受けとると城から出て行った。 それから今日までスラヌは城へと戻ることは一度もなかった。
「私はスラヌを解放さえすればいいと思っていた。だがそれは追い払っただけに過ぎなかった。その後のスラヌの人生を思いやることが出来ずに・・・。」 国王はそう言ったきり声を詰まらせた。 「しかし、国王。かといってあのまま城へいさせた方がスラヌにとって良かったのでしょうか。他の人間と触れ合うことの楽しさも喜びも悲しさも愛おしさも何も知らずに生きていくことが・・・。」 レンドは心を痛めている国王をなんとか慰めようとするが 「でも現にスラヌはあんなに苦しんでいるではないか!」 珍しくレンドに対して声を荒げた。 「国王・・・。」 レンドは国王の気持ちを慮って胸を痛めた。それだけ国王は自分がしでかしてしまったことの罪深さに苦しんでいるのだ。 「確かにずっと空族を追うことだけを教え込まれてきたのに明日からまったく違う人生を生きろなんて言われてもそう簡単には出来ないかのね。」 ルシアがぼそっと呟いた。 「ルシア!」 カリンが慌ててルシアを窘めるが、国王は憔悴しきった声で 「いや、いいんだ。その通りだ。私の責任だ。私がもっとスラヌを外の世界に慣れさせてから解放すれば良かったんだ。いや、解放しない方が良かったのかもしれない。」 国王が初めてみせる弱弱しい姿。カリンはいたたまれなくなった。 過去の自分がしたことをひたすら悔いる国王、なんとかいつもの国王に戻って欲しくてカリンは国王に真摯に向き合った。 「与えられたチャンスは活かさないと駄目だと思います。」 カリンの突然の発言にルシアはおっ!?という顔をしている。 「確かにスラヌはかわいそうだと思います。無理やり空族狩りの道具にさせられたあげく、ある日突然好きに生きろと外へ放り投げられたのですから。」 カリンは国王にとって耳が痛いことを言った。 「国王はスラヌに新しく生きるチャンスを与えた結果それが裏目に出たのだと思っていらっしゃるのですよね。しかしそのチャンスは国王が与えたのではないのと思います。」 「・・・誰が与えたのいうのだ?」 国王は、不思議なことを言いだすカリンをじっと見つめ聞き返した。 「ジャノが与えたのです。いいえ、ジャノでもない。スラヌに新しい人生を与えたのは神様だと思います。神様がスラヌに人生をやり直せと新しい人生を与えた。そのチャンスを潰そうとしているのはスラヌであって国王ではありません。国王が悩むのは違うと思います。」 だが、国王はそう言われても・・・という顔をしている。 「スラヌは上手く生きられないといっていました。でも他のみんなも上手く生きているわけではない、みんな誰かと衝突したりその度に泣いたり笑ったりして生き方を学ぶんだと思います。スラヌはそのスタートが遅れただけのこと。止まらずに歩いていけばきっとスラヌもみんなに追いつく。僕はそう信じています。」 カリンの力強い声が国王の心に鐘のように響いた。少し心が軽くなってきたような気がする。 「国王、スラヌは解放される時に拒否したりしたのですか?」 続いてシュンケが尋ねた。 「いや、ただ頷いて出て行ったが。」 「もしスラヌが外へ出ることを本当に嫌がっていたとしたらそこで拒否も出来たと思いますがなぜスラヌはそれをしなかったのでしょう。」 「さぁ、分からぬ。私は出て行けと言ったわけではないがスラヌは出て行けと捉えたのかもしれない。」 「例えそうであっても外へ出ることを選んだのはスラヌ自身です。外へ出てみたいと思ったからスラヌは国王の言葉に乗ったのではありませんか?拒否することも出来た、でも拒否しなかった。そこにスラヌの意志があるとは思いませんか。外へ出て行きたいと思ったから出て行った、国王はそう思わないのですか?」 シュンケの言葉で国王は自分の思い上がりに気づかされた。勝手に7年前のスラヌの気持ちを想像して決めつけていたのだ。そしてレンドが言う。 「国王、あの時のスラヌは確かに戸惑っていました。しかし嫌がってはなかった。少なくとも私はそう信じています。」 国王は罪と罰の泥沼に落ちていきそうになっていたところをカリンやシュンケやレンドに救われた気がした。 そうだ、私は新しく人生をやり直したいというスラヌの気持ちを勝手に過小して舐めていたのかもしれない。スラヌは今でも人生をやり直したいと願っているのかもしれない。そうだとしたら私はまた同じ過ちを犯すところだった。自分のしたことを悔いるだけではスラヌは救えない。 救えないのだ。 さきほどまで彷徨い人のようだった国王の瞳に光が戻ってきた。 「上手く生きられないのは同情するけどさ、だからといってハラレニ滅亡とかどうやってやるわけ?兵士を一人一人潰していくわけ?それって何年かかるんだか。第一、自分から正体明かしちゃったら皆警戒するだろうに。そしたら暗殺なんてほぼ不可能になるじゃん。」 ルシアが何気なく言った。そしてそれはもっともなことであった。その言葉に国王とレンドは気になる事柄を発見する。 「そうです、国王。なぜスラヌはわざわざここへ乗り込んできて犯行を名乗り出たのでしょう。そんなことをすれば我々はスラヌ拘束に向かいますし、兵士たちもスラヌを警戒します。犯行を続けることはますます難しくなります。」 「それは私への宣戦布告ではないか。自分の気持ちを私にぶつけたかったのであろう。」 「ではどうやってハラレニを滅亡させると?スラヌ一人で兵士を全滅させるなんて絶対不可能です。」 レンドはそう言って考え込んだあとで思い出した。 「そういえば去り際に『俺たちは必ずハラレニを破滅させる。』と言っていました。ということは協力者がいるということではないでしょうか。」 「ハナ族の仲間とか?」 ルシアが聞くと 「いや、ハラレニに捕らわれたハナ族は後にも先にもスラヌだけだ。しかしスラヌに同調したということは十分にありえるな。」 種族というのは絆が深く、それだけに時に暴走しやすいのだ。 「仲間がハナ族であるにしろないにしろ仲間がいることは明白。そして何らかの方法でハラレニを潰そうとしていることも。それだけは何としてもやめさせなくてはならぬ!そしてスラヌを今度こそ新しき道に導くのだ!!」 国王は毅然とした態度で決意表明をした。それを見てレンドやシュンケたちは安心した。 「レンド、緊急会議を行う。至急トラボルタとアルタを呼び寄せてくれ。」 「かしこまりました。」 レンドは国王の右腕としてなすべきことを確実にこなしていく。そして先程までの儚げな国王はもうここにはいない。そんなものは彼方に追いやってきびきびとした態度で事を進めていった。 会議室にトラボルタとアルタが深刻な顔をして集まってきた。時計の針は零時をとうに過ぎ、城の外の全てのものが丑三つ時の下で深い眠りについている。 「シュンケ、カリン、ルシア、すまないがこの件が片付いたらゆっくり語り明かそう。それまでこの町でゆっくりしていってくれ。もちろん客室は用意する。」 「いいえ、国王。私たちにも手伝わせてください。」 シュンケが即答した。国王は驚いてシュンケを見、カリンやルシアの顔を見渡した。カリンとルシアもシュンケと同じ意見だ、決意に満ちた顔がそう言っている。 「しかし・・・。」 国王は躊躇した。スラヌ一人ならともかく相手は何者なのか、何人いるかも分からないのだ。そんな漠然とした危機的状況に空族を巻き込みたくなかった。 「国王、これは空族にも関係あることなのです。我々も大切な仲間を一人失った。見て見ぬふりは出来ません。」 シュンケが一歩も引かないぞという眼差しで国王に訴えた。カリンもルシアも後ずさりしない。国王は空族たちの決意に折れた。 「分かった、協力してくれ。」 「はい!」 さっそくシュンケ、カリン、ルシアも緊急会議に加わった。 国王はレンドたちの前に立ち 「とにかく兵士たちにはスラヌを見たら警戒するように遵守させること。だがそれと同時にスラヌを止めなければならぬ。その為にはスラヌの協力者が誰なのかを知る必要がある。」 皆の顔を見渡しながら説明した。 「それならおびき寄せるのが一番だと思います。こちらが警戒しているのはおそらく知っているでしょうからそう簡単には姿は現さないでしょう。しかしだからと言って相手の出方を待っているだけではなんの解決にも至りません。だったら餌をまいておびき寄せるのが得策かと。」 トラボルタが提案するとルシアが手を挙げた。レンドがどうぞと意見を促す。 「餌って何のこと?ちっとも見えてこないんだけど。」 「兵士を狙っているのだから兵士を囮にしておびき寄せるという事だ。」 「わざと狙わせてスラヌを捕まえるということ?」 「捕まえるのではない、泳がせるのだ。泳がせてスラヌの協力者を突き止める。スラヌを捕まえるだけではとかげの尻尾きりになるかもしれんからな。スラヌを尾行してアジトと突き止め協力者も一網打尽にする。」 トラボルタが説明した。しかしルシアは腑に落ちないようで 「でもその尾行役は誰がやるの?スラヌは鼻が利くんでしょ?つけられているなんて一発で分かるじゃん。分かっていてみすみす自分たちのアジトに行かないよ。」 それはそうだ、ルシアがまたもっともなことを言った。考え込む国王たち。そこでカリンは手を挙げた。レンドがどうぞと促す。 「国王は先ほどハナ族はたくさんの匂いを嗅ぎ続けることで嗅覚は衰えると言っていました。それなら城の外で7年も過ごしていたならもうスラヌの嗅覚は鈍っているのではないですか?」
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