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作品名:空族とハナ族とハラレニ国王の憂鬱 作者:空と青とリボン

第11回   11
今朝、腹をすかし牢屋の中で横たわっている時にフランはやってきた。時間は分からない、時計なんてないからハナ族には時間という概念がない。
「出番だ。行くぞ。」
フランは事務的に言った。ハナ族の心にはなにひとつ感情が浮かばない。おもむろに起き上るとフランに促されるまま牢屋をでた。いつものように長い階段をのぼり、二か月ぶりの陽射しを横目で見ながらいつものように鉄の扉を抜け、煌びやかな城の廊下へ出た。
 だがそこにはいつもはないものが立っていた。カサン王子だ。ハラレニ王のご子息。
(確か自分より3歳か4歳年上だったな・・・。そういえばこいつ、この前も国王になんか変なこと言ってたっけ・・・。)ハナ族はそんなことを考えながらカサン王子の横を通り過ぎようとした時だ、カサン王子が突然話しかけてきた。
「スラヌ。本当は君はこんなことしたくないんだろう?」
ハナ族は一瞬なにを言われたのか分からなくて王子の顔をまじまじと見つめた。
「何いってるか分からないんですけど。」
ハナ族は義理で答えてやった。そして通り過ぎようとする。ハナ族はカサン王子のことが嫌いだった。
「本当は空族狩りなんてしたくないと思っている、君の目がそう言っている。」
ハナ族は思わず立ち止まってしまった。なにとんちんかんなこと言ってるんだ、こいつ。ハナ族は軽蔑するような目でカサン王子を見た。カサンは、隠さなくてもいいんだよとでも言いたげな目をしている。ハナ族はそれが無性に腹が立った。
「あんたに俺の何が分かるの。」
王子に言ってやった。これは本心だ。しかしカサンは何も言い返さずハナ族の本心はお見通しという目で見るばかり。ハナ族は自分の心に湧き上がる苛立ちの正体が分からず切れそうになった。こいつ殴ってやる!と思った瞬間、フランに「行くぞ。」と促され再び歩き始めた。カサンはハナ族の後ろ姿を悲しそうな目で見ている。
玉座の間に着いたら国王が待ち構えていた。出発の準備はもう整っているようだ。ハナ族は先ほどのカサン王子の言葉を思い出していた。
「あ・・・名前を呼ばれたの2年ぶりだ・・・。」
ハナ族はぼそっと呟いた。隣にいたフランが訝しげな目でみてくる。このハナ族の少年にはスラヌという個人名があった。この城に無理矢理連れてこられるまでは普通に皆に呼ばれていた名前だ。
 フランを先頭に五十人ばかりの兵士と列の中腹ぐらいに国王。そして一行に同行するスラヌが仰々しく隊列を組み今まさに城を出ようとした時だ。カサン王子が国王の列の前に立ちはだかった。
「まただよ。」
スラヌは呟いた。スラヌには分かっていた、この後カサンが国王に何を言うのか。
「お父様!もう空族を狩るのはおやめ下さい!!空族の血を飲んでも飛べるようにはなりません!!」
カサン王子が力の限り訴えた。まさしく心の底からの叫び。フランや兵士たちはぎょっとした。息子とはいえ国王にそのようなことを言ったら王子もただでは済まないだろう、そんな危惧が兵士たちの顔に浮かぶ。スラヌはカサンを鼻で笑った。そんなこと言ったって国王に
「邪魔はするな!!」と邪険に追い払われるだけなのに。半年前もそうだった。カサンは今みたいに列の前に立ちはだかって王に「空族狩りはやめて下さい!!」と訴えた。その時
「私の邪魔をするな!!お前といえども容赦はせん!!」と言われていたじゃないか。どうせまた追い払われる、スラヌがそう確信し、にやけた時だ。
国王は何も言わず、いや言わないどころかカサンをちらっとも見ることなくカサンの横を通り抜けた。まるで無視。全く眼中にないかのように。側近や兵士たちの前で、いずれはこの国の王となるであろう後継者を完全に無視する国王。
スラヌは驚いて国王の目を見た。国王の目にはカサン王子などまるで映ってなかった。なんの感情もないガラス玉のような目。スラヌはぞっとした。もしかしてこんな人間味のない目を自分もしているんじゃないかと。スラヌはざわめく周りの気配に気づき辺りを見渡すと兵士たちも戸惑っているようだ。まさか自分の息子を公の場でああまで無視するなんて。
ただフランだけはほくそ笑んでいた。息子の進言などまるで無視し空族狩りにまい進する我が国王に満足しているからだ。フランは国王に心酔していた。共に空族狩りに全人生をかけ、空族の血を飲みあった同士として。
スラヌは思わず振り返った。カサン王子が茫然として立っている。それはそうだ。自分の存在をまるっきり無視されたのだから。国王に自分には息子などいないと言われたも同じなのだから。カサン王子の隣にはレンドが王子の傷ついた心を慮るように立っていた。レンドは王子の2歳下の騎士見習いだ。いつかは国王になるであろうカサンを支えていく立場にいる。しかしスラヌは心の中でこの分だとカサンがハラレニの国王になることはないなとせせら笑った。
 
隊列を組んで町に入る。町の人々は遠巻きにスラヌたちを見ていた。英雄を見守るような眼差しを送る者もいれば、これから起こる空族の悲劇を思って胸を痛めている者もいる。
国王の意向には逆らえないだろうという諦めの目、いずれ人間の敵になるであろう空族の全滅を願う者、様々だった。それにしても、とスラヌは思った。
ここにはなんてたくさんの匂いで溢れているんだろう。出来たてのパンの匂い、コーヒーの匂い、香水の匂い、石畳の匂い、レンガの匂い、服の匂い、ペンキの匂い、煙草の匂い、紙の匂い、本の匂い、母親に抱かれた赤ちゃんの匂い、子供の手から漂う土の匂い・・・。ここにあるありとあらゆる匂いがスラヌの鼻をくすぐる。こんなにもたくさんの匂いに気づき、匂いを嗅げることを幸せに思うのも空族狩りを始めてからはなかったこと。この幸せを逃さないようにめいいっぱい息を吸った。
 だが、その幸せは長くは続かなかった。目の前にある森の奥から漂ってくる空族の匂い。これでもう何度目だろう。いつものように匂いが漂ってくる方向へ歩いていく。いつものように・・・。
でも今回は何かが違った。空族の匂いが強くなるにつれ、そこへ向かう足が重くなっていく。やけに気分も優れない。ここ2年間、空族狩りを当たり前のようにこなしてきたスラヌの中に呼び起された、初めて目の前で空族の惨殺を見た時と同じ恐怖と嫌悪。スラヌは前に進めなくなっていた。
「何をしている!!」
国王に頭上から怒鳴られ、ハッと我に返るスラヌ。慌てて空族のいる方向を指差した。国王はそれを受け、兵士に突撃の合図を送った。
そして・・・今回の空族狩りは失敗した。

 スラヌの嗅覚に問題はなかった。問題があったのは心の方。カサンに言われた言葉が心に引っ掛かっていたのだ。スラヌは確かに心を病み、心を壊した。だから使い物にならなくなった心を捨てたつもりだった。しかし、そう簡単に人は心を捨てきれるものではないのだ。
手放せずにいる心を抱えたまま空族狩りをやめさせてもらえず目の前で繰り返される惨状。人間に追われ、人間に殺されていく空族をこれでもかと見続けた。目を逸らしても空族の断末魔が耳をつんざく。耳を塞いでも空族の血の匂いが鼻にこびりつく。なにをどうやっても逃れられない。
「俺は本当はこんなことしたくない。」
そう思い続けていた心がカサンの言葉によって呼び起された。それでもここから逃げることなど出来やしないという現実の前に今、この瞬間心が砕け散った。そして心は悔やむことをやめた。
 心が麻痺したまま年月は容赦なく過ぎ、度々繰り返される狩りが自分のやるべき仕事だと認識し始めたのは19歳になった頃。自分は空族を狩ることしか出来ない、空族を狩ることが自分の人生だと悟った時、国王は突然スラヌに自由を与えた。スラヌに与えられた自由、それは牢屋から出ることを許されたことだった。おまけに城の一角に自分の部屋も出来た。
普通の部屋だ。普通のベッドに普通のテーブル、本も紙もペンもある。食事も普通に一日三度与えられた。しかし完全なる自由ではなかった。城から外へは出られない。国王が念の為とスラヌが城の外へ出ないように一日中兵士に見張らせていた。でも国王が命じた見張りなんてスラヌにとっては無駄なことだった。そんなことしなくても城の外になど出ないのに・・・。スラヌはそう内心思っていた。
なぜ国王は城の中限定の自由を与えたか、それはスラヌはもう城の外へはいけないということが分かっていたからだ。他人への執着をなくしたスラヌの居場所はここしかないということも。
国王の長年かけた目論みは見事に当たった。スラヌは城の外への興味など一切持たなくなっていたのだ。スラヌは鎖で繋がれていなくても国王の犬。エサは空族を追うこと。国王はスラヌを完全に飼いこなしたのだ。
それから2年が経ちスラヌは兵士に見張られることもなくなった。スラヌは城の外へ行くつもりなど毛頭ない、ただ空族狩りの出発の合図を待つ日々。このころになると空族の目撃情報は少なくなってきた。元々用心深い空族がもっと用心深くなったということだろうか。もしかして空族の頭領が変わったのだろうか。
そしてそれからまた2年経った。もう完全に空族の目撃情報は途絶えた。きっと他国の兵士に狩られて空族は絶滅したのだろう、そう思った。
それと時を同じくしてハラレニ国王が病に倒れた。病魔に侵されベッドの上でうわ言のように「空族の血を・・・もっと空族の血をくれ・・・。」と言い続ける日々。
ひたすら空族を追い続け、廃人になった国王の目には空族以外の何も映らない、それは死の間際まで続いた。
恐ろしいまでの空族への執着も、しかし、寿命には勝てない。以前は空族の血で満たされていた盃も今ではすっかり枯れ、国王のベッドの傍におざなりに置いてあった。国王はかすむ目で見つめながらそれに手を伸ばし、そして、崩れた。
国王は崩御した。
スラヌは国王が崩御したと聞いてもなんの感慨も感傷も湧かなかった。ざまあみろとも思わない。ご主人を失った犬のように泣こうとも思わない。本当になにひとつ感情が湧かなかった。
国王が亡くなり息子のカサン王子が跡を継いだ。現ハラレニ国王の誕生だ。ハラレニの国王となったカサンはまず騎士として英才教育を受けてきた若いレンドを自分の懐刀として傍に置いた。レンドもカサンと同様空族狩りには一度も行ったことがない。
スラヌは城の中でただ何もせずに暮らし続けた。ひたすら待った空族狩りの命令も出ないまま朝がくれば起き、夜がくれば寝るだけの毎日。スラヌにとってはただ飯ぐらいの毎日だ。それでも良かった。ここにいられればそれで。外はどんなところか分からない。
外は怖い。
それなのにカサンはスラヌに
「自由に外へ出ていいのだぞ。外の空気を吸って気分転換してこい。」と言った。スラヌにもっと自由になって欲しいと考えたのだろう。まさかスラヌが自分の意志で外に出ようとはしないとはカサンは思ってもみなかった。外へ出ていいと言われスラヌは戸惑った。余計なお世話だと思った。そこへスラヌにとっての助け船を出したのがフランだった。
「まだこいつの鼻を手放してはなりません!空族がいつ現れるか分かりません!!」
フランが王に進言してくれたおかげでスラヌは自由にならずに済んだ。ほっとするスラヌ。
スラヌは外が怖かったのだ。外というものが得体の知れない怪物のように思えて仕方がなかった。
わずか10歳の時に前国王に捕獲されこの城へ連れてこられ、牢屋に閉じ込められ一切の娯楽を奪われた。そして毎日毎晩、空族の死体や拷問を受け瀕死の状態の空族の匂いを無理矢理嗅がされ続けた。牢屋の外へ出ることは許されず、会話は食事を運んでくる兵士との「はい」「いいえ」だけ。フランや前国王とは空族狩りの話しかしたことがない。失敗したり歯向かったりするとムチで叩かれ、時に殴られ蹴られ。
狩りの為に外に出ても町の人々は自分を遠巻きに見てるだけ、「おはよう」という挨拶ひとつ交わしたことがない。そんな暮らしを12年間もしてきたのだ。いまさら外へ出て他人と何をしゃべればいい?会話のきっかけはどうする?天気の挨拶で始まればいいのか?空が曇っていたら「今日は曇りですね」とでもいえば良いのか?分からない。外へ出てもどうしていいか分からない。
だからこの城にいたいと思った。この城の中で一生過ごし死んでいくのが自分にとって一番の幸せだと感じていた。嗅ぎなれた兵士の匂いと城の匂いだけが自分の居場所はここだよと教えてくれる。しかし、とうとうその時は来た。スラヌが一番恐れていた時が。


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