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作品名:空族とハナ族とハラレニ国王の憂鬱 作者:空と青とリボン

第10回   10
空族は敵をみすみす逃した悔しさはありつつもなんの知識も持たずにあのスラヌという男に踏み込むことをためらっている。スラヌには深い事情がある、そう思ったのだ。そしてその事情を知っているのはおそらく国王とレンド。
「あのスラヌという者は何者なんですか。」
シュンケは意を決して国王に尋ねた。国王がスラヌに対して始終複雑な心境を抱いていたのは国王を見ていれば一目瞭然だった。聞かれても話したくないことなのだろうということも分かっている。しかし聞かねばならない、あの男の真意が知りたい。そして案の定、国王は答えることをためらっている。
「シュンケはスラヌに撃たれました。こうなった以上、空族に関係ないこととは言えないと思います。」
カリンが言った。カリンの目は一歩も引かないぞという強い主張をしている。いつも優しいカリンが国王にこういう目を見せるのは初めてだ。そしてそれはルシアも同じ。国王は覚悟を決めた。
「分かった、話そう。」
国王は一言そう言うと深く息を吸い、重い口を開いた。国王の心に根付く深い苦悩の理由を、ハラレニ国の闇を。


 時は18年以上前にさかのぼる。ハラレニ現国王が今の王の座につく前のこと、まだカサン王子と呼ばれていた幼い頃のことだ。ハラレニ国の全権はカサン王子の父親、ハラレニ前国王が握っていた。
国王は空族を狩ることに目の色を変えていた。果てしない欲望。
 「ええい!ハナ族はどうした!!ハナ族をここへつれてこい!!」
国王は苛立ちを隠そうともせず目の前にいるフランに詰め寄る。
「ハナ族は地下に閉じ込めております。連れてまいりますか?」
「連れてこい!!」
国王が吐き捨てるように言うと早速フランは地下室へと向かった。ハナ族は地下牢に閉じ込められている。しかしハナ族が地下牢に閉じ込められたのは昨日今日のことではない。地下牢で暮らしているのだ。ろくな食事も与えられず、太陽の光など全く届かない陰鬱な牢屋でもう2年も暮らしている、いやここで暮らすことを強制されていたのだ。
ひんやりとした空気が肌に突き刺さる。天井の露が水滴となって石の床に落ちる。ポタン・・・。その音だけがこの牢屋にある音の全て。気が狂いそうな静けさの中、ハナ族は一人膝を抱えて凍えている。ここは孤独の底。ハナ族の少年はここでずっと独りで暮らしてきた。音もない、本もない、なにも娯楽のないこの牢屋でハナ族は震えながら生きている。この孤独を癒せる手立ては何ひとつない。
ハナ族は外出を一切禁止されていた。牢屋に住んでいるのだから外出など出来るわけがないのだが、それでも数か月に一度だけ牢屋の外に出る事を許されることがある。
それは空族を狩るときだった。
 「出ろ。」
フランが鉄格子の向こうから冷たい眼差しを向けながら命令した。次にゴリゴリと牢屋の閂が抜ける音がし、まもなく鉄の扉が開いた。ハナ族はフランの後をついて階段を昇っていく。次第に階段に明るくなってきた。陽の光がハナ族の目をかすめながら階段に落ちてくる。
「眩しい・・・。」
ハナ族は目を細め呟いた。階段の先にまた鉄の扉があって、その錠にフランが手持ちの鍵を入れ開けた。とたんにその先の景色は一変した。城に漂う華やかで豊潤な香り。自分が普段暮らしている牢屋とは天と地以上の開きがあって何度来てもくらくらとめまいがしてくる。
玉座の間に国王はいた。
「連れてまいりました。」
フランはハナ族に国王の前に行くように促す。
ハナ族は国王の顔をみるだけで吐き気がしてきた。しかし必死でその吐き気を抑え国王の前に跪く。すると国王はひどく不機嫌な低い声で
「今日お前は言ったな。この先に空族がいると。お前が言ったとおりに兵を向かわせたが空族はいなかったぞ。これはどういうことだ。」
「それは兵がドジを踏んで空族に寸前で逃げられただけだと思います。」
ハナ族は反論した。せめてもの意地だったのかもしれない。しかしそれは国王の怒りに火をつけたに過ぎず
「なんだとっ!!」
国王は椅子から立ち上がり思いっきりハナ族を殴った。12歳の体は簡単に吹っ飛び、床に叩きつけられた。
「口ごたえするなっ!!」
国王の怒涛の怒りは収まらず床に倒れこんでいるハナ族の横腹に蹴りを入れた。
「あと少しで空族を捕らえることが出来たのだ!お前がもっと早く空族の元に案内していればな!!」
国王はもう一度蹴りを入れた。12歳の少年相手に容赦がない。たまりかねたフランが慌てて国王を止める。
「国王、そのへんで・・・。こいつが死んでしまったら空族を追えなくなってしまいます!生かさず殺さずが一番得策かと思います。」
フランの制止で幾分冷静さを取り戻した国王は腑に落ちないながらも自分の乱れたすそを正した。
「次は失敗するな。次からはもっと迅速にもっと的確に空族の居場所を教えろ。それが出来なかったらどうなるかお前も分かっているだろう。」
暴力以上に容赦ない冷たい眼差しで言い放った。
「もういい立ち去れ!!」
国王は忌々しげにいうと背中を向けた。ハナ族は国王の背中を憎しみの目で睨む。
「あぁ、フラン。失敗した時の罰は忘れるなよ。」
国王は振り向きもせずにフランに命令する。
「かしこまりました。」
フランはいやらしく唇の端をあげ歪んだ笑みを浮かべる。そしてハナ族を無理矢理立ち上がらせると強引に引っ張って行った。これからまたムチで打たれるのだ、空族を取り逃がした罰として。ハナ族の住居である牢屋に戻るとフランは早速ムチを持った。このフランも国王同様、空族を捕らえられなかったことに腹を立てている。そしてとそれをハナ族にぶつける。ムチの音が牢屋に響き、その度にハナ族の皮膚に血が滲む。痛いと思う暇もなくムチは打たれ意識が遠のく。
「ふん。まぁ今回はこの辺にしておいてやろう。」
フランはさんざんムチをふるった後で苦虫を噛み潰したような顔で言った。ハナ族は床の上に力なく横たわっている。フランはハナ族の体の上にぺっと唾を吐き捨て牢屋から出て行った。ハナ族はやっとの思いで起き上りそっと自分の顔を確かめる。
「やっぱり顔だけは無傷か・・・。」
胸が締め付けられるように痛む。どんなに蹴られてもどんなにムチで打たれても顔だけは無事なのだ。顔だけは蹴りもムチもこない。なぜなら顔には鼻があるから。
ハナ族の鼻だけは守られる理由、それはハナ族だけが持つ稀有な才能にあった。

−ハナ族には極めて優れた嗅覚が備わっている。それは生まれつきのもので普通の人間の嗅覚の何十倍もの性能を誇っている。匂いに対して敏感で様々な匂いの中から特定の匂いを嗅ぎ分けることが出来、なおかつその匂いの元を正確に辿ることが出来る。それはまるで犬の嗅覚のように。持って生まれたこの特殊な能力。しかし悲しいかな、この能力をとある権力者が目をつけた。ハラレニの国王だった。
ハラレニ国王はこのハナ族の嗅覚を空族の追跡に利用しようと考えたのである。そしてこのハナ族は10歳の時に国王に捕獲され無理矢理城に連れてこられた。それからは地獄の日々だった。
まずはハナ族に空族の匂いを徹底的に覚えこませることから始まった。このやり方が実に凄惨で。ハナ族の目の前に捕らえた空族を放り投げ、嫌がるハナ族の髪をフランや兵士が鷲掴みにして無理矢理空族の体に鼻をこすりつけ嗅がせる。ハナ族はこれが苦痛で仕方がなかった。だって匂いを嗅げと兵士に連れてこられる空族はたいてい死体か酷い拷問を受け瀕死の状態かのどちらかだったから。
見るも無残な空族の姿を目の前にして吐き気と震えが止まらないわずか10歳の少年。匂いを嗅ぐことをどんなに拒否しても、国王とフランは匂いを覚えろとひたすら強要したのだ。強要の仕方は暴力、ムチ打ちの刑だった。空族の血と死体と牢屋の中で何日も過ごすハナ族。これだけでも気が狂いそうになるのにそれ以上にハナ族の心を病ませる酷い仕打ちがあった。それは牢屋の外にある物に一切触れることを禁止されたことだ。
外の物とは例えば本。例えばおもちゃ。例えば音楽。そして国王と兵士以外の人間。
それらのものと触れあうことは一切許されなかった。なぜそうなったか。
それは、牢屋の外の世界に憧れを持たせない為だった。本を読んで外の世界に興味を持ったり、音楽を聴いて外の世界へ帰りたいと思わせない為。
人に会いたい、人と会話したい、人のぬくもりを感じたいと思わせない為。すべては外への憧れを抱かせない為だった。
『ハナ族の人への執着を断つ。』
この城に連れてこられるまでは人間が営む町の中で他のハナ族と共に平和に暮らしていた少年にとってこの環境はまさに生き地獄であった。
離れ離れになった仲間に会いたくて、友達になった人間と会いたくて、お喋りがしたくて、本が読みたくて、音楽が聞きたくて仕方がなかった。それなのにそれらとの触れ合いをいっさい断たれてしまったのだ。「外の世界への郷愁をなくさせる」という国王の考えの下に。
そしてもう一つ、王がハナ族に外の物をいっさい与えなかったのはハナ族から外の世界への執着をなくさせるという心の問題だけではなかった。もっと現実的なこと、ハナ族の特殊な嗅覚がもつ弱点を国王が懸念したからだ。
ハナ族の嗅覚の弱点とは大人になるにつれて嗅覚が鈍りやがては普通の人間並みになるということだった。ハナ族の嗅覚が大人になるにつれて鈍化する理由は分からない。ただ、たくさんの種類の匂いを嗅いでいるうちにハナ族の嗅覚は劣化し特定の匂いを嗅ぎ分ける能力を失うという事実は確かにあった。劣化といっても普通の人間並みになるというだけのことだが。
だが、国王はハナ族の嗅覚が普通の人間並みになることを恐れた。どうしたらハナ族の優れた嗅覚を子供の頃のそのままに保つことが出来るか。たくさんの種類の匂いを嗅ぎ続けると性能が落ちるならたくさんの匂いを嗅がせなければいい。
子供のハナ族を捕獲し、匂いが少ない場所で暮らさせる。その上で空族の匂いだけを体に、記憶に徹底的に叩き込ませる。国王はハナ族を空族狩りに特化した狩猟犬に作り上げようとしたのだ。
それなら狩猟犬にやらせればいいのだが獲物は空族。鳥や狐とはわけが違う。空族の捕獲には計算されつくした作戦と事細かな意思の疎通が不可欠。そこで言葉を理解し、意思の疎通が計れるハナ族に白羽の矢が立ったのだ。
こうしてハナ族は空族の悲惨な姿以外なにひとつ与えられない牢屋の中でひたすら空族の匂いだけを嗅がされ続けた。それはもう発狂するほどに。
牢屋の外に出ることを禁じられ1年が経った時、突然外に出ることを許された。空族狩りの実践の時が来たのだ。国王の元に寄せられた空族の目撃情報。それを元に国王は兵士を連れハナ族を連れ、出発した。ハナ族にとっては1年ぶりの外の世界。しかし美しい景色や人々を見たというのに心は全く動かなかった。ただ、物がそこにあって、ただ、そこに人間がいるだけのこと。病んだ心を抱えたまま夜通し歩き続け3日が過ぎた頃、とある森へ着いた。森の奥から漂ってくる空族の匂い。
ハナ族は国王に「空族はここにいるか」と聞かれ頷いた。そして空族の匂いを辿り歩き始めた。ハナ族のあとを兵士がついていく。ハナ族は森のある一点を指し示した。その奥に空族はいる。国王が合図を送り、兵士たちが突入していく。
そしてハナ族の目の前で繰り広げられたのは兵士に狩られる空族と空族を狩る兵士の姿。それは地獄絵図そのものだった。
ハナ族は初めて目にした地獄絵図に体は震え、心は恐怖で壊れそうだった。矢は逃げ惑う空族を貫き、銃弾は空族を撃ち落とした。空族は剣で裂かれ、その場で国王はしたたる血を飲んだ。それを目撃したハナ族は吐いた。この国王の尋常じゃない異端さ、自分がやったことの非道さを再認識したのだ。
しかし空族への誘導を拒否することは出来なかった。拒否したらその瞬間、自分が殺されるからだ。こうしてハナ族は空族狩りに度々狩り出されることになった。
だがある日、自分がしていることが心底嫌になって近くにあった石で自分で自分の鼻を思いっきり殴りつけた。何度も何度も。血が噴き出そうが骨が折れようが構わない。この鼻が潰れ使い物にならなくなるまで何度も。しかしフランに見つかった。フランは慌ててハナ族の手を止め、石を投げ捨てた。そして国王にそのことを報告したのだ。国王は陰惨な目で告げた。
「お前が使い物にならなくなったら他のハナ族を捕まえてきて一から狩猟犬として仕込むだけだ。子供がいいな、大人の鼻は使い物ならないから。」と。
その言葉を聞いたとたん、ハナ族の体から力が抜け、その場に立っていられなくなり膝から崩れ落ちた。
それは全てをあきらめた瞬間だった。鼻を潰しても例え自ら死を選んでも自分の代わりに仲間が捕らえられ、国王に飼われ、自分が経験してきた生き地獄を仲間に負わせるだけ。そう悟ってからはハナ族はもう空族狩りを躊躇することはなくなった。ハナ族の心は崩壊したのだ。それが12歳の時だった。

だから今日も、いつものように空族狩りに出かけ、精密機械のような正確さで空族の匂いを嗅ぎ分け、信号のように的確に空族のいる場所へ案内した。そのはずだった。なのに失敗しこうしてムチで叩かれ横たわっている。何がいけなかったのか、どうして失敗したのか、ハナ族は朦朧とした頭で考えた。
「あぁそうか・・・カサン王子のせいだ。カサンが余計なことを言うから・・・。」
ハナ族は今朝、国王やフランたちと共に空族狩りに出かける時のことを思い出した。


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