「違う・・・。違うんだ・・・。」 まるで別人。 一体どのハヤトさんが本当のハヤトさんなのか分からなくなってきた。多重人格かのようにコロコロと雰囲気が変わる。 急変したその姿にその場にいる皆が戸惑いを隠せない。 「何が違うのですか。」 淳さんがようやく尋ねた。しかしハヤトさんは答えることを躊躇している。 長い沈黙の時が流れていく。 やがて本音を話すことを決意したのかハヤトさんが重い口を開いた。 「もし相手が如月でなかったら俺も身を引いたよ。変わりたいと思った綾の勇気を無駄にしたくないからな。例え俺を選ばなかったとしても綾が幸せになれるのならそれでいいと思っていた。」 「それでは何が駄目なんですか。」 「相手が如月だからだ。」 「・・・如月さんとはいったいどういう人なんですか。」 思わず聞いた。そうだ、これが聞きたかったんだ。さっきから如月は最低な奴といっていいるけど、どう最低なんだか分からない。恋のライバルを良く思わないのは当たり前だから聞く気もしなかったけど、もしかして本当に最低な奴なのか。 「如月はとても強い妖力を持っているんだ。それでいて傲慢なところがまるでない。物腰が柔らかくていつも穏やかだ。おまけに優しくて周りの人間にも好かれている。まぁ顔は中の下くらいか。」 ・・・勝ち目ありませんね、ご愁傷様です。というか顔が中の下とか失礼なこと言っちゃってるよ、この人。 「それのどこか最低なんだ?むしろ優良物件すぎて非の打ちどころないな。私が女だったら迷わずに如月を選ぶぞ。結局あんたの色眼鏡じゃないか。」 伯父は聞くのも言うのも酷な事を言った。容赦ないな伯父さん。 「でもそれは如月の本当の姿ではない。」 そう答えてハヤトは顔を上げ、訴えかける目で俺たちを見つめた。 「本当の姿ではないって如月さんは人間に化けているんですか!?本当はぬらりひょんみたいな姿をしているんですか?」 俺の純粋な質問だった。一反もめんやぬらりひょんだったらさすがに俺も綾さんを止めるかもしれない。ハッ!もしかして目玉おやじか!?それなら見てみたい。 しかしハヤトさんは軽蔑の目で俺を見て 「君。想像力貧困だな。」 悪かったな。 「本当の姿ではないって・・・もしかして良い人の仮面をかぶっているということか・・・。」 淳さんがぼそっと呟いた。 「あぁそうだ。俺は見てしまったんだ、あいつの正体を。」 「正体ってどんな・・・。」 聞きたいような聞きたくないような複雑な心境で先を促した。 「あれは三か月前のことだった。俺は偶然、綾とあいつが一緒にいるところを見かけた。恥ずかしそうに、でも楽しそうに会話している綾を見るのが辛くて声をかけられずにいたんだ。それに加えあいつが綾の前でとても優しそうに微笑んでいて悔しかった。」 「・・・。」 「暫くして綾はあいつにまたねと言って家に帰っていったんだ。その時俺は・・・。俺は・・・。」 ハヤトさんはそこまで言ったら突然震えだした。子供のように腕を抱えて小さく体を丸め酷く怯えている。 「どうしたんですか!?」 いきなりのことに驚いて声をかけるとハヤトさんは我に返ったのか一つ大きく深呼吸した。 「見てしまったんだ。如月が恐ろしい程冷酷な表情で綾の後姿を見ているのを。足がすくむような冷たい目、獰猛に歪んだ口元。陰惨な空気。あれがあいつの本性だ!!」 その時のことを思いだしたのかハヤトさんはまたも震えだした。妖怪が妖怪の裏の顔を見てこんなに怯えるなんて尋常ではない。茜さんも淳さんも驚愕している。 「それは確かなんですか。」 茜さんが念のために聞いた。 「俺だってそんなこと信じたくない!でもこの目で見てしまったんだ。あいつは綾を餌食にするつもりだ!!綾が危ない!!綾が殺されてしまう!!」 発狂したように取り乱すハヤトさん。 殺されてしまうって穏やかな話ではない。俺はおろおろするばかり。だってこんなこと・・・。 「落ち着いて。まだ如月が綾さんになにかすると決まったわけではないわ。」 「そうですよ!確かに如月には裏の顔があるのかもしれない。でもだからって綾さんが殺されるなんてなにを根拠に言っているのですか。」 淳さんの問いかけにハヤトさんの震えがピタッと止まった。その代わりにすうっと顔をあげたかと思うとやけに確信めいた強い目で 「岐阜県の婦女連続行失踪事件を知っているか。」 「え?あぁ、もちろん。今世間はその話題で持ちきりだからな。」 伯父さんがちらっと机の上の新聞を見て答えた。そして皆気づいた。漂う重苦しい空気。 「まさかその事件に如月が関わっているとかいうんじゃないでしょうね。」 重い空気を打ち破るように茜さんが聞き返した。その表情はにわかに信じられないという感じだ。俺だって信じられない。というか信じたくない。でも確かにこの依頼者は岐阜県から来た。 「証拠はあるんですか・・・。」 証拠もないのに裏の顔が悪人顔だからって疑うのは気が引ける。まぁ表の顔と裏の顔が違うというのもさすがに気になるところだがことが事件となると慎重でなければならない。 「証拠は俺の勘だ、同じ妖怪としてのな。」 「そんなの証拠にはならないですよ。」 俺は現実のことと思いたくなくてなんとか否定してみせる。それに恋敵ならどうやったって主観が入るし。 「信じてくれなくてもいい。でもあいつのあの時の狂気に満ちた目を見てそれでも何も起こらないと思えるほど俺は楽観主義者ではないんだ。」 なんとも不確かな息苦しさだ。疑いと恐怖が混在している。
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