「お帰りください。」 茜さんの氷のように冷たい声が響いた。 そうだね、今回依頼はなかったということで。やっとこれで解放される、そう思った時だ。 「・・・救ってほしい。」 突然ハヤトさんが呟いた。それも今までのハヤトさんからは想像できない深刻な声。 「綾を救って欲しい。」 ハヤトさんは俺たちを見つめ、真剣な表情で訴えてくる。その姿からチャラさはまったく感じられない。 「やっと本題に入ったな。」 淳さんはそういうとソファーに座りハヤトさんと向き合った。 「救って欲しいとはなんのことですか。綾さんとは誰ですか。」 今までとは打って変わった神妙なハヤトさんの様子に茜さんも何かを感じたらしい、真剣にハヤトさんと向き合った。 「緑川綾は俺の恋人です。」 「恋人!?」 俺はすっとんきょうな声を上げた。だって恋人がいるのに茜さんを誘っていたのか?チャラ過ぎるよ。淳さんも同じように思ったらしく眉をしかめた。 「まぁ、本当のことを言えばこっちが勝手に恋人になれたらいいなと思っているだけ。実際は綾とはただの友達といったところか・・・。」 ハヤトさんはため息をつきながら答えた。憂鬱そうな横顔。なんかさっきまでのハヤトさんとはまるで違う。これじゃ敵わぬ恋に悩む好青年じゃないか。もしかしてチャラいのは演技でこのハヤトさんが本当のハヤトさんなのか?。 「恋人になれたらいいなと思う女性がいるのに私を口説いていたんですか。」 茜さんがきつい一言を言う。すると目の前のハヤトさんは自嘲気味に笑いながら 「俺が女性に声をかけるのは社交辞令みたいなもんだ。まぁ、綾が俺を受け入れてくれれば他の女性なんてどうでもいいんだがな。綾が俺を愛してくれれば二度と他の女に声をかけないと誓えるのに・・・上手くいかないもんだな。」 俺は悲しげなハヤトさんの目を見ていたら何も言えなくなった。綾さんに相手にされない寂しさを一時でも忘れたいんだろう、そして女性に声をかけることによって気を紛らわしているんだ。 「綾さんとはどんな方なんですか。」 淳さんが優しく尋ねた。さきほどまでの不機嫌さは微塵もない、むしろ見守るように優しい眼差しだ。 「綾とは一年前に偶然出会ったんだ。もちろん俺の一目ぼれ。綾はスタイルが最高、大きく魅力的な瞳も最高、すれ違う男が綾を見て振り返るぐらいだ。」 「そんなに美人なんですか。」 俺が興味津々に聞くとハヤトさんは力強く頷いた。 「俺は綾と出会って稲妻に打たれたような衝撃を受けた。その時から猛アプローチ、口説きまくったよ。でも綾はちっとも俺を男として見てくれない。男として意識してくれないんだ。」 「まぁ、お前さんがその綾さんとやらのタイプじゃないんだろうな。残念だったな、諦めろ。」 伯父さんが無神経に割って入ってきた。 「伯父さん!!」 俺は伯父さんを窘める。でも伯父さんはケロッとしている。 「あんたの言うとおりだよ。諦めた方がいいのは分かっている。でもどうしても諦めきれなかった。だから俺は恋人でなくてもいい、友達でもいいから傍にいたい、友達としてなら傍にいてもいいかと聞いたらそれならいいと言ってくれた。」 「綾さんってモテるんですね。ハヤトさんみたいな人を友達でならと言うなんて。僕と違ってハヤトさんは女性にモテまくりだろうに。」 俺はハヤトさんを慰めたかった。叶わぬ恋をしているハヤトさんに親近感さえ覚えていた。 「綾はモテる。でもその自覚がないんだ。自覚がないというよりそれを認めようとしない。綾はすぐに、自分なんか・・・と言うんだ。自分を卑下して自分に自信がない。私はあなたにふさわしくない、恋人にはなれない。だから友達としてしか付き合えないと言ってきかないんだ。」 「そんなに自分に自信がないんですか・・・。もったいないですね。でも友達なら付き合えるってハヤトさんにとっては残酷な言葉ですよね。」 茜さんも同情したのか労わるように声をかけた。 「いや、友達でもいいんだ。友達は恋人への第一歩だろ。」 「そうとも限らないですけどね。」 茜さんキッパリ言い切った。いや、そこは嘘でも同意してあげて(泣) 「彼女はとても内気な性格で自分に自信がない。自信がなさ過ぎて他人と会話するのにも勇気がいるぐらいなんだ。だから恋人はおろか友達になるのも一苦労さ。綾は友達一人作るのにも苦労している。俺とだって半年かかってやっと普通に話せるようになれたぐらいだ。」 「そんなに内気な人なんですか。」 「あぁ。」 内気な美人かぁ。俺の理想の女性に限りなく近いぞ。 「でも最近ではそんな自分を変えたいと思っているらしく積極的に他人と話そうとしているようだ。友達を作ろうと頑張っているみたいだ。」 そう呟くハヤトさん、でもその表情は歓迎しているようには見えない。むしろ苦々しく思っているのか眉を顰めている。まぁ自分以外の人と仲良くするのが嫌なんだろうなぁ、独占欲が強いというかなんというか。 「でも自分を変えようとするのはいいことじゃないですか。勇気を出して友達を作ろうと頑張ることは良い事です。人との関わり合いの中で人間は成長していくものですよ。」 俺は良い事言ったと思ってちょっと自分に感動したその時だ。 いきなりハヤトさんは叫んだ。 「相手があいつじゃなかったらな!!」 ハヤトさんの突然の変わりように俺たちは驚いて固まってしまった。なんだ!?いきなり怒り出したぞ。 ハヤトさんは怒りに満ちた顔、息も荒い。 「落ち着いてください。あいつって誰です?」 「如月だ!!」 ハヤトさんが吐き捨てるように答えた。如月という人の顔を思い浮かべたのかますます憤慨している。 「如月さんが気に入らないんですか?」 茜さんがハヤトさんを落ち着かせようと出来るだけ優しく尋ねるとハヤトさんは怒りのまま立ち上がり 「如月は最低な奴だ!!」と声を荒げた。 尋常ではないハヤトさんの様子に伯父さんはなにかピンときたらしい、徐に尋ねる。 「もしかして如月さんというのは男か。」 「・・・・そうだ。」 ハヤトさんは悔しそうに唇を噛みしめながら答えた。 なるほど、いわゆる嫉妬というやつね。 「お気持ちは分かりますけど綾さんはその如月という人を選んだということですよね。それはどうすることも出来ないんじゃないですか。残酷なこと言うようですけどここは身を引いた方が・・・。」 淳さんが優しく諭す。けれどハヤトにはそれが気に食わなかったようで。 「身を引くってなんだ!?如月は綾の彼氏じゃないぞ!!俺と同じで友達だ。第一、俺の方が先に綾と親しくなったのに。それなのになんで俺が身を引かなければならないんだ!俺にだってまだチャンスはある!!」 「・・・。」 沈黙する俺たち。これはややこしくなってきた。如月という人が本当に友達なのか、はたまた恋人なのかは分からないけど三角関係ということは分かる。それもその一辺が激情型で嫉妬深いときた。というかここ恋愛相談所じゃないんだけどなぁ。でもそれを言ったところで素直に帰らなそうだし。
|
|