「おやおや、姫にはすでに騎士がいましたか。これは失礼。」 依頼者であるハヤトというこの男は悪びれもせずあっけらかんとして言ってのけた。そしておもむろに立ち上がり膝の埃を払った。 「そう怒らないでよ。美しい女性に声をかけるのは俺の癖なんで。」 ハヤトさんは飄々と言うが言葉と裏腹にその目は淳さんを鋭く射抜く。この男只者ではない気がする。 でも淳さんが手の甲にキスを阻止してくれて良かった。この日本で危うく手の甲にキスなんてキザでハレンチな行為が行われるところだった。ふぅ〜ギリギリセーフ。 「ご依頼の件、伺います。」 茜さんが呆れたような眼差しでとりあえず尋ねた。 「あら、怒っている?俺の口説き文句に怒る女性なんて初めてだ。新鮮新鮮。」 ハヤトさんは懲りずにニヤケている。 なんかこのハヤトという人、チャラいなぁ。外見ホストで中身もホスト気質ってまんまじゃん。いやむしろ芸人寄りか? 「依頼がないのならお帰り下さい。」 淳さんはいつになく不機嫌な様子で依頼者に帰るように目で促した。ハヤトさんはやれやれと肩をすぼめ 「冗談だよ。」と答えた。 「ご依頼の内容は?」 警戒心が解けない淳さんの代わりに俺が聞く。するとハヤトさんは 「カニカマって蟹じゃないの知ってる?」 「「「はい?」」」 その場にいるハヤトさん以外の声が重なった。なんでここでいきなりカニカマなんだ? 「カニカマって実は蟹が入ってなくて原料はスケトウダラの身なんだってさ。俺ついこの間までそのこと知らなくてさ。親に騙されていたよ。あははは。」 「いや、知ってたし。」 俺、即答。もうタメ口でいいよね。 「知ってたの?知らないの俺だけ?俺って超恥ずかしーーー。」 おどける様に笑う依頼者。なかなか本題に入ろうとしない依頼者に淳さんも茜さんも呆れて言葉を失くしている。さすがに業を煮やした伯父さんが不愛想に言った。 「カニカマ談議をしたければ魚屋でどうぞ。ここは探偵事務所なのでカニカマでは話が盛り上がりませんよ。」 伯父さんの場合、蜜柑だったら盛り上がっただろうな。ハヤトはチョイスを間違った。 「俺、蟹が大好物なんすよ。今度おいしい蟹食べに行かない?蟹食べ放題の良い店知っているんだ。『かに地獄』という店なんだけどさ。」 言いながらハヤトさんの目は茜さんにロックオンされている。迷惑そうな茜さん。 すると突然淳さんが立ち上がった。 背中から不穏な空気が立ち上っている。これは戦闘態勢。周りの空気がピリっと張り詰める。ハヤトさんは睨むように淳さんを見上げている。一触即発。 俺はそそくさとソファーの後ろに回った。身をかがめながら 「淳さん!俺加勢します!!思う存分やっちゃってください!!」 と援護射撃する。これが俺の戦い方だ。いわゆる不意打ちを得意としている。別に隠れているわけじゃないんだからね! ハヤトさんは暫く淳さんを睨んでいたがそのうちフッとため息をついた。 「参ったな。これは俺の挨拶みたいなもんで本気にされると困るんだけど?」 それを聞いた俺はなんかムッとしてソファーの裏から飛び出した。 「挨拶が長すぎる!それに初対面で蟹食い放題に誘うなんてないわ!そんなのは名刺交換して仲良くなってからだ!というかあんたはカニ大使か!!」 俺のつっこみは止まらない。俺はさまーずの○村か!! ハヤトさんは俺のつっこみに面をくらったのか暫く目を丸くしていたがやがてくっくっくっと笑いだした。 「君面白いな。探偵なんてやめて漫才師になったら?売れたら俺を親戚にしてくれよ。」 「探偵をやめるつもりはないし漫才師になるつもりもないです。芸能界はそんな甘くないですから。成功しないですよ。」 「だろうね。」 ハヤトさんは実にあっけらかんと同意した。そもそもあんたが漫才師になれと勧めたんじゃないか。なんに腑に落ちない、むかつく。
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