「来たわ。」 茜さんがドアの方を見て呟いた。何の気配も音もしないが茜さんが来たというなら来たのだ。茜さんはかなりの霊感の持ち主だ。 「おや、これは・・・。」 淳さんが何か気になったのか少し警戒しながらドアを見据える。 「えぇ、そうね・・・。」 茜さんも淳さん同様、なにか引っ掛かる事があるらしく警戒の糸を張り始めた。 おいおい、淳さんと茜さんが警戒する相手なんて何者なんだ?ちょっと怖いんですけど。俺は淳さんたちに気づかれないようにソファーの後ろにいそいそと隠れた。 「隠れなくても大丈夫だよ。そんな強い妖気ではないから。」 淳さんがにこやかに俺に声をかけてきた。俺がビビっているのが丸わかりか。 というか何気に妖気とか言っていたよな?やっぱり人間じゃない方からの依頼か。 この事務所が霊・妖怪関係を得意としているということは人間だけではなく妖怪の間でも有名で、たまに妖怪から依頼がくる。妖怪から依頼がくるなんて信じられないだろうが妖怪は妖怪でいろいろあるらしい。人間界で暮らしていくのも一苦労のようで、ついこの間は人間として生きたいので戸籍が欲しいという妖怪がやってきた。いち民間人の俺らが戸籍を発行することなんて出来るわけもなく、また法にも引っ掛かりそうなので丁重にお断りした。 それでもどうしても戸籍が欲しいと言うので戸田さんに連絡してそちらでどうにかしてもらうことにしたのだ。 戸田さんは内閣執務室室長。どうやって戸田さんと知り合ったのかという説明はこういう商売をしているからということで勘弁してもらいたい。戸田さんのことを語るとサトラのことも語らなくてはならない。サトラのことを語りだすと長くなる。 ちなみに後日、妖怪から戸籍がもらえたという喜びの電話があった。良かった良かった。 って、話が脱線してしまったな。脱線ついでに解説したいことがある。 妖怪の中には俺を見て!!という自己主張が激しい妖怪や人間の姿形をしている妖怪がいてそういう連中は霊感がない俺にも見えるようになった。所謂自分の正体を隠そうとしない妖怪はこの俺でも見える。見えるというか見せられているというのが正しい。 逆に見ることが出来ないのは自分の姿を隠そうとしている妖怪と幽霊。これはいまだに見ることが出来ない。 俺は依頼者の妖気は強くないということを聞いてほっとした。 茜さんが「来たわ。」と言ってから三分後、ドアの曇りガラス越しに人影が立った。 「どうぞ。」 淳さんがドアを開ける。そこに現れたのは若い男性だった。 年齢は20台半ば、背が高く髪は茶髪の長髪。はっきり言ってイケメン。第三ボタンまで開けたシャツから鍛えられた胸筋が見える。 俺は思わずのけぞった。そして淳さんを見た。うちの事務所には片桐淳というモデル並みのイケメンがすでにいるのだ。そしてこの依頼者。 くっ、ここはイケメン率が高すぎる!! 淳さんは例えるなら悩む姿も絵になる若き芸術家風でどこかアンニュイな雰囲気を漂わせている。性格はごく気のいい兄ちゃんだが。 それに比べてこの依頼者が漂わせる雰囲気はまるでホスト。それもご指名率ナンバー1位の売れっ子ホスト。にっこり笑った唇から覗く真っ白な歯が褐色の肌に映えて眩しい。 なんなんだ!?このイケメン密度は!! 俺は落ち込んだ。俺は身長も平均、顔も平均、頭も平均、どこにでもいる平均男だ。なんかこの世って不公平だよな。ここに伯父さんがいることだけがせめてもの救いだ。 密かに落ち込んでいる俺をよそに依頼者は実に威風堂々と中に入ってきた。 だが次の瞬間。依頼者は突然雷に打たれたように立ち止まってしまった。目を丸くしている。 「どうしました?」 不思議に思い尋ねるとそれまで固まっていた依頼者はいきなり 「あぁ、俺の女神!こんなところにいたとは!!やっと出会えた運命の人よ!!」 部屋中に響き渡る声で叫んだ。 ぎょっとして今度はこっちが固まった。よく見ると依頼者の視線は茜さんに注がれている。 「あの・・・私になにか・・・。」 茜さんは見つめられて居心地の悪さを感じたのか戸惑っている。 「姫!!あなたの家来がはせ参じました!なんなりと御要件をお申し付け下さい!」 茜さんの困惑を見ても依頼者の暴走は止まらない。芝居じみた大げさな身振り手振りで自分をアピールしている。 なんだこいつ・・・。俺の中で不信感が募っていく。淳さんはあまりに突然のことで唖然としているようだ。伯父さんも豆鉄砲をくらったハトのように目を丸くしている。 「あの・・・女神とか姫とかもしかして私のことですか?」 茜さんが気まずそうに尋ねると 「あなた以外に誰がいるんです!!あなたは美しき女戦士。あなたの背中は俺が守ります!どうか俺を戦いにお供させて下さい!!」 まぁよくも歯の浮くようなセリフを次から次へと。それも短期間のうちに女神から姫へそして女戦士に変化している。次はなんだ?憧れの女医か。はい、俺女医好きです。 「私は女神でも姫でも戦士でもありません!!」 茜さんはきっぱりと否定した。そして怪訝そうに依頼者を睨んでいる。それでも依頼者はわれ関せず。 「会えて良かった。」 そういうとおもむろに茜さんの前に跪き、茜さんの手をとりその甲にキスをしようとした。 慌てて手を引っ込めようとする茜さん。 すると淳さんが突然茜さんと依頼者に間に立ちはだかった。その表情は険しい。 「あなたは依頼者のハヤトさんですね。ここにナンパしに来たのならお帰り下さい。」 淳さんが一段と低い声でドスを利かす。目は怒っている。こんな淳さんの顔を見るのは悪さをする妖怪退治をしている時だけだ。
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