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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第36回   36
 チェックアウトを済ませた俺たちは如月工房へ向かった。如月さんに謝る為だ。
陽射しを受け輝く街並みを歩く。行き交う人々は深まる秋の装いをしている。
「ちょっと待ってくれ。」
伯父が突然俺たちを呼び止めた。
「なんですか?」
振り返ると、伯父の視線先には果物屋の店先に並ぶ蜜柑があった。ネットの中に六、七個は入っている。
「これ買っていくぞ。」
「伯父さんまたですか。食べ過ぎだって言っているじゃないですか。」
俺が呆れて言うと
「帰りの新幹線で食うんだよ。お前も食べるだろう?」
「え?あぁまぁ、くれるなら。」
「所長、駅の売店で買えばいいじゃないですか。何もここで買わなくても。荷物増えますよ。」
茜さんが気を遣ったけど伯父は首を振り
「茜ちゃんは何を言っているんだ。この蜜柑が食べて食べてと言っているのが分からないのか。」
「分かりません、分かりたくもありません。」
茜さん、きっぱり。
「この蜜柑にひと目ぼれだ。何が何でもここで買っていくぞ!」
伯父さんが意気込んで、それを聞いた果物屋の亭主が毎度ありとばかりにニンマリ笑った。
こうなったら伯父は折れないからな。
「どうぞご自由に。」
伯父はホクホク顔で蜜柑を買った。そして再び歩き出す。
 公園に差し掛かった。初めて綾さんと出会った場所だ。何気なく中を見たら男女が仲良く並んでベンチに座っているのが見えた。
「おれ?」
「どうしたの?太郎ちゃん。」
「あれ如月さんと綾さんじゃないのかな。」
俺はベンチを指差す。
「あ、本当だわ。ちょうど良かった。」
如月さんと綾さんは楽しそうに会話していた。手には映画館のロゴが入った袋を持っている。如月さんが俺たちに気づいた。
「こんにちは。」
如月さんがにこやかに挨拶してくれた。それに続いて綾さんも明るい笑顔で挨拶を交わす。
「こんにちは、茜さん、片桐さん、朝舞さん。」
「こんにちは。私たちこれから帰るんですけどその前に挨拶しておこうと思ってきました。」
「そうですか。もう帰るんですか。ちょっとさみしくなるけどまた遊びに来てください。」
如月さんが名残惜しそうに言ってくれた。綾さんも寂しそうな顔をしている。それが俺には嬉しかった。そこで淳さんが気まずそうに如月さんに手招きして
「あの・・・如月さん、ちょっとこっちに来てもらっていいですか。僕たち如月さんに話があって・・・。」
と少し場所を変えてもらおうとした。俺たちが如月さんを失踪事件の犯人だと疑っていたことを綾さんは知らないはず。ひと時でも疑った俺たちが100%悪いんだけど綾さんにそのことを知られるのは如月さんも望まないだろう。
如月さんは俺たちが申し訳なさそうな顔をしているのを見て俺たちがなにをしようとしているのか察したのだろう、にっこり笑って
「あぁ、あのことなら全然気にしていませんよ。あなたたちも気にしないでください。」
俺は正直ほっとした。
「すみませんでした!!」
俺たち一同頭を下げた。慌てた如月さんがそれを止める。
「頭を上げて下さい!」
綾さんはなんのことだか分からなくてきょとんとしていた。
「なにかあったんですか。」
「いや、なんでもないんだ。綾ちゃんは気にしなくていいよ。」
如月さんが柔らかい笑顔で答えた。如月さんの優しさに俺たちも救われた。そのなのに伯父は・・・!
「ここでデートですか?お熱いですな。」
いきなり伯父が二人に聞いた。そのとたんに如月さんと綾さんの顔が赤くなる。
伯父さんのバカー!なんでそうデリカシーないんだよ!俺は心の中で怒って伯父を睨んだが本人はどこ吹く風で涼しい顔をしている。
綾さんは恥ずかしそうに俯きながら
「いいえ・・・。」と答えた。そんな綾さんの横顔を如月さんは少し悲しそうに見ている。
この二人は両想いなのになぁ。告白したその瞬間から恋人同士になれるのに、もったいないな。余計なお世話かもしれないけどじれったい。茜さんも淳さんも密かにため息をついた。
すると伯父さんが何を思ったかバックから先程買った蜜柑を取り出しいきなり綾さんに手渡した。
「あの・・・。」
綾さんは突然蜜柑をもらって戸惑っている。
「伯父さん?」
一体なにをしたいのか伯父に皆の視線が集まった。
「その蜜柑、私たちにくれないかい?」
「え・・・。」
綾さんが驚く。俺たちの頭の中に浮かんだのは如月さんが話してくれた綾さんの過去の話。
「あっ」
誰ともなく呟いた。綾さんだけが蜜柑を見つめて戸惑っている。
「ごめんね、綾ちゃん。僕、綾ちゃんが小学生の時の出来事を朝舞さんたちに話してしまったんだ。」
如月さんは勝手に話してしまったことを申し訳なさそうに謝った。再び驚く綾さん。しかしその瞳は如月さんを責める色合いはまったくなく、むしろ懐かしそうな、愛おしそうな・・・。
「それをどうするかは分かっているよね、綾ちゃん。あの日をやり直そう。」
如月さんの言葉にハッとする綾さん。暫くはじっと蜜柑を見つめていたがやがて小さく頷き
「これをもらってくれますか。」
伯父は目の前に差し出された蜜柑を受け取り大きく頷いた。
「ありがとう、綾さん。」
綾さんは続いて茜さんに蜜柑を渡し
「友達としてもらってくれますか。」
「ありがとう。喜んでいただくわ。」
綾さんも茜さんも満面の笑顔。綾さんは次に淳さんに向き直り
「片桐さんも友達としてこれをもらってくれますか。」
「もちろん。味わって食べるよ。」
淳さんもこれまた嬉しそう。
「太郎さん、友達ですよね、蜜柑あげます。」
「ありがとうございます。速攻食べます。」
俺だけなんで「あげます」なんだろうとちょっと引っ掛かった。もしかして綾さんにからかわれたか。綾さんは茶目っ気のある目でにっこり笑った。
そして次に如月さんを見つめた。やがて恐る恐る蜜柑を差し出し
「如月さん、蜜柑を・・・。」
「受け取れないよ。」
如月さんが返した意外過ぎる一言。一同が驚愕する。綾さんは驚いてびっくっと手を引っ込めてしまった。困惑する綾さんの瞳に見る間に涙が滲んでくる。拒否られるなんて思いもよらなかったのだろう。俺だって思いも寄らなかった。
如月さんは一つ大きく深呼吸したかと思うと覚悟を決めたように真剣に綾さんと真正面から向き合った。
「その蜜柑は友達として受け取ってもらいたいと思っているんだろう?それなら僕は受け取れない。僕は友達としてではなく綾ちゃんの恋人として蜜柑を受け取りたい。」
如月さんの突然の告白に綾さんは大きな瞳をもっと大きくして驚いている。
「僕は綾ちゃんを愛しています。恋人として付き合って下さい。」
如月さんが言った。綾さんの瞳から涙がぽろぽろこぼれる。そして涙ながらに
「はい。」
力強く頷いた。
「私と恋人になってください。」
力いっぱい蜜柑を差し出した。
如月さんはそのとたんガッツポーズをした。その顔はこれ以上ないほど喜びであふれた笑顔。
綾さんは如月さんのガッツポーズを見て泣き笑い、如月さんはそんな綾さんをみて見守るように笑った。
「行こうか。」
淳さんがほっと胸をなでおろしながら言った。
「そうね、行きましょう。見ているとこちらまであてられそうだわ。」
といいつつ茜さんも嬉しそうだ。
如月さんと綾さんは慌ててこちらを見て
「ありがとうございました!!」と頭を下げた。
「いや、僕たちはなにもしてませんよ。末永くお幸せでいて下さい!」
俺は照れくさくてこう言うのが精いっぱいだった。
そうして俺たちはその場から立ち去った。如月さんと綾さんは二人寄り添いながら幸せそうな笑顔で俺たちをいつまでも見送っていた。


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