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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第32回   32
川面に映る月の中に、夜風に乗った鈴虫の唄が運ばれていく。秋の夜の宴はまだ始まったばかり。
ハヤトが目を覚ました。気を失ってから一時間近く経っていた。
「ようやくお目覚めね。」
茜さんが呆れたように呟いた。
「お前ら!」
ハヤトは慌てて起き上り自分の体のあちこちを見渡した。
「そんな酔って昨夜のことは覚えていないOLみたいなことしなくても今のあなたは紛れもなくただの人間よ。」
それを聞いてハヤトは絶望したかのように夜空を見上げた。そうして五分ぐらいが過ぎていく。やがて足掻くことを諦めたのか
「俺の妖気はどこにあるんだよ。」
「ここに。」
茜さんは玉を見せた。玉の中でどす黒い煙のようなものが渦巻いている。見るだけで禍々しさを感じさせる。
「それどうする気だよ。」
「ちゃんとそれ相応のとこに祭って大切に保管するわ。」
「・・・失くすんじゃねーぞ。」
「分かっているわ。」
「あーあ、これで俺はただの人間かよ。」
ハヤトは一つ大きなため息をついた。
「どうやって女性を誘拐したの?」
「妖術を使ったんだよ、どうせもう分かっているんだろう。」
ハヤトは投げやりに答えた。
「えぇ、だいたいね。でもあなたの口から話すべきだわ。」
ハヤトは茜さんに言われて俺たちの顔を見渡した。俺たちもだいたい想像がついている。それを見てハヤトはようやく観念したらしい。
「想像どおりだよ。妖術を使った。気に入った女を見つけたらちょっと離れたところから妖術をかける。人間でいうところの催眠術みたいなもんだ。それで俺の所に来させてそのまま連れて行った。」
「なんで妖術なんて使ったんですか。ハヤトさんならそんなことしなくても女性がついてきたんじゃないですか。ハヤトさんモテるんだから。」
俺は疑問をぶつけてみた。するとハヤトの目の色が変わった。唾を飛ばしながら
「女が悪いんだよ!!」
「なんで女が悪いのよ!」
茜さんがむっとして即、聞き返した。
「俺は無類の女好きなんだ!!」
「知ってるわよ。そんなこと自慢しなくていいわよ。」
「俺はいろんな女と付き合いたい。それなのに女は俺と付き合うとすぐに言ってくるんだ。なんで私以外の女と付き合っているのよって。」
「は?」
「だーかーら!女は自分以外の女と付き合っているのが気に入らなくてすぐに俺を問い詰めるんだ。私とあの女のどっちを選ぶの!?って。しまいにはあの女と縁を切れ!!と責めたてる。」
ハヤトはなんでこんなことが分からないのかという呈で話すが、こんなの分からないのが普通で。
「ちょっと待って。つまりあなたが二股かけて女に責められているだけよね?それのどこが女が悪いということになるのよ。」
「俺は女が大好きなんだぞ!一人の女を選ぶことなんて出来るわけないじゃないか!!」
ハヤトは力説した。自信満々に言い切った。それはもうその場にいる人間が全員呆れるぐらいに。全力で脱力。 
「俺の夢は出来るだけたくさんの女に囲まれて暮らすことだ。だからその夢を叶えるべく女に妖術をかけた。他に女がいても俺から離れられなくなるくらい俺を愛するようになる妖術。まぁ暗示みたいなもんだ。おかげで女たちは他に女がいても、俺が他の女といちゃつこうが私が一番だからと気にしなくなった。これで俺の夢、ハーレム完成!」
まるで他人事のようにあっけらかんとして話すハヤトに女じゃない俺でも怒りが湧いてきた。なんだよこれ!!女は物じゃないぞ!!
「最低だな。」
淳さんが怒りに満ちた顔で吐き捨てた。
「最低すぎ!!」
俺も言ってやった。
「あんたはやってはいけないことをやったんだ。妖術を使って人の心を弄ぶなんて一番やってはいけないことだ。」
さすがの伯父も怒りで顔を赤くしている。
茜さんは怒りのあまり言葉を失っていた。
「失踪した五人の女性たちにもその妖術をかけて囲っていたんだな。」
淳さんが責めるような口調で聞いた。
「あぁ、そうだよ。タイプの女を手放したくなかったからな。」
ハヤトはまるで悪びれることなく言ってのけた。この場で殴ってやりたい衝動に駆られる。でもその前にどうしても聞きかなければならないことがあった。
「綾さんはどうなんですか。僕たちに綾さんを助けてくれと訴えていたあなたの気持ちは嘘には見えなかった。綾さんは本命じゃないんですか!」
「あぁ、綾は別に本命じゃねぇよ。ただ物珍しかったから興味を持っただけで。」
「物珍しい・・・?」
「俺はいろんなタイプの女に囲まれて暮らしたいわけ。現に今いる五人の女はそれぞれにタイプが違うし。プライドの高い女、キャリアウーマン、癒し系、オタク系、ギャル系。綾はいうなら男慣れしていない純粋系か。ありとあらゆる女を制覇したい俺は綾に目をつけたんだけど綾には妖術は効かない。人間じゃないからな。だからひたすら口説いたんだけどちっともなびかない。それどころか地味で冴えない如月と良い感じになっているからさ。このままでは綾を持っていかれると思った俺はあんたらに如月を倒してくれと頼んだわけ。」
開き直ったハヤトは全く自分の性根の醜悪さを自覚していない。
「如月さんに罪をきせようとしてわざと如月工房に行ったことがある女性を狙ったのか。」
淳さんが暗く怖い表情で尋問した。
「あぁ、それは偶然。というか如月が憎くて如月を倒す機会を窺っていただけ。それであいつの店から出てくる女を見ているうちに無性に腹が立ったから妖術かけてやった。」
「腹が立つって・・・。」
俺には分からない。女性たちは如月さんが作る作品に惚れていたわけで如月さんに惚れていたわけじゃない。それなのに腹立つ理由が分からない。そりゃあ、中には如月さんに好意を寄せていた人もいるかもしれないけど。
「だってあいつの店から出てくる女はみんな本当に幸せそうに笑っていたんだよ!なんであいつばかりいい思いするんだよっ。」
ハヤトは忌々しげに吐き捨てた。
・・・あぁそうか。ハヤトは自分にないものを持っている如月さんに嫉妬していたんだ。
自分で作った作品で女の人を笑顔にする如月さんが憎くて、綾さんの心を掴んだ如月さんが羨ましくて。
恵まれた容姿で女を口説いて例え自分のものにしても女は心から幸せそうな笑顔を自分に見せてくれない。だから妖術で自分に惚れさせて、そばに置いて鬱憤を晴らしていたんだ。怒りを通り越して憐れにも思えてくる。
結局コンプレックスの塊。女をナンパしまくるのも下手な鉄砲数撃てば当たるの自信のなさの表れ。
すると茜さんがハヤトの前に立った。次の瞬間。
パシーン。
ハヤトの頬が揺れた。本日二回目。ハヤトは唖然としている。
「これからはあなたはただの人間よ。妖術で人の心を操ることも出来ない。自分の魅力だけで勝負しなければならないわ。これからも女に声を掛け続けようがどうしようがあなたの勝手。あなた自身に魅力があれば他に女がいても構わないと思う女も現れるかもしれない。妖術を使わなくても相手を引き留めることが出来たらそれはあなたの魅力がさせたこと。それが出来たらあなたは本物の女たらしよ。悔しいけど認めてあげるわ。勝負するなら正々堂々と自分の魅力だけで勝負しなさいよ。」
茜さんの力強い喝が入った。
ハヤトは茜さんを見つめていた。その目は何かに気づかされたような、憑き物が落ちたような清々しい目をしている。
「本物の女たらしか・・・。」
ハヤトがぼそっと呟いた。そしてニヤッと笑うと
「オッケー。それ目指すことにするわ。」
軽いノリで宣言した。軽すぎ!まったく懲りてない。
茜さんも淳さんも呆れていたが俺にはハヤトが今までのどのハヤトとも違って見えた。新しいハヤトが目の前で生まれた気がしたんだ。
「で、女性たちはどこにいるんだ。解放しろ。」
淳さんが詰め寄った。
「もちろん。でももういないかもな。俺が妖気をなくした時点で妖術は解けただろうから。」
「ということは監禁していたわけじゃないんだな。」
「監禁なんてとんでもない。俺のモットーは自然体ハーレム。監禁は趣味じゃないんで。」
ハヤトはどこまでもあっけらかんとしていた。それが余計に腹立つ。
「相手に妖術かけてる時点で不自然だろ!なにが自然体ハーレムだよ!女たらし自称するなら言葉と態度だけでやりぬいてみろよ!!」
俺はハヤトに食ってかかった。ハヤトは驚いたように俺を見たが
「もちろん、これからはそうするよ。本物のたらしを極めてみせるさ。」
とニヒルに笑った。
はぁ〜、もう、精々精進してくださいとしか言いようがない。
「さぁ、行こうか。俺のハーレムへ!!」
ハヤトは先頭きって意気揚々と歩き出した。
まるで懲りていないハヤト。なんか俺の方が果てしない敗北感に打ちのめされている。


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